81.ハロー、ミスター・リコレクション
ビルガメス、特にその首都たる『メトロエヌマ』を運営するのは民たちだけでなく、この国の始まりの時より主導者であるフラッグと共にあったある1つの『存在』である。それは人でもなく、ナイトコールズでもない悠久を生きるモノであり、ビルガメスの者たちはそれを『マザーAIティアマト』と呼んでいた。
話は、クラヴィオが治療の後に意識を取り戻したところまで遡る。その時、彼の治療を担当したパッチはリトスの下へと向かっていたため不在だった。つまるところ、クラヴィオが目を覚ました時には誰もいなかったのだ。
「俺は、腹を撃たれて……。助かったのか? ……それにしてもまさか、こんな形でビルガメスに再訪するだなんてな」
簡素な衣服に着替えさせられているクラヴィオは、それに一瞬気付かず懐を探ろうとする。だがそれにすぐ気付くと、周囲を見渡して自身の衣服を、正確にはその内にあるものを探し始めた。幸いにもそれは、少し離れた位置で見つかる。
「全く。人の物を勝手に……」
しかし彼の手の届く範囲にそれは無い。ベッドから動こうにも、降りた途端に歩くことすらままならずに転倒する。だが彼は這ってでもそこに行こうとしている。片時も、『それ』を離したくはなかったのだ。そしてもう少しで手の届きそうな位置まで来たとき、ドアが開いて誰かが現れる。その誰かは部屋に入るなりクラヴィオの前に立つ。
「怪我人が無理をするんじゃない」
呆れたようなその声が聞こえたかと思うと、クラヴィオの身体が突然持ち上がる。入ってきたその男、フラッグがクラヴィオを持ち上げたのだ。
「何をする……! 俺はただそこにある物を取りたいだけだ……」
「それぐらい俺がとってやるから、ベッドの上でおとなしくしてな」
フラッグはそう言うとベッドにクラヴィオを戻し、彼が取ろうとしていた衣服を掴んで前に置いた。そしてそのままベッドの横にある椅子に腰かけた。
「そんなに必死になって、それは何なんだ?」
「悪いがアンタには関係ない。それよりも、ビルガメスの主導者様ともあろうアンタがここにいていいのか?」
クラヴィオの言葉に、フラッグは少し驚いたような顔をした。
「俺のことを知っているのか? もしや貴殿、過去に一度ビルガメスに来たことでもあるのか?」
「元々1人で旅をしていた身でな。何十年か前に一度来ている。確か何かの式典だったな。その時にアンタの顔は見ている」
「そうかあの時か……。なるほどそういうことか……」
話を聞き、何かを察したように頷くフラッグ。そして少し間を開けた後、彼はクラヴィオに聞く。
「『ディンギルスター』か?」
「……すごいな。その通りだ」
驚き感嘆の声を上げたクラヴィオは、ただそれだけしか言えなかった。
「まあ旅人がビルガメスに来る理由の9割がアレだからな。横にいたあの2人も含めて、もっと遠くを目指しているんだろう? そうだな……。アレで行くとしたら、アマツ国辺りか?」
「アンタ心を読む系の能力者か何かか!? いてててて……」
「そうであればいいと思うことは多々あったな。ああ、無理するなよ」
更に驚き、その拍子に腹を痛めたクラヴィオをよそに、フラッグは自嘲気味に笑う。
「さて本題だ。本当はパッチが伝えるべきなんだが、生憎彼は今別のところにいる。とは言っても、要件は1つだけだ」
「ああ……。無理はしたくないからな。早く言ってくれ」
「悪かった……。それよりも、だ」
少し皮肉ったように言うクラヴィオに、フラッグは仕方なさそうに謝罪してから、続ける。
「貴殿のその怪我はもう数日もすれば治る。曰く、あの少年が施した止血が効いていたらしい。後で礼を言っておくといい。それで、それを踏まえて提案がある。これは対等な取引だ」
クラヴィオは怪訝そうな顔をした。一瞬で真剣な表情に変わったフラッグはクラヴィオを気にせず、その『取引』の内容を告げる。そしてそれは、管制室でのリトス達への言葉と繋がることになる。
『我らビルガメスは今、長年共に歩んできた【友】の反逆により機能不全に陥っている。この歴史的危機を我らと共に解決してもらえないだろうか』
場所と、時を隔てたフラッグは、しかし全く同じ表情で同じ言葉を口にしたのだ。
「……おいおい。何を口にするかと思ったら。悪いが俺たちは旅の途中だ。そちらのことは大変だと思うが、助ける義理は……」
「『ディンギルスター』」
「……何?」
「まだこちらの対価を告げていない。我らと共に戦ってくれたのなら、その暁には『ディンギルスター』を好きなように使ってくれて構わない。もちろん、永久にな」
フラッグの告げたその『対価』は、クラヴィオだけでなくリトス達にとってもこの上ないものであった。しかしそれを告げられてもなお、クラヴィオは迷ったような表情を崩さなかった。
第八十一話、完了です。ところ変わってここはクラヴィオの病室です。そしてやって来たフラッグによる『取引』は、実はリトス達にも持ち掛けられているのです。次回はリトス側の視点でお送りします。では、また次回。
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