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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
幕間・塔より星を見上げる
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77.意志の旅路【雨に打たれて】

 技術大国であるビルガメスには、他の国にはない様々なものがある。それらが何故他国に浸透しないのかと言えば、それは一言では言い表せない複雑な問題があるのだ。

 エアレー車が平原を走る。降りしきる激しい雨をものともせず走るエアレーが牽く荷車の中では、妙な緊張が走っていた。


「……」


村での一件以降押し黙ったままのクラヴィオに、2人は何も言えないでいた。


「……アムル死想団はな」


こうしてしばらく続いている沈黙の状態を、最初に破ったのは意外にもクラヴィオだ。それは、路地裏にて答えなかった質問の続きであった。


「行き場を失った能力者たちの集団だ。奴らが何を考えているのかはわからないが、規模は拡大し続けている」

「……能力者は珍しい存在なんでしょ? どうして規模が拡大し続けるほど集まるんだろう……」


言いたいことは多々あるが、リトスはそれらをすべて飲み込んで、浮かんだ謎を口にする。


「アンタたちはまだ若い。だからまだ知らんだろうが、長い時を生きる中で能力者たちは知己を失い続ける。……辛いぞ。周りが変わり続ける中で、自分だけが何も変わらない。その果てに気を病んでしまう能力者は数多くいるんだ」


少し間を置いて語るクラヴィオは、まるで自分自身がそうであったかのような口調だ。


「まあ中には、街全体に居場所を作っている者もいるが、そういうのはごく一部だ。大半は知己を失うか、長寿を気味悪がられて孤独になる。そうした連中がアムル死想団に合流するんだ」


クラヴィオのその言葉に、アウラは自身の故郷であるペリュトナイと、そこにいる英雄のことを思い出していた。しかしそれよりも、気になることが彼女にはあった。


「クラヴィオはどうしてそこまで詳しいんですか?」

「ああ。昔声をかけられたんだ。画家をしながら旅をしていた時にな。その時は画家としての活動に専念したかったから断った」


何てことのないように放たれたクラヴィオの言葉に、アウラは驚きながらもどこか納得のいったような様子を見せる。


「正直言うが、奴らろくな集団じゃないぞ。やってることだってただの傷の舐めあい。そこに進歩も何もあったもんじゃない。……今となっては猶更、入る気は無いね」


吐き捨てるように、しかしどこか物憂げなクラヴィオ。そんな彼らを乗せて、大雨の中をエアレーは走っていくのだった。


 相も変わらず振り続ける大雨の中、リトスはエアレーの様子を見るために、一時外に出ていた。荷車の中ではクラヴィオとアウラが地図を囲んでいた。


「ビルガメスまではあと少しだな。さて、アレに乗るのはどれぐらいぶりだったか……」

「ところでこの間も言っていた、アレって何のことですか?」

「なんだ、知らないのか。アレって言えば、そりゃあ……」


クラヴィオが何かを言いかけたところで、突如荷車の簡素なドアが開いてリトスが戻ってくる。雨に濡れた彼は少し慌てた様子で荷車の中に駆け込んできた。


「リトス? 何か、あったんですか?」

「うん……。雨の様子が、変なんだ」


濡れた自身の髪を、アウラから渡された布で拭くリトス。彼の持つ布は、少し黒ずんで見えた。


「その色……! 一体何があったんですか!?」

「……見ればすぐにわかるよ」


そう言ったリトスは、自分の入ってきた荷車の入り口を塞ぐ簡素なドアを開ける。その先にある景色を見たアウラは絶句する。


「何があったらこんな雨が降るっていうんですか……!」

「これは……! リトス、速度を上げるんだ! このまま急げば、あと少しでビルガメスの首都に到着する! 少しでも早くこの雨から逃れるんだ!!」


先程までの豪雨に変わって降りしきるのは、まるで炭のような真っ黒な雨だった。それを見て血相を変えたクラヴィオがリトスに詰め寄る。それにリトスは驚きながらも、ただ事でないと悟って即座にエアレーたちに加速の指示をした。


「クラヴィオは何か知っているんだね。この雨について」

「ああ。俺も過去に一度だけ曝されたことがあったが……。酷い目にあったよ。幸いにもエアレーは人間よりは頑丈だから多少は持つだろうが、急がないと病気になってしま、うおっと!?」


最大速度で駆け抜けるエアレーの速度に体勢を崩しそうになるクラヴィオ。荷車が僅かに軋んだ音と雨の音に混じって、どこか遠くから地鳴りのような声がこだましている。そんな中で、エアレーは速度を落とすことなく走り続けている。


「とにかく首都まで急ぐんだ! 着きさえすれば、あそこは殆ど空が見えない都市だ! 雨は確実に凌げる!」


現在位置を示す蒼い結晶は、地図上のビルガメスにほぼ重なっている。それを見て先の景色に目を向けたリトスは、黒い雨の奥に見える巨大な門を確認した。だが、すぐに違和感を覚えたように怪訝な顔をする。


「見えた! ……門が開いてるよ!」

「ちょうどいい! このまま潜入だ!」

「待ってください、何か変ですよ! 門が開きっぱなしだなんて、何かあったに決まってます!」

「今はこっちも緊急事態だ! このまま雨に打たれて行き倒れるよりはマシだろうが!」


彼らの意志とは関係なく、加速したエアレーはすぐには止まれない。そうしてその勢いのまま、エアレー車はビルガメスの大門へと、吸い込まれるように入っていくのだった。


 カップを手に回転椅子に深く腰かける黒縁眼鏡をかけたラフな格好の男に、後ろから歩いてきたスーツ姿の男が声をかける。印象は完全に真逆の2人だが、2人とも同じ金のラインが入った黒いジャケットを羽織っていた。


「大門の観測者(オブザーバー)に反応だ。何かが入って来たらしい」

「そうか。何が入ってきた?」

「ああ、どれどれ……。これは珍しい。エアレー車だ。……中から人も出てきたな」

「旅人でも迷い込んだのか? とにかく、今はここにいられると危険だ。そっちに布告者(デクレアラー)はあるか?」

「ああ。基本的に3つセットだからな」

「なら頼んだ」

「了解だリーダー」


リーダーと呼ばれたスーツ姿の男の指示で、虚空を見つめていた眼鏡の男は何かを手に取った。そんな彼から離れて、スーツ姿の男は何かの端末を手に、誰かと話している。


「……そうか。これは参ったな。わかった。『ファクトリー』と『ラボ』の攻略は中断だ。むしろ『ハイウェイ』の制圧にそれだけの被害で済んだのが幸運だった。死者はゼロなわけだからな。……ああ。大丈夫だ。じゃあそろそろ、切らせてもらうぞ」


端末の電源を切り、ポケットにしまうその男は、ふと立ち止まってため息をつく。


「問題は山積みか。まったく手のかかる……」


男の表情は、ひどく疲れ切っているように見える。そして歩き始めた男の姿は、ものの数歩の内にきれいさっぱり消えるのだった。

第七十七話、完了です。謎の雨に打たれるという非常事態に陥りましたが、半ば逃げるように次の舞台であるビルガメスへとやって来ました。ここでは一体何が起こるのでしょうか。それを期待してでは次回、ビルガメス編でお会いしましょう。

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