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匣の街  作者: Mr.Y
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夢路と幽霊

「それはどこですか?」

 阿田は語気を強めて訊いてきた。

 少し変人だが宗教勧誘とかではないらしい。話をしてもいいかなと思い、俺はスマホを取り出してマップアプリでこの辺の地図を出して説明した。阿田は顔をしかめながらスマホを覗き込み、ポケットから古びたメモ帳を取り出すと簡単なメモを書いていた。そのメモ帳にはびっしりと地図や住所、名前などのメモ書きで埋め尽くされていた。そして新しいページに『△駅、北斗七星、鼓星』と暗号のようなものを書き、簡単な地図を書いて遺跡が発見された場所と△駅に黒い丸印を描いていた。いったいこんなことを訊いてまわるなんて、この男はどういう仕事をしているのだろう。

「しかし、阿田さん、あんたどんな仕事してるんですか? こんなことしてお金になるんですか?」

 思わず訊いていた。

 阿田はメモ書きが終わるとにこにことした顔で「修行の一環なので無償ですよ。いや、無償でこういう怪異の一端を封じ、または怪異を祓うことなどをやることを生業としています。まぁ、修行させて頂いているといってもいいですね」

 漫画や小説でもないのになんの臆面もなく仕事の話で怪異とか平気でいうなんてやっぱり変人だな、と思った。

「変な宗教なら早く脱退したほうがいいですよ」

「いえいえ、由緒正しき真言宗で高野山所属ですから」

「ああ、俺、宗教とか興味ないんで。由緒とかわからんですよ。ただ、無償でなにかやらせるところは絶対なにかありますって」

 阿田の年頃が俺と同じくらいにみえるせいか、親切心で話していたが、当の本人はどこ吹く風のように振舞っていた。もしかしたら、俺にいわれているようなことなんて、もういわれ慣れてしまっているのかもしれない。

「まぁ、場所もわかりましたんで……ああ、あと地権者は」

「知り合いです。うちが借りている田んぼで、もうN大の教授にまで話がいってて春先にでも掘り返すらしいです。まったく田んぼから土器が出てきてしまったせいで大変ですよ。まぁ、発見したのは俺ですが。発見して市役所のほうに連絡したらもう次の日にはN大の教授が地権者と話しにいってたみたいで、地権者の方は遺跡が観光地になるかもしれないって、甘い見通しで……」

 愚痴を吐く場所もなかったので行きずりのひとについつい愚痴を吐いてしまっていた。

「N大の教授か……<組織>の一端か。いや、あの日から連絡はなくなったし。じゃあ、別の勢力か……拝天會が力を取り戻した? いや、あれはもう信者や会員はいないはず……いや、(イサミ)の件もあるし」

 阿田は俺の愚痴なんて聞いておらず、独り言をぶつぶついっていた。

「とりあえず、その場所にいってみます?」

「あっ、はい。もしよろしければ」

 自分でもお人好し過ぎるだろうと思った。こんな怪しい坊主の案内なんてもう口頭で十分だろう。けれど彼の言葉には誠意が感じられた。真剣になにかに取り組んでいるひとの声だ。確かに妙な宗教団体に所属し、おかしな仕事をしているようだが、阿田大輝自身はひどく真っ当な人物に思えた。

「そうそう、こういってはなんですが、結構、警察からも信頼されてて、たまに話を頂くんですよ」

 俺の気持ちが雰囲気で理解できたのだろう。自分は怪しい者ではない、と安心させるために警察を出してきたのだろうが、こんなバックパッカースタイルな坊主なんて怪しすぎる。きっと刺激しないように警察も気を使い質問しているのだろう。そして話というのは職務質問かなにかだろうと思った。信仰に狂うと世界は違ってみえるのかもしれない。

「それは凄いですね」

「春先にもY村に滞在したときにも公安警察の方にもお世話になりまして」

 やはり宗教絡みは怖いな、と思った。公安警察なんて名前、ドラマや映画くらいでしか聞いたことがない。そこまで闇深い宗教団体に所属しているのだろうか。

「やっぱり、公安警察からお世話になるなんて阿田さんは所属している宗教団体の重役なんですよ、きっと」

「いえいえ、端役ですから」

「やっている仕事がその宗教団体の活動の原点なのかも」

「いやいや、そんなわけないですよ! ……それだったら、いいのですが。いくらかの衆生救済になっていれば私としては……」

 遠回しに嫌味というか、柔らかく警告をするつもりだったが当の本人はしきりに照れているようだった 。本人の性格なのか疑うということを知らないようだ。よほど信仰心のある信者なのだろう。心配にはなったが阿田さんの人生は阿田さんの人生だ。きっとなるようになるだろう。俺は彼の前途が明るくなるよう祈るだけだ。


 田んぼに着くとすでに測量をやっているひとがいた。青い作業着に凹凸建設という白い文字がプリントされている。

「ああ、大丈夫かな」

 なにが大丈夫かわからないが、阿田から緊張感が一気に抜けたのがわかった。

 阿田はその作業員に話にいって、なにやら話しているようだったが、俺はそんなことより掘り返される田んぼの面積が気になった。木の杭と黄色い水糸で区切られた場所は明らかに計画書より広くなり、隣の田んぼにまで張り出していた。そしてところどころすでに掘り返されており、耕土域より下まで掘り返されている。数年間は春にトラクターが入ったら沈み、秋にはコンバインが入ったら沈み、と稲作が難行しそうな予感がするくらいだった。

「どうすっかなぁ」

 ため息まじりに言葉がでたが、どうしようもないというしかない。これは地権者から借りている土地だし、もしかしたら地権者の目論見通り観光地になるかもしれない。もし観光地になったら道の駅とかできたり、人が大勢押し寄せ、米だって飛ぶように売れるかもしれないじゃないか。そうだ。蛇渕だって「お金になるなら掘るか?」と訊いてきたじゃないか。きっとそういう意味に違いない。

「ねぇな」

 自分自身の妄想にうんざりして言葉で突っ込みを入れていた。

「なにがないんですか?」

 いつの間にか、作業員との話が終わったのか阿田が近くに来ていた。

「いやさ。儲かるチャンスってなかなかないってこと」

「なにごとも近道せず遠回りに地道にいくしかないですよ。近道より遠回りしたほうが、人生結局は視野が広がり、早く目的地にたどり着けるかもしれません」

「いや、まったく」

 宗教の信者らしくもっともらしいことをさも有り難そうにいった。俺は反論してみたかったが、いいくるめられそうなので、ぞんざいに肯定した。

 阿田によれば作業員では話はよくわからないから今後は作業を監視しなければならない。Y村に居候させてもらってはいるので足繁く通うつもりだ、と説明された。

「別に俺には関係ないから」

 俺の言葉に阿田は首を傾げ「霊能者でなければ<組織>はご存知で?」と訊いてきた。

「なんの組織なのかわかりませんよ。それに霊感なんて持ち合わせていませんし」

「でも後ろの方がずっと気になっているんですが」

 俺はぎょっとして後ろを振り返ったが、後ろには田園風景があるばかりで誰もいなかった。

「変な冗談やめてくださいよ」

「いや、あまりにはっきりとみえるんで守護霊かな、と。遺跡発見もてっきりその力を使ったものかと思いました。駅前の道からも感じるほどのものだったので。それだけのものを無意識に背負えるものではありませんよ。それにしても寂しそうで……守護霊でなければ悪霊かもしれません。具合が悪いとか寝つけないとかありましたら祓って差し上げますよ」

「結構です!」

 やはり宗教は怖い。これを口実に壺やら掛け軸やら聖書を買わせたりするのだろうか。俺は阿田の言葉を振り切るように軽自動車に乗った。

「それだけのものを背負われてはいつか潰れてしまいますよ。あっ、名刺渡しましたよね? いつでもみますから、ご連絡下さい。お待ちしてますよ」

 軽自動車のなかまで彼の声が聞こえた。

 その声が言葉の意味するものがすべて不愉快だった。背中の霊とはなんなのかわからないふりをしたが、心当たりがある。いるというならきっと彼女だろう。まだ成仏していないとしたら、生前の思い残しが俺なのだろうか。

 俺は軽自動車を走らせ、人気のない砂利道に停めた。

 周囲にはなにもなく、ただ田んぼに生えた雑草が冬の寒さに黄色く枯れているばかりで、曇天の弱い光がそれを寂しげに照らしていた。

「なぁ、いるのか? さっきの坊さんのいうことが本当ならさ。出てきてよ」

 俺はエンジンを切り、しばらく目を閉じ彼女の声を待った。彼女と過ごした二年間を振り返りながら。綺麗な思い出も喧嘩した思い出も。すれ違ったことも。優しさを持ち寄って仲直りしたこと。あのときのギクシャクさったらなかった。最初のキスも覚えている。壊れそうな身体、それに不釣り合いなほどの意志の強さ。笑ってしまうくらい合わない審美眼。最後の夕暮れ。夏の花火。病魔がふたりの未来を奪ったこと。満開の桜。過ぎ去った過去ではなく地続きの今としてありありと思い出せる。

 ぽつりぽつりとフロントガラスに雨粒が当たる音がしたが、その他は俺がすすり泣く声しか聞こえない。

「そうだよな。まだ昼だしな。いつかまた会おうな」

 俺は阿田に感謝した。

 嘘でも妄想でも俺を騙そうとしたっていい、彼は彼女がまだこの世に存在するといってくれたから。

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