82.マジェスティック! バスタード・ブレイブリー
ビルガメスの黎明期、人々と同じくマザーAIティアマトは未熟であった。しかし国の発展とそれに伴う人々の目覚ましい発展に比例するように、ティアマトは進化を続けていた。最初こそ簡素な応答のみを可能としていたティアマトも、進化の中で1つの明確な意思を持つに至った。そうして遂にはメトロエヌマの各所を管理する端末である、『ティアマトの仔』を自ら生み出すことになった。
「我らビルガメスは今、長年共に歩んできた【友】の反逆により機能不全に陥っている。この歴史的危機を我らと共に解決してもらえないだろうか」
ビルガメスの危機を告げるその言葉は場所と時間を変えて、今度はリトスへと向けられている。先ほどまで言葉を告げられていたクラヴィオは、疲労からか熟睡中だ。
「……もちろん、強制はしない。君たちの意思を最優先する」
相も変わらずフラッグの様子は真剣そのものだ。ビルガメスを救わんとする確固たる決意。しかしそれを現段階では成し得ないことへの悔しさ。そしてそれらを見ず知らずの余所者に要請することすら厭わない、上に立つ者としての矜持がそこにあったのだ。それは高潔であり、決して揺るがぬ意志の下で発せられたものであった。
「リトス……」
「目の前で起きている問題を見過ごせるほど、僕の信念は軟弱じゃないよ」
しかしそれはリトスとて同じこと。もちろん彼は今、大きな旅の最中である。それは彼自身が一番わかっていることではあるが、それよりも思い出してほしい。今の彼を形作っているものを。廃人同然だった彼が『意志』を得たきっかけを。
「僕はビルガメスの危機に、貴方たちと立ち向かいます。アウラも、協力してくれる?」
「……リトスならそう言うと思っていました。異論はありません。私も一緒に戦います」
そこにある確固たるリトスの『意志』。アウラも半ば仕方なさそうな物言いだが、何も不満そうには思ってはいないようだ。利を一切伝えていないにも関わらず平然と承諾したリトスを見て、これまで様々な人間を見てきたフラッグも、少しとはいえ驚きを見せる。
「……なるほど。クラヴィオ氏が言っていたことは正しかったらしい」
そして何かを言おうとし、フラッグはそれを飲み込んだ。それを言うには、この状況は無粋であると判断したからだ。こうなればこの場でいうことなど、1つしかあり得ない。
「よし。それでは2人には早速作戦に参加してもらう。その前に、2人のために色々必要だ。ということで着いてきてくれ。君たち用の部屋に案内しよう。詳しいことは、案内がてら説明する」
振り返ってリトス達を見ず、フラッグは着いてくるように促している。だがすぐに、立ち止まったままのリトス達へと振り向いた。
「君たちの戦いは、もう始まっているんだぞ? リトス、アウラ。俺に着いてこれるよな?」
フラッグが向けたのは、新たな仲間に向けられた信頼の笑みだった。
フラッグに着いていくリトスたちは、同じドアの並ぶ長い廊下を歩いている。そこには彼らの足音以外にも、フラッグの声が聞こえていた。
「まあ要するに、これまで俺たちと共にこのビルガメスの発展に尽くしてきた友と呼べる『AI』たちがほとんど反旗を翻した。そしてそれらがこのビルガメスの首都であるメトロエヌマの主要箇所を乗っ取ってしまった。それを全て奪還するのが目的となる。ここまで何か、質問はあるか?」
フラッグの話を聞きながら、何もわかっていなさそうなリトスは恐る恐る手を上げた。
「さっきから当たり前のように言ってるけど、AIっていうのは何?」
「ああ、そうそう! それもなんですけど、奪還はどれぐらい進んでいるんですか? 気になってしまって……」
思ったことを素直に聞くリトスと、真面目に戦いに向き合うアウラ。そんな2人の食い気味な調子にフラッグはたじろぎつつも、冷静に2人を鎮めようとする。
「落ち着け2人とも。順番に答えてやる。……とは言っても、今更何と答えたものか。ものすごく簡単に言えば、AIとは肉体を持たない造られた命だ。そいつらは俺らみたいな肉体を持たず、物を食うことも無い」
「何も食べないだなんて、そんなの本当に命なんですか!?」
「静かにしてなよ」
自分の投げた質問ではないにも関わらずリトス以上の興奮を見せるアウラに、当の本人であるリトスが呆れたような口調で
「暫定食いしん坊のお言葉をいただいたところで、話を続ける。そいつらを命とは言ったが、実際は違う。厳密にはそいつらはシステムの織り成す奇跡と言える存在だ。まさしく人の成し得た節理への反逆……! まあ詳しいことは、その手の専門家にでも聞くといい。望むなら、紹介してやる」
これまで以上に高揚した口調のフラッグに、リトスは何も言えなかった。それこそ、自身の質問に答えた礼すら言えていなかった。
「続いて奪還の進行状況だが……。まあこちらは悪くない。詳細は後ほど説明するとして、半分以上は終わっている」
アウラの質問については、何てことのないかのようにあっさりと答えて終わらせる。そんなこんなで3人はやがて、無数にあるドアの前で立ち止まった。
「よし到着だ。リトスはこっち。アウラはその隣だ。中に必要なものを既に用意してあるから、入って準備をしておいてくれ。こっちのやることが済んだら迎えに行く」
ごゆっくり、と言い残して、フラッグはその場から早歩きで去っていった。残された2人は互いに顔を見合わせる。だが何を言うでもなく、再び視線は元に戻った。
「なんだか、あっという間にこんなことになっちゃったね」
「後悔してるんですか?」
「まさか。僕は僕の心に従ったまでだよ」
「……それでこそ、リトスですよ。じゃあ私は準備を始めますので、後でまた」
「うん。じゃあ、また後で」
これ以上言葉を交わすことは無く、2人はそれぞれ部屋に入っていく。特別な何かを言わずとも、2人の間には確かで固いつながりがあるのだ。そしてドアの閉じる音が2度聞こえ、廊下は無音となった。
階層を移動するエレベーターの中で、フラッグは誰かと会話をする。だがその場には誰もおらず、それどころか会話用の端末すら握られていなかった。
『ねえねえ。あの新しく入ってきた2人、どうだった?』
「うおっ、びっくりした。急に話しかけてくるんじゃない」
『えへへ、ごめんごめん。それで、どうだったの?』
「まあ戦力としては少しだけ期待しているさ。それよりも、いいじゃないか。若くして大掛かりな旅だなんて。俺もそんな風に旅をしてみたかったものだ」
『フラッグはずっとビルガメスに籠りっきりだったもんね。でもそのおかげで、この街については隅から隅まで知ってるんでしょ? 私たちでもそんなの無理なのに』
「何を言ってるんだ。『大元』だったら俺以上に熟知してるよ。そもそも役割が違うだろうに」
『やっぱりそうだよね。私が詳しいのだって、このタワーぐらいだし。あっ、そうだ! 後でその2人のところに行ってみようかな』
「……別に行くのはいいとして、驚かせるなよ。まだこの街どころか、AIにすら馴染みが無いんだ」
『わかってるわかってる。じゃあ、行ってくるね!』
「……まったく。アレで本当にAIなのか?」
たった1人。傍から見ると盛大な独り言のような会話を終えたフラッグは、疲れを吐き出すかのように大きなため息をついた。
第八十二話、リトス達のビルガメス奪還戦への本格参戦でした。毎度毎度何かと理由を付けて戦いに身を投じているリトス達ですが、平和な旅が出来るのはいつになるのでしょうか。そんなわけで次回は、リトスが何かに出会う回です。それでは、また次回。
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