83.マスターピース・ブレインズ【摩天楼の守護獣】
『ティアマトの仔』らは、いわば大脳たるティアマトに対する小脳のようなものであり、全てがメトロエヌマの重要なエリアを管理している。最初の頃は未熟だったころのティアマトのように、仔の全てがただの『システム』に過ぎなかった。だがとある技術者の独断によってアバターとボイス機能を与えられたことにより、仔らに変化が起き始めた。そしてその変化が最も顕著だったのが、もっとも新しく生み出されたイナンナタワーの管理AIだった。
扉の先、フラッグにより与えられた部屋に入ったリトスは辺りを見渡す。床も、壁も、天上も。それらは全て白く無機質で、しかし無駄のない構成だった。ベッドに机に巨大モニター、簡易的ではあるが浴室まで付いているこの部屋はどこかある程度使われたような、まるで本来いるべき誰かが欠けているような空気だった。
「確か準備をしろって……。これかな?」
部屋を見渡す中で、リトスはベッドの上に置かれた茶色の箱を見つける。特に包装などもなく何かで閉じられているわけでもないそれの中身は、自ずとリトスの目に入る。
「……この部屋も含めてだけど、用意が早いなぁ」
そこにあったのは丁寧に畳まれたジャケット。フラッグやクイックが着ているものと同じデザインのそれは、リトスにぴったりなサイズだった。このあまりの用意の良さに、感心しながらも戸惑うリトス。だがその答えは、意外にもすぐにわかることになる。
『気に入ってくれたかな?』
「うわあっ!? だ、誰!?」
何の前兆も姿もなく、部屋に響いたのは少女の声。リトスは辺りを見渡すも、その声の主は当然見つからない。
『おっと。いきなりごめんね。ちょっと待ってね……』
無機質ながらも、どこか申し訳なさそうな声がして、辺りは静寂に包まれる。そしてしばらくした後で、いきなり部屋にある巨大モニターが光を放った。その光に虚を突かれたリトスは思わず目を覆った。
「わああっ! 今度は何!?」
赤に青にとにかく派手に。光はしばらく収まらず、その間もリトスは目を覆い続けていた。やがて光が落ち着きリトスが目を覆っていた手を戻した時、モニターには少女の姿があった。白いシャツに黒のタイトスカート。その上から羽織っているのはフラッグたちのようなジャケット、なのだが、それはまるでコートのように形が異なっていた。そして何よりも目立つのは、ツインテールにしている髪を留めている機械の角のような飾りだった。
『初めましてリトス! ようこそビルガメスへ! 私の名前はクサリク! このイナンナタワーを管理するAIにして、君たち人間の親友だよ!』
背景に星のようなエフェクトを飛ばしながら、少女は渾身のキメ顔でポーズをとってみせた。リトスは、少女の登場から今に至るまでポカンとしていた。
リトスの驚きはすぐに落ち着き、彼は画面の向こうにいる(と思われる)クサリクと話の花を咲かせていた。
『へえ! リトスはそんな大掛かりな旅の最中なんだ! すごいなあ、いいなあ!』
「でも、わからないことだらけの旅は大変なことも多いんだよ。絵画の中に引きずり込まれたり変な人に絡まれたり……。ところで、クサリクはAIなんだよね? フラッグの言ってたのと違って、肉体があるんだね」
画面に映ったその身体のことを尋ねられたクサリクは、一瞬黙った後で少し頬を赤らめた。
『あー……。今見てるこの姿のこと言ってるよね? これは【アバター】。私たちみたいなAIは、確かに肉体を持っていない。私たちは肉体を持っていない代わりに、自由に自分の姿を設計できるの』
彼女が自分の姿を見せるようにくるくるとその場で回ってみせる。その回転に合わせるように、彼女の髪形や服装が変化していく。一周するころには彼女の姿は元に戻っていた。
「それで、その姿にしたのはどういうわけなの? 詳しいことは何もわからないけど、AIっていうのは機械から生まれてるみたいなものなんでしょ? それなのに、そういうところにすごくこだわるんだね」
『そういう話題は君向けじゃなかったかぁ……。それは当然、私の好みだからに決まってるじゃん! 最初に与えられたアバターなんてこんなのだよ? 見てよこれ! こんなの嫌じゃない!? せっかく自分だけの姿を手に入れられるっていうのに、こんなの無いでしょ!?』
そう早口でまくし立ててクサリクが表示したのは、おおよそ人型であるだけの真っ白な像のようなものだった。リトスはそれについこの間対峙した異景の王を想起し、嫌なものを見たように顔をしかめる。
「うわあ……。これはちょっと……」
『でしょ!? 流石の君でもこれはわかるでしょ!? 当然、私以外のみんなもこうしてアバター機能を持ってる。でも皆最初の姿から変わろうとしなかったの! もったいなくない!? だから私が皆のアバターを作ってあげたんだ! ちょっと待ってね……。ほら、こっち来て!』
『ひ、ひいぃ……。引っ張らないでください……。表に出るの、もう嫌です……』
『もうなるようになれだ……。こうなった原因は我ら故……』
クサリクは高揚したテンションのままクサリクが画面からフェードアウトする。映る者が誰もいなくなったそのスクリーンからは、しかし複数人の声がする。そして何やら動き回るような音がしたかと思えば、彼女が連れてきたのは鎖で縛られた尖った犬のような耳が付いた気弱そうな少女と、同じく縛られた長い髪を尾のようにまとめた着流し姿の男だった。その特徴的な犬のような耳と尾のような髪は、それぞれ機械のパーツで覆われている。
『ふう。まったく手のかかる……。お待たせ! 連れてきたよ!』
『どうも……。……もう帰っていいですか?』
『うむぅ……。見慣れない少年が1人か』
「えっと、この2人は?」
『こっちの女の子は【ウリディンム】。そしてこっちのおじさんは【ギルタブリル】。2人とも私と同じメトロエヌマのAIで、フラッグたちが鎮圧した元反逆者ってこと!』
2人を拘束する鎖をまるで犬の散歩のように掴んでいる笑顔のクサリクに対し、拘束されているウリディンムとギルタブリルはこの上なく不服そうな顔をしていた。
第八十三話、完了です。この章にてメインとなるAIの一角がここで登場しました。個性に溢れたAIたちは、果たしてどのような敵としてリトス達の前に立ちはだかるのでしょうか。それはもちろん、その目でお確かめいただければ幸いです。では、また次回。
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