それは内部に広がっていた
質問ですか?
当時の▽町については混乱していたので細かいことはわかりません。外にも出ていませんでしたので新聞で読んだ範囲の知識しかありません。それでもいいのなら。ええ、僕がわかる範囲でなら話せます。
お父さんとなにかが繋がっていたことを詳しくですか? いえ、物理的に繋がっていたものでは……霊的なものとは? 僕は繋がっていたのがみえたので、そういったまでで。比喩表現ではありません。言葉で言い表すには? それはもうみたまま繋がっていたのです。ええ、帰ってきてからみえました。もしかしたら、以前から繋がりはあったのかもしれません。ただはっきりとみえるようになったのはお父さんが帰ってきてからです。どういう繋がりか? 繋がっているものは繋がっているのです。埒が明かない? そうですね。詳しく話したいのですが、言い表す言葉を思いつきません。どうみえたのか、という問いには再三いったとおり、繋がっているものは繋がっている、としか。僕の語彙力のなさかもしれません。それは肉体同士繋がっており、同時に魂にも繋がっているのです。それがはっきりとみえるだけなのです。
話を戻します。
お父さんはつぶやき続けていました。時系列はばらばらでしたが、自身の半生を語っていました。彼は繋がっているものにすべてを奪われるなかで走馬灯をみていたのかもしれません。それを語って彼自身の半生を振り返り、流されるまま送ってきた人生に対して悔いていたのか、あるいはひとでないものと交わり、産まれた僕に対しての謝罪のか、それはわかりませんでした。望むのであれば後者であって欲しいと望みながら訊いていました。
「大変な状況だったが一段落した。なぁに、あとは博士がなんとかしてくれるさ」
無表情に天井を見上げながらなかば虚ろに半生を語る彼の口から、いつもと同じ声が発せられたとき、この男のなかにお父さんはもういないのだ、と僕は思いました。彼の向こう側のなにものかはずっと彼とともにいたのかもしれません。虚ろな自白によれば自堕落に生きてきたひとらしいですが、少なくとも▽町で生真面目なふりをして、僕のことを愛してはいた、と思っていました。ですが常になにものかの思考のもと動いていたのかもしれない可能性すらありました。
「そうだね」
ここは僕のいるべき場所ではなく、もっと自由になれる場所があるはすだと思いました。そうです。僕は▽町を捨て、お父さんが昔いた世界、拝屋礼と通話した世界、おそらくは勇と翔がいった世界に行くべきだと決心しました。
「じゃあ、明日から高校にいってみるよ」
▽町を覆う霧の向こうは博士が目指すところです。そこに居座るものを力強くで移動させるか、交渉して動いてもらおうとしています。つまりあちらの世界にいくには▽町の外にはないということになる。僕は外の世界は人類が来た世界と聞かされていたので勘違いをしていました。勇と翔の名残りが、山へと続く国道で発見された、という新聞の情報も鵜呑みにしてしまっていました。この▽町の情報はおそらく統制されているのです。正確な情報かどうかなんてわからない。例えば単純に事件を利用して▽町の外は危険だと子供たちに教えるため書いた可能性もある。それに山道に向かう国道への道程は小学生には遠すぎます。
そうなると考えられるのは、勇と翔、ふたりの小学生が下校してから暗くなるまでの時間で、夕暮れには家に戻れるくらいでなくてはなりません。その範囲にあちらの世界にいける場所があるということになります。近くならいつでも行ったり来たりできる。そうするとどうして僕を誘わなかったか納得がいきます。
「そうだね」
彼はぎこちなく立ち上がりました。
「明日から早起きしなくちゃな」
そのまま、身体を引きずるように自分の部屋に消えてゆきました。
「ありがとう、お父さん」
僕はお礼をいいました。彼ではなくお父さんに。なぜなら薄れゆく意識の中でお父さんは繋がっているものの束縛の縫い目をぬって、なおかつそいつに気づかれないよう、僕に真実を伝えたのだと思いました。それに博士が起こした騒動のときにもなにができるかわからないまま町へ駆け出したのでしょう。その気持ちは伝わりました。僕はできることならここに留まるほうが良いのでしょう。博士の期待に応えるべく、お父さんでなくなった彼とともに神とやらとの会話に専念すればいい。それに博士の言葉が正しければ、お父さんと繋がっているものはおそらくは僕の母親ということになる。夜の住人と▽町民は一緒に暮らす、となればいつかは僕は母親にも会えることでしょう。そして僕らは形上いままでどおりの生活ができる。
けれど僕にはそんな騙され与えられた日常は願い下げでした。
なにか特別な考えがあったわけではありません。僕はただそっと外に出ました。あたりは静まり返って霧が立ち込めていました。数日間、家のなかにいただけでしたが▽町は変わってしまっていました。建物の多くは倒壊しており、濃い霧がそれを覆い隠していました。それに夜の住人は見当たりません。あの数日の喧騒に皆疲れたのでしょう。ひとも動物も植物も建物も風も空気も……町全体が霧に包まれ眠りにつこうとしているようでした。
僕は一度家のほうに振り返り、もう戻ることはないであろう我が家を目に焼きつけると町を歩き始めました。夜の町にはなにも気配がありません。ただ街灯が霧を丸く照らすばかりで他に明かりすらないのです。僕はただ足に任せるように歩きました。
ふと空に無数の青白い光が泳いでいるのに気づきました。その光は▽町にできたあの奇妙な建物でみたものと酷似していました。それがなんなのか確かめるすべはありません。きっとやつらは増えに増えて▽町の空を気ままに飛んでいるのでしょう。やつらは博士の研究の一部ですから▽町の外や異世界に関するものに違いありません。
ふとお父さんの言葉を思い出しました。
お父さんはUFOに連れられて▽町にやってきた、と。お父さんのいうUFOがなんなのか僕にはよくわかりませんが、つまりは発光する生物に連れられてきたのではないか、そうなるとあの奇妙な建物に秘密があるのではないか、と思いました。
この近所でできた奇妙な建物は▽駅に増設されたものがあります。気づくと僕はその周辺を歩いていました。確信めいた気づきに導かれ、駅に行くとそこはやはりただ明かりだけが無人の駅を照らしているばかりでした。しかもあの奇妙な建物は倒壊しており、瓦礫があるだけで、周囲にはあの独特なすえた臭気が立ち込めています。
すっかり肩透かしをくらったように僕は瓦礫のコンクリート座るとため息をつきました。UFOとお父さんがいった化物について想像を巡らします。お父さんはそれは光る目といっていた。それと機械ではなかったとも。つまりは空飛ぶ特殊な飛行機をUFOと呼び、お父さんの出会った光る目の化物は別種なのかとか。
あなたはUFOがなんなのか知っているんですか?
宇宙人の乗物ですか。なるほど、それが△市の共通認識……世界中? それをみたひと、乗ったひとがわずかながら存在すると。一般的でないのに共通認識としてそれがなんなのかは知っている? 不思議なものです。もしかしたら▽町にいたときの僕のように嘘の情報に惑わされているだけかもしれないですよ? 宇宙人の乗物としておいたほうが色々都合がいい、とかね。
え? こういう雑談はいい、と。僕はこういう雑談のほうが好きですけどね。僕も結構話しました。これを文字に起こせばロッキンオン・ジャパンのインタビュー記事より多い文字数になるんじゃないですか? もっとも歌手のインタビュー記事のほうが多くのひとが喜びそうですけどね。僕の半生に興味を持つひとなんて、おそらくそうそういませんよね。あなたぐらいじゃないですか? はいはい、わかりましたよ。続きを話します。
コンクリートの上に座っていて空想にふけていたところでなにも起こりません。このままあちらの世界にもいけず、家にも帰らず、廃屋でも探して(ちょうど▽町は混乱期でしたから、そういう家もありそうでした)生きるのもいいかもしれないと思い始めて歩き始めたときです。駅構内に目をやると明かりに照らされたおびただしい血痕がありました。おそらくここで夜の住人と▽町民とで惨劇があったのでしょう。遺体や残骸はもう撤去されていましたが、その血痕のあとは生々しく、鮮やかに赤かった。それは白い床に烈火のように艶やかに彩られ、出血した人たちがどうもがき苦しんだのか、逃れられない激痛からどうにかして逃げようとのたうち回ったのかが、よくわかるようでした。よくみると壁にも天井にも血飛沫が散っており、その惨劇の激しさを物語っていました。もしかしたら、僕の通ってきた道の暗がりにも同じような血が道を彩っていたのかもしれません。このような凄惨な出血をもって初めて両者は手を取り合ったと考えると不思議な気がします。あの新聞の写真の和解し手を取り合う両者の姿はこの結果なのか、こうでもしなければわかり合えないのか、募る不思議に足を止めていると、帰宅を告げる町内放送と同じ曲が聴こえてきました。
夕方ではなく、夜にこの曲を聴くのはおかしい気がしました。なにかが食い違うような違和感があります。幼き日に久方さんがこれはお経だ、といっていたのを思い出しました。
それは放送ではなく駅構内のどこからか聞こえるようなのです。僕はその出どこを探すため駅を歩き周りました。この駅は▽町の少し遠ところへ行くための電車しか運行していません。ですから広いはずがないのです。ですが、いつまで経ってもその音のするところにたどり着けないのです。靴の底についたねとつく血が固まりそうなくらいの時間歩きました。すると赤い鳥居がみえました。ご丁寧に注連縄があり、右の柱に大きな草鞋まで吊るされています。こんなもの、僕はみたこともなかった。さきほどの違和感はさらに強いものとなってきました。
駅に売店までありました。確かに売店というか小売店というかキヨスクみたいなものはありましたが、それにしてはきっちりしたもののようで、僕は強く「ここにいてはいけない」となかば強迫観念のようなものにとらわれつつありました。売店の人影が電灯が白い床が空気が、あきらかに敵意をもっている気がしたのです。それは肌を刺すようでした。気づけば床に血痕はなくどこまでも白い床が続くばかりで血に濡れた僕の靴はひどく場違いのように感じました。
鳥居の脇にはなにかの工事をしているのか白い防音壁に囲われた場所がありました。僕は猫から逃げる臆病な鼠のようにそこに入ったのです。
幸い鍵は掛けてありませんでした。ただそこには大きな縦穴がありました。不意に陥没してできた穴のようでしたが梯子がかかっており下へいけるようでした。その穴は駅の電灯の光を飲み込むような暗さで深々と床に存在していました。そして穴の周りには工事現場で使うような専門的な機械や器具などが置かれ、片隅には休憩スペースなのか灰皿とパイプ椅子とテーブルがあります。
僕は恐る恐る中央にある穴を覗き込みました。するといままで小さく聞こえていたあのお経が穴の方からはっきりと聞こえてくるのです。
それは暗く丸い空間に響いていました。
きっと、この底に読経しているなにものかがいるのでしょう。久方さんが来た世界の夕方の町内放送はドヴォルザークの交響曲第九番『新世界より』の第二楽章だといっていました。
読経するひとに訊けばその曲についていくらか知っているかもしれないと思いました。それが異世界に行くきっかけになっているかもしれない、と思ったとき、どんどんどん、と荒っぽくドアを叩く音がしました。
外に誰かいるのです。夜のためか抑えた声でしたが、あきらかに怒ったような声でした。きっとここに勝手に入った僕をみて非難しているのだと思いました。けれど出るのは嫌でした。単純に恐怖を覚えたのです。それにドアの向こうのひとがなにをいっているのか理解できませんでした。確かに日本語のようですが、理解できない言語のようにも聞こえました。
僕は外にいるひとが鍵をもってないことを祈って穴にある梯子を慌てて下りました。
とにかくやり過ごそう。穴のなかにいる読経しているひとにドヴォルザークの曲について知らないか訊いてから外に出よう。とにかくそれからだ。あとはただひたすら謝るしかないと思いました。
いま考えれば馬鹿らしいと思いますよ、ホント。
なぜ僕はお経に集中して、辺りがおかしいことになっていたのに気づかなかったのだろうと思います。そしてこういった怪奇現象とか怪異に出会うものは往々にしてそうであるように、いま起こっている非現実的なことを現実だと思ってしまう。ちょうど夢をみているひとがそれを夢と思わないように。
そこで御坊に会いました。
確かに梯子を下りたはずなのです。ですが、ここから先ははっきりとはしないのです。
彼は石室で座禅をしながら木乃伊となって読経していました。なんでも五六億七千万年後、仏を迎えるための修行で、かつ補陀落へ赴き苦しむ民草を救うのだ、と話した気がします。そんな上人様でもドヴォルザークについては残念ながら知らないとのことで……確か後ろに三人の人影がいました。
ライトを当てられ、姿がはっきりとはみえませんでしたが、確かにいて、穴の底だったのに?……いや、僕はどうしたのだろう。
水ですか。ありがとうございます。
わかりません。あのあとどうなったのか。
え? 起こった順に前後の事実関係を無視して箇条書きのようにいうのですか?
……御坊に会う、ドヴォルザークのことは誰も知らない、三人の影と三つの柱、苔むす深林、忍び寄る生きた肉塊、ぬばたまの暗闇、お母さんの子守唄、花々と奇怪な蜂たちの腐った蜜、花弁と性器に根と口、根であり口であるものを切り離し花弁であり性器であるものを飾り嗅ぎ愛でる人々……美しき夜の住人、拝屋雫、僕の愛しい人。




