解体屋と拝屋
星野解体屋には小さいときに何度かいったきりだった。あの頃は市道隣りの田んぼの一角に砂利の敷かれた土地があり、そこに重機の類 (ユンボだとかホイールローダーとか)が駐車されていた。その土地の奥にプレハブの平屋で看板もない素っ気ない建物があって、それが星野解体屋だった。
なかにはパソコンと資料がのせてある机がふたつと四畳半くらいの畳が敷かれた休憩所、中古で探してきたものと思われる錆びた鉄色のソファと新品の白いテーブルがある客間スペース(仕切りなんてなかった)があるだけで、幼心に「こんなところで会社をやっているのか、うちは貧乏なんだ」と思っていた。
どうせなら両親はドラマのようにサラリーマンで毎日スーツを着て会社にいって欲しかった。そして手入れされた観葉植物が部屋の片隅にあるような事務所でパソコンのキーボードを叩いて難しい顔をしているのがよかった。それが建物の解体屋だ。喜怒哀楽激しく、汚れた作業着で、こんなごみごみしたところを会社と呼び、ときに土日昼夜問わず働き、お金を稼ぎ、私を養っているという現実が、幼い私の想像とまるで違っていた。他所へ行くときや休日の小綺麗な姿も清潔に保っている愛車もどこか嘘臭く、どこかちぐはぐで不思議な感じがしたものだ。いまは特に気にならない。むしろ、貧乏くさいスペースと仕事の腕っぷしだけで、子供ふたりを育て上げるだけ稼げていたことに尊敬を覚える。
それがいまは砂利がアスファルト舗装に変わり、旧プレハブがまるまる休憩所となって、重機の駐車場が工場のような二階建ての建物になっていた。重機はどこにいったのかと思えば、裏の田んぼが埋め立てられ、重機用の駐車場になっている。
ちなみにお父さんは私たちが思春期ともなると邪険にされることに拗ねて、よく事務所(旧プレハブ)で友人を呼んで飲んだり、ひとりのときはソファに寝転びゆっくりしたり、七輪でひとりバーベキューをしたり、気ままに男の隠れ家としていたようだった。そのせいか他人の家のお父さんは休日に家でごろごろするらしいと聞くが、私たちのお父さんが家でごろごろしているのをみたことがない。しかし、今日、星野解体屋のまえにはお父さんの愛車の黒のヴォクシーは止まっていない。
「お父さんは?」
「これ、じゃね?」
キキは手でなにかを回す仕草をした。
パチンコだろう。
ちなみにお父さんの背中の鍾馗様は厄除けの効果は抜群らしいが(風邪にかかったことすらない)、ギャンブル全般には効果がないらしい。パチンコ、競馬、宝くじ、一時は競輪までやっていたが、行く前の朗らかな顔と帰ってきてからの落ち込んだ顔のコントラストを私たちは何度もみてきた。勝てないのになぜやるのかわからない。ただ、訊いたら「男のロマン」とかっこつけて答えるに違いない。だから訊かない。
「こりないよねぇ」
キキは困ったように、けれどおもしろいから、小遣いの範囲で続けて欲しいといわんばかりの笑顔でいった。
星野解体屋にはいると一階は雨に当たってはいけない機材や資材、専門家以外はどう使うのかわからない機械が並べられていた。奥に階段があるので二階が事務所になっているのだろう。
解体屋の会社内は少し埃っぽい。カーディガンで来るんじゃなかったと思ったくらいだ。
「これこれ」
キキは資材の一角から黄色いプラスチックの荷箱を引きずってきた。がらがらと土器だか土偶が箱のなかで鳴っていた。持てない重さではないだろうが、彼女も休日で白いシャツにショートトレンチを着ている。この埃っぽいところで服を汚したくないのだろう。
「ふむ」
私はしゃがんで土器の欠片や土偶を手に取ってみた。
それは壺だったであろうものや皿だったと思われるものの欠片だった。うねるような縄文の柄があるだけで博物館でよくみるようなものだ。これといって特別なものではないような気がする。そして土偶もただの土人形にしかみえない。あと蛇だか猪だかの頭のようなものがあるが、これもまたよくありそうなものだった。
確かに凹凸建設の責任者のいうことにも一理ある。こんなものはそのまま埋めたところでなんの不利益にもならないだろう。呪術的な意味があるとしても、それは縄文のころの話だ。もう呪術的効果(賞味期限切れみたいな?)は終わっているのではないか。もしかしたら、この土塊の欠片がまだなにかの力を持っている可能性もある。霊感のない私には感じられないが、もし霊力があるのなら、備えられた場所から移動させたときに祟る可能性もあったんじゃないだろうか。それとも本当にお父さんの背中の鍾馗様が祟りを納めてくれているとか。そんなことを思いながら手のひらで土器の欠片を転がすが、やはりそれは土塊の欠片にしかみえない。これが霊力を持った、あるいは呪物を封じた聖なる品だろうか。いやいや、ないない。そして私が最初に思ったUFOを封印しているという説はもっとないと思った。
「ちなみに持って帰ってきたのはお父さんね。私も賛成したけど。なんか持ってきたはいいけど邪魔になるっていうか。メルカリで売れんかな?」
「誰が素焼きの土の欠片買うんだよ」
キキは「だよね」と項垂れていた。
私たちには素焼きの土の欠片にみえる。けれど霊感のある霊能力者ならば、この土器と土偶を地中に岩を箱型にいれた者ならば、これはいったいどうみえるのだろう。
「小説のネタにはなりそう?」
「なりそうかどうかはわからないけど、こういう話を蒐集してみる価値はありそう」
こういう話を集めて散文的に書いてまとめようか。それらを小説の下地にするのも悪くないように思えた。とりあえず、少し書いて小説家になろうでアップしてみようか。だが、もう少しおもしろいネタはないものか。
「処分するのはいいとして。この辺で霊能力者ていないかな?」
この欠片を霊能力者にみせるのも悪くない、と思った。私にはなにも感じないが、みるひとがみたら、また違ったようにみえるのか興味がある。
自称霊能力者でもおもしろいし、インチキ霊能力者だってネタになる。
「聞いたことないなぁ」
これはもう幽霊をみたことある友人にみせるしかないな、と思たとき、外でエンジン音が聞こえ誰が車を駐車した。休日に会社に来るひとはお父さんくらいだろう。
「おっ、やっぱり、おまえらか」といいながら、お父さんが入ってきて「あれ? ここに確か置いたんだが……」となにか探しているようだった。
「パチンコいってたんじゃないの?」
お父さんはパチンコに行くと長かった。よほど負けが込まない限り休日は半日は帰って来ないはずだ。
「北斗が俺を呼んでいたんだがな。死兆星がみえたんでやめた」
なんの話しかわからないけどパチンコには行かなかったことは理解できた。
「もしかして、これ?」
キキが私たちの目の前にあった荷箱を指さすと「おお、これこれ」といった。
「どうするん?」
「こういうものはお祓いしてから埋めなきゃだろ」
まるで、なに当たり前のことをなんで訊いてんだよ、といわんばかりの剣幕だった。お父さんが話す前にキキが凹凸建設の責任者に訊いたのがわかる気がした。お父さんがこの口調で責任者に直接話したら問題が起こりそうだ。
「どこにお祓いにいくん?」
「ああ」と変に神妙な顔をしていった。
「これからのこともあるから、いっておく」
まるで芸事で奥義を伝授する師匠のような口ぶりだった。それをキキの顔をみながらいうのだ。私はちくりと胸がいたんだ。
「こういう遺跡だとか土器や化石なんかは昔のひとが神さまにお祈りしたりお願いしたりして埋めたもんだ」
いやいや、化石は違う、と突っ込みたかったが話の腰を折るとさらに長くなるような気がしたので、キキも私も真面目ぶって頷いた。
「それを俺たちが商売のためとはいえ、ぞんざいに扱っちゃならねぇ。なんでかわかるか?」
お父さんは相変わらずキキの方ばかりをみている。私は除けものみたいな感じがした。とりあえず「男のロマン」とか「根性」とかいえば通じるひとだが、キキより先に答えたくて口を開いたが、先にキキが「昔のひとがいたから、いまの私たちがいるってことでしょ」といった。
それは私の考えと一緒だった。しかし、こんなことで少し嫉妬している私は子供みたいだ。
「そうだ……」
お父さんは頷き、キキと話していたが、私はもうどうでもよかった。早く帰って一週間分の食品を買い、洗濯物を取り込んで、いまみた土器や土偶についてのことを書こう。そんなことを考えてうわの空だった。いや、うわの空にしなければなにかが溢れてしまいそうだった。
そんな私の耳に思いもかけない言葉が入ってきた。
「……いつもは拝屋さんに頼んでいるんだけど、携帯が繋がんないんだよ」
「なんで拝屋さん知ってんの!」
私は驚いた。
お父さんは「ああ」と角がよれた名刺をみせて「住所があるけどよくわからなくて……」と急な私の声に気圧されたようだった。
私は名刺をひったくるようにもらうとまじまじとみた。びっくりするくらい普通の名刺だが、そこには『拝屋礼』と大きく書かれているだけで、他は住所と携帯電話番号と住所と自宅の電話番号が書かれていた。これではこのひとがなんの職業かすらわからない、よくみると不思議な名刺だ。
私は拝天會を追っていた。
△市UFO事件になにか関わりがあるのではないかと思っている。拝天會は△市に存在した新興宗教だ。そして拝天會で行われた天狐というUFOを呼んだという儀式について知りたかった。だが拝天會の創始者の拝屋樹の死後、息子の拝屋仁は拝天會を継がず、拝天會は消滅した、とネットにあった。
七○年代、世紀末が近いということで、こういうオカルト的なカルト宗教が流行った時期があったようだ。そういうまとめサイトにたくさんあるカルト宗教のひとつとして拝天會の名も小さく書かれていた。
超能力やUFO、霊体験などを売りにしていたオカルト宗教も九五年(平成七年)三月二十日にオウム真理教が起こした地下鉄サリン事件をきっかけにして下火となっていった。当時、強烈なインパクトだったようだ。ざっくりと調べただけだが、それだけでも日本で本当に起こった事件なのかと思ったくらいだ。私ですらそう感じるのだから、当時、この事件をニュースでみたひとの衝撃といったらなかっただろう。
(この事件のことを紹介すると長くなり、本題とずれるので割愛する。だが読者諸兄姉にも是非知ってもらいたい事件でもある)
拝天會はそんなカルト宗教の流行の前に起こり、流行が下火になる前に消滅していた。それはまるで我々は世の中の流れとは無関係だといわんばかりだ。
その拝天會の子孫がこの△市にまだいるとは訊いていたが、まさかうちの家族と意外な繋がりがあるとは思わなかった。
「ちなみに家電にもかけたんだが、留守電だったからさ。そこの住所近くまで行けば看板でもあるかと思ったらないし。そもそも、俺、その辺の団地に土地勘ないからよくわからないんだよな」
いや、私はよくわかる。
だってそこは自転車で行けるくらいの距離だったからだ。
「私が行くよ。軍手貸して」
心のもやもやは掻き消え、好奇心だけがそこにあった。
これは取材になる。小説のストーリーがより細部まで深く書ける。そして登場人物の動きは私の動きでもある。動けば動くだけ情報が手に入る。でもこの情報が小説として形づくられるだろうか。いや、小説にはならないことも、まとめて書くだけでちょっと楽しいかもしれない。
「あっ、私も行く。またなんか地下から出てきたら拝屋さんに頼まなきゃだから」
キキも軍手をはめて私と一緒に荷箱を持った。
「拝屋さんはなんでもお祓いしてくれるからな。土器とか土偶、化石なんかは神社は笑って取り合わないしな」
お父さんはキキのハスラーの荷室が汚れないように新聞紙を敷きながらいった。
土器や土偶はおろか、化石も拝屋さんはお祓いするのか。守備範囲広いなと関心した。
「あと、キキ、拝屋さんにお祓いしてもらったら領収書をもらうの忘れるなよ」
ちょっと待て、お祓いとか霊能力関係も領収書が出るのか。領収書の但し書きが気になった。いや、仕事するための経費には違いないのだろうが……守備範囲広すぎてもうよくわからなくなった。私の知らない世界はなにもUFOや霊能力だけではない。この社会も家族も姉妹もよくわからない。
お父さんはちょっと待てろ、と走って休憩所へと行くと「ララ、これ貰いもんだけどいるか? 俺もお母さんもキキも苦手で……おまえ、果物大好きだろ?」と、ビニール袋に入った干柿を持って来てくれた。
私は「マジか! あんがと」と干柿を受け取った。
「うえっ、マジか。そんな柿のミイラみたいなのうまいの?」
「いや、そんな顔すんなって、フルーツジュレみたいな食感と濃厚な甘みが美味しいんだ」
なんとなく嫌そうな顔をするキキの目の前で美味しそうに食べてやった。キキの引きつった顔がおもしろい。
「さて、拝屋さん宅へいきますかね」
「これで小説の執筆も進む?」
「わかんないけど、進むんじゃないかな?」
「数ヶ月、止まったままだし、次回は主人公が拝屋さんに会うとか?」
キキに「ふふふ」と思わせぶりに笑ったが、正直なにも考えてない。スマホに向かって執筆するまでわからないのだ。彼らはスマホの執筆画面の文章に現れる。いま、なにかいったところで彼らはなにもしないしできない。ただ執筆すると動き出す。私の衝動と体験を糧に私の知らないことを考え、私の思うこととは別の行動をしてくれるのだ。




