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江本キズナはつながりたい

作者: 畝澄ヒナ

 学校の廊下を歩いていると見かけたのは、階段のほうに連れていかれる知らないあの子だった。

 いつも教室で本を読んでいて、話したこともない。そんな名前も知らない子なのに、数人の女子生徒に髪を引っ張られながら連れていかれるのを、私は見過ごせなかった。

「そこで何してるの!」

 私は気づかれないように後をつけて、女子生徒たちに向かって叫んだ。

「何? あんたに関係ないじゃん」

「関係なくない。私の友達に何してるの」

 友達ではないけれど、私が助けない理由にはならない。

「うるさい、あっち行ってろよ」

 女子生徒に思いっきり突き飛ばされた。その後ろは下りの階段で、私はそのまま受け身も取れず頭から落ちた。

 最後に見えた光景は、泣いているあの子と笑っている女子生徒の姿だった。


 目を覚ましたのはベッドの上だった。医務室だろうか。隣を見るとあの時の知らない子が座っていた。

「あれ、あなた……」

「お、起きたんですね! 私のこと覚えてますか?」

 まんまるメガネにおさげ髪、膝元には読みかけの本があった。

「ごめん、覚えてるんだけど名前がわからなくて」

私は後頭部を押さえながら起き上がった。伸ばしっぱなしの長い髪が静電気でまとわりつく。

「そ、そうですよね、私は同じクラスの斉藤リナです。江本さん、大丈夫ですか?」

 入学から三ヶ月経っているとはいえ、一度も話したことないのに私の名前を知っているのには驚いた。

「大丈夫、それよりあなたこそ大丈夫?」

「私は大丈夫です。私のせいで江本さんがこんな目に遭ってしまって、ごめんなさい」

 リナはうつむきながら涙声で謝った。そんなこと気にしなくていいのに。

「何言ってるの、あなたは謝ってもらう側でしょ」

「で、でも、私がこんなだからダメなんです」

「あーもう! とりあえず友達になろう! それで私がリナを守る!」

 私がそう宣言すると、リナはメガネと同じように目をまんまるにさせて何回も瞬きをする。

「わ、私でよければ、お、お願いします、江本さん」

「キズナでいいよ、私もリナって呼ぶから。よろしくね」

 そうなると寝ている場合じゃない。いじめてた人たちをどうにかしないと。

「いつからいじめられてるの?」

「高校入学してすぐでした。でも話したこともないし、何かした覚えもないんです……」

「理不尽じゃん。なんで何も言い返さないの?」

「聞いてみたことはあるんですけど、うざいから、としか言われなくて」

 全て理不尽。思ったとおり、最低な人たちみたい。私の中で怒りが沸々と湧いてきた。

「よし、決めた」

「な、何をですか?」

「その人たちと友達になろう。そしたらいじめられないでしょ?」

 私は自信満々に答えた。リナを笑顔で見つめると、リナは急にうつむいて叫んだ。

「そんなの、できるわけないじゃないですか!」

 膝元の本にポタポタと水滴が落ちるのが見えた。そんなリナを見て私は優しく言った。

「できるよ。私の力を使えばできる」

「どういうことですか」

 リナは涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで拭きながら、不思議そうに聞いた。

「私ね、人との絆をつなぐことができるの」

 私が生まれつき持っている不思議な力。自分でもなぜこんな力を持っているのかわからない。ゆびきりをしている人たちの手に触れると、その人たちの絆をつないで強くすることができる。

「い、意味わかんないです」

 リナは首を横にぶんぶんと振る。

「じゃあ、試してあげる」

 私はリナの小指と自分の小指を絡めてゆびきりをした。そしてもう片方の手で、ゆびきりをしているリナの手に触れた。

「どう? なんか感じる?」

「わかんないですけど、すごくキズナさんを信じられる気がします」

「私も同じ。リナのこと、大好きになった気がする!」

 正直、「絆」という曖昧なものだからその人の感じ方に左右されてしまう。でも私たちは確実に今、「絆」がつながった気がした。

「これで信じてくれる? あの人たちと友達になればいじめなんて起きない。みんな仲良く楽しく過ごせるよ。まあ、その前に謝ってもらわないとだけど」

「そ、そうですね……」

 なんだかリナの顔が悲しそうに見えた。「絆」をつなげばみんな仲良くなれるのに、いじめなんて絶対に起きないのに、何か嫌なことでもあるのだろうか。

「どうしたの?」

「いえ、大丈夫です。私のためにしてくれるのはとても嬉しいです」

 リナは不器用な笑顔で微笑んだ。


 リナと一緒に医務室から教室に戻っていると、リナは教室の前で立ち止まった。

「あ……」

 リナの目線の先を見ると、窓側の一番後ろの席であの時の女子生徒たちが楽しそうにおしゃべりをしていた。あそこは確かリナの席だ。

「大丈夫、私がいるよ」

 私はリナの肩をポンと叩き、リナの手を引いて教室に入った。

「あれ、戻ってくるの早くない?」

「斉藤のほうも一緒に落とせばよかったんじゃね?」

 女子生徒たちは私たちを見るなりそう言って、ケラケラと大笑いした。人が怪我をしているのに、この調子なんて。私は拳をぎゅっと握りしめた。

「何が可笑しいの」

「は?」

「人が傷ついてるのに、何がそんなに楽しいの!」

 クラス中に怒鳴り声が響いた。リナが小声で制止するのも聞かず、私は我慢できずに女子生徒の胸ぐらを掴んだ。そして蛇のように睨みつける。

「傷ついたって、その怪我なら大したことないじゃん。そんなに大袈裟に言うんだったら病院行けば?」

女子生徒は反省の色を一切見せず、余裕の表情で私のことを鼻で笑った。その行為が私のイライラをエスカレートさせた。

「私じゃない。傷ついたのはリナ! 謝ってよ!」

 昼休みが終わる五分前のチャイムが鳴り始めた。周囲にはクラスの全員がいるはずなのに、誰もいないかのような静けさに包まれている。

「キズナさん、もうやめてください」

 後ろから今にも消えそうなリナのか細い声が聞こえてきた。私はその言葉を聞いて、女子生徒のブラウスから手を放した。

「仲良くしませんか? 私は皆さんと仲良くしたいです」

「何言ってんの? キモいんだけど。行こう」

 リナの言葉はすぐに切り捨てられ、女子生徒たちは本来の席に戻っていった。

「リナ……なんで?」

「授業始まりますよ。キズナさんも座りましょう」

リナは私と目を合わせず、さっきまで女子生徒が座っていた窓側の席に座った。


授業が終わり放課後になった。私はリナのところに駆け寄った。

「リナ、さっきなんであんなこと……」

「キズナさんが友達になろうって、言ってたじゃないですか」

 リナは相変わらず目を合わせてくれない。こちらを向いてくれさえしない。

「でも本当は、あの人たちと友達になんかなりたくないんです。キズナさんを傷つけた人たちと友達になんかなりたくないんです」

 私はその言葉でハッとした。私も同じ気持ちだったんだ。私もリナを傷つけられたからあんな行動をとった。なのに友達になってもらおうなんて、矛盾していた。

「気づかなくて、ごめん。でも、もっといい方法思いついたから安心して」

「いい方法?」

「クラスのみんなと友達になろう。そしたら、私だけじゃなくてみんながいじめから守ってくれるよ。もちろん、あの人たちは除いてね」

 私がそう言うと、リナは勢いよくこちらに身体を向けた。そして私の目をしっかりと見て言った。

「キズナさんらしい、とてもいい方法ですね!」

 その顔は、あの時の不器用な笑顔とは全く違う、純粋無垢な可愛い笑顔だった。


 それから私たちはクラスの一人一人に声をかけていった。リナは人と話すのは苦手らしいけど、私が間に入らなくても頑張って、たった一言声をかけていた。

「友達に、なりませんか」

 みんながみんな悪い人じゃない。声をかけた人は全員、笑顔でリナと楽しそうに話している。私も時々、一緒にお弁当を食べたり、放課後に一緒に帰ったり、クラスの人たちと「絆」をつなぐ要素を作っていった。

 私の能力には一つだけ欠点があって、ある程度心を開いている人同士じゃないと「絆」をつなげないこと。でも、そのラインはもうとっくにクリアしてる。リナが一生懸命頑張ったから、次は私が頑張る番。

「ちょっとだけ、リナとゆびきりしてもらえる?」

 私がそう言うとみんな不思議そうな顔はするものの、断る人はいなかった。視覚的な効果があるわけじゃないから、私の能力がみんなにバレることはないだろう。リナと「絆」をつないだ人たちは、リナに積極的に話しかけたり、リナを頼ったり。私が入る隙がないくらいに仲良くなっているのがわかった。私は少し寂しいけど、リナが毎日笑顔だから不安にはならなかった。

「キズナさん、今日は一緒に帰りましょう」

「あれ、他の子と帰るんじゃなかったの?」

 リナのほうから話しかけてくるなんて、たった一ヶ月でものすごく成長を感じる。よく考えれば、一ヶ月でクラスの過半数の人と仲良くなれたのは奇跡だと思う。

「いえ、今日はキズナさんと帰るって決めてたので、誘われたんですけど断っちゃいました」

「リナ、変わったね。今すごくキラキラしてる」

「キズナさんのおかげです。本当にありがとうございます」

 リナは立ち止まって、私に丁寧に頭を下げた。

「私はちょっと力を貸しただけだよ。あとは全部リナの力」

「でもキズナさんがいなかったら、私はいつまでもいじめられていました。最近は机に落書きされてても、みんなが一緒になって消してくれるようになりました」

 その光景は私も見ていた。あの時のような乱暴はなかったが、落書きされたり靴を隠されたりすることは何度もあった。最初は私が助けていたけれど、気づけば私が助けに行く前に、他の誰かがリナのそばにいた。

「もう大丈夫だね」

 私はそう言ってにこっとリナに笑いかけた。


 翌日、学校の廊下を歩いていると見かけたのは、女子生徒に連れていかれるリナだった。あの時と同じだ。私はすぐに追いかけた。でもそこにはもう数人のクラスメイトがいた。あの時の私のように女子生徒に向かって叫んでいる。

「私の友達に何してるの!」

 リナはもう泣いていなかった。むしろ正々堂々と立っていた。私はその光景を見て気づいた。いじめを無くすのは、本人の努力と仲間の力だ。


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