B氏の失踪
『私、田島精一郎はUFO研究家としてオカルト雑誌「MU」から度々、取材されたり寄稿したりしていたが、最近はこのオカルトニュースサイト「anacot」を中心に活動している。今日はそのことについて話そうと思う。
MUにフリーライターとしてコラムを書いていた青年がいた。仮にB氏としておこう。もう成人男性で匿名もないだろう、と思われる読者もおられるかもしれないが、それには理由がある。その理由は後ほど語ることにするのでどうかご容赦願いたい。
B氏との出会いは△山少女UFO失踪事件が写った動画を何者かに奪われたときだ。(いま思い返してみても私から動画を奪った人物の特徴を思い出せない。彼らは本当に人間だったのだろうか)その事件の際、出会った。彼は私が奪われたUFOの動画のコピーを持っており、なぜこの動画が奪われたのか、私と意見を語り合った。そのときに彼は<組織>という秘密結社を口にした。彼らが秘密としているものの一端が映り込んでいた。それは些細な一端だったかもしれない。だが些細な秘密だが漏れてはいけないものだった。だから一時様々な人がもっていたUFO動画を長い年月をかけて、人々の興味が失われるのと同じ速度でゆっくり消し回っていたのではないか、と。そして私のような秘密を厳重に保管、定期的に研究していた人間からは強硬手段をとった。
読者諸氏は<組織>についてはご存知だろうか。
都市伝説にある秘密結社のひとつだ。名前が無いのか<組織>自体が名前なのかもしれない。ある日、メッセージが届く。公園のベンチにある紙袋を駅のコインロッカーに入れてくれ、など他愛のない依頼だ。その指示に従いコインロッカーに紙袋をもっていくと、ある日、どういうわけか自分の口座に結構な額のお金が入っている。そして次から次に指示が来る。急いでいる誰かに話しかけ足止めしてくれ、ジュースをもって誰かにぶつかって服を汚してくれ、などだ。そういう小さな仕事をたくさんの人にやらせて、裏でなにか途方もない大きなことをしているらしい。運んでいる紙袋の中身は違法薬物や拳銃かもしれない。急いでいる人を足止めしたら助かるはずの誰かが死んでしまうかもしれない。ジュースで服を汚したら着替えなくてはならない。着替えるときになにか盗みやすくなる。簡単な仕事が積もり積もって大きな仕事になり、大きな犯罪だって少しずつの偶然が重なったようになる。個人の違法性、犯罪性が希釈され、偶然起こった事故にみえる。そうすることにより<組織>は莫大な利益を生み、その利益の一部は口止め料兼報酬として構成員に還元される。そして<組織>のことをバラした構成員は同じようなやり方で消される。まるで事故に巻き込まれたように。
その<組織>がなぜUFO動画を、と疑問に思うかもしれない。だがB氏も私も同じ考えだったようだ。
<組織>はUFOと繋がりのある……いや、人類社会に紛れ込んだ宇宙人なのではないか、ということだ。宇宙人は古来から地球に訪れ、人類を観察し続けてきた。それこそ星間移動できるほどの高い知能をもつ人々だ。きっと人類社会、個人の特性を理解しきっているのだろう。だから人類になにか指示を与えれば、どう反応するのか、その結末まである程度知ることができるのかもしれない。それは私に「ラプラスの悪魔」という言葉を思い起こされる。
フランスの数学者、天文学者ピエール・シモン=ラプラスが述べた超越的存在のことだ。 ある瞬間におけるすべての原子の位置と運動量を知り得る存在がいたならば、物理法則にしたがって、その後の状態をすべて計算し、未来を完全に予測することができると主張した。まさに<組織>は人類の「ラプラスの悪魔」なのだろう。彼らは人類の行動、心理をすべて見透かし、人類の全体の未来すら知りえているのではないか。しかし、そんな存在がUFO動画を奪ったり、なにか社会の裏で得体の知れない犯罪をしているのか。あまりに小さなことのように私には感じられる。
ただB氏は<組織>がなにをしようとしているのか(確信はないにせよ)ある程度、理解しているようだった。
<組織>が調査しているものを追っているうちに<組織>自体の全貌を掴めたのか、あるいは<組織>を追っているうちに<組織>の調査しているものを掴めたのかはわからない。ただB氏は<組織>の秘密を知り、<組織>に狙われていたようだ。
彼は行方不明になるまえに様々なマスメディアに<組織>について知り得た情報をリークすると私に連絡してくれた。
しかしその情報は未だどこからも発信されていない。こういう秘密結社、UFOなどの情報に強く、B氏が執筆活動をし、絶大な信頼を寄せていたMUすら沈黙を続けている。
そしてB氏、行方不明後、彼が送ったであろう<組織>についての私の質問にも沈黙を続けている。私はそのMUの態度にほとほと愛想が尽きた。
真っ先にB氏が調べあげた<組織>に関する情報を公開し、UFOや秘密結社についての特集を組めばいいのだ。それをしないのは行方不明になるまで秘密結社に迫ったB氏に対する侮辱だ。いや、もしかしたらMUの内部にも<組織>の構成員が紛れている可能性すらある。
だから私はMUから離れアナコットに寄稿することにしたのだ。ただ一抹の期待もしている。もしかしたらMUはすべてを知っているのではないか、ということだ。
MUはUFOやオカルトについては国内最大級の情報媒体だ。だからB氏の行方不明も<組織>の情報も掴んでいる。そしてB氏が行方不明になったのは<組織>にさらわれたのではなく<組織>に捕まらないように潜伏しながら情報収集をしているからなのでは……。
これはただの私の願望だろうか?
だがこう思いたいという気持ちは強い。だからB氏の名を伏せた。彼が少しでも動きやすいように。そして、いずれ姿をみせてくれるように。
だが彼が行方不明になったのは「△市UFO事件」前後なのだ。
彼はもしかしたらUFOにつれさらわれた可能性もある。数年前ひとりの少女がUFOに連れさらわれ、なんの前触れもなく記憶喪失で帰ってきた。次はB氏が代わりに連れさらわれた、とも考えられる……』
私は一度、ノートパソコンのキーボードから手を離し、文章を確認した。あまりにも散漫で取り留めのない内容だと我がことながら呆れ、失望した。書いている最中は、もうすこし核心にふれたことが書けているような気がしていたが。結局、この事件は私にはわからないことだらけなのだ。
私はまた別のことを書こうとメモ書きに目を走らせたが、夜も更けて冬の気配のする底冷えが足を撫でた。明日も△市歴史民俗産業資料館へ出勤しなければならない、と思うと私はノートパソコンの電源を落として寝床に入った。