74.意志の旅路【とおきけしき】
オブリヴィジョン人物録vol.11
リトス
性別:男
出身:不明
年齢:推定17歳
肩書:旅の魔術師
能力:メガロネオスの偽信(自身と、触れたものの硬化)
好き:旅、魔術の修練
嫌い:体を動かすこと
突如ペリュトナイに現れた謎の少年。最初は何の反応も示さない状態だったが、アウラやスクラ、セレニウスたちと乗り越えたペリュトナイの危機をきっかけに、人間らしさを取り戻していった。現在は自身の正体を知るために、遠きアマツ国を目指す旅路にいる。
「出発だと? ……ああわかった。ちょっと待ってな」
時間としてはまだ夜更けだというのに、暇そうに受付に突っ伏していた宿泊所の主人。彼は面倒そうな様子でリトスが差し出した鍵を受け取って奥へと引っ込んでいった。
「街は騒がしいのに、ここは静かだね」
「そうですねぇ。来たときは賑やかだったのに……」
彼らの言う通り、この部屋には彼ら以外誰もいない。唯一変わらない広さも相まって、彼らが来た時とはまるで真逆であった。そうしてしばらく待っていると、奥から小さな袋を持った主人が出てきた。
「待たせた。これは君らが出した諸々の代金の、取り消された1日分の返金だ。25エルド。入っているか確認してくれ」
言われるがままに袋を閉じていた紐を解くリトス。そこに入っていた小さな5枚の硬貨を確認すると、懐にしまった。
「大丈夫です。ちゃんとあります」
「わかった。あとこの騒動のせいで憲兵が全員出払っていてな。悪いんだが、自分たちで待機場所に向かってくれ。場所はわかるか?」
「はい。……ありがとうございました」
リトスの言葉に主人は特にこれといった言葉を返さず、また突っ伏す。そしてしばらくすると、静かに寝息を立て始めた。
「……寝ちゃったね」
「もしかすると、私たち以外のお客さんも全員出てしまったんでしょうね。その対応に追われていたんじゃないんですか?」
眠り続ける主人を背にして、2人は出口へ向かう。アウラのした想像は、実のところあながち間違いではないのである。そしてその答えは、扉を開けてすぐに示されることになった。
「人……、少ない……!」
「ここが本当に、あの旅人街ですか……!」
賑わっていた街からは人がすっかり消え、エアレー車の通りすらもない。完全に無人というわけではなかったが、それでも人通りは非常に少ない。そんな通りを歩き続け、2人はエアレー車の待機場所に向かうのであった。
彼らが着いた待機場所も旅人街と同じように、数えられるほどのエアレーしか残っていなかった。
「リトス、札を」
「ああ、そうだった。……これを、お願いします」
「はいかしこまりました。しばらくお待ちください」
疲れ切った顔で頬を付いていた管理人が、札を受け取って走っていく。しばらくすると管理人は、リトス達のエアレー車と共にやってくるのだった。
「一応、荷車の中をご確認ください」
2日ぶりのエアレー車に乗り込んだ2人は、管理人の言葉通りに中を確認する。しばらく箱を開けたりしていく中で、リトスは自身とほぼ同じ大きさの、大きな箱を開けようとした。
「あれ……。これ、開かないな……!」
「まあ大丈夫じゃないですか? 開かないってことは、中を盗られたことも無いでしょうし」
「……まあ、それもそうか。大丈夫です。確認終わりました」
「かしこまりました。それでは、アトラポリスへのまたのお越しをお待ちしております」
先程までの疲れ切った雰囲気を振り払って、管理人は深々と頭を下げた。それに応えた2人は荷車に戻ると、それぞれ所定の位置に付く。
「それじゃあ、出発するよ」
「はい! お願いします!」
リトスが2日ぶりに杖を握り、エアレーへと指示を送る。指示を受けたエアレーはゆっくりと歩き始める。それは倉庫を出て、開きっぱなしになっている巨大な門を出るまで続くのだった。
湖を渡す大橋を、2頭のエアレーが走る。それが牽く荷車の中では、2人が地図を見ていた。
「じゃあこのまま、アマツ国までの経路に戻るんだね。次は、どこを経由するの?」
「そうですね……。このルートだと、少し行ったところに『漁港街レビア』という街があるそうです」
「本当に、広い湖だね。周辺の街が経由地になるなんて……」
言葉を続けようとしたリトスだったが、その言葉は途中で途切れる。ガタンという音が、荷車の中に響いたのだ。
「……今何か音がしなかった?」
「私にも聞こえました。何かが、動いたみたいな……。物が落ちましたかね?」
荷物が崩れたことを確認しても、荷物は綺麗に積まれたままで動いていない。ただリトスは少しだけ違和感を覚えていた。
「……さっき開かなかったあの荷物、何が入っているんだっけ?」
「確か積むときには、食料がいくつか入っていたはずです。箱の大きさの割には少ししか入っていなかったのを覚えてます。……まさか中にネズミか何かが!?」
即座にアウラが、その箱に警戒を向ける。箱は何を言うでもなく、しかし答えるようにガタガタと音を立てる。思わず、アウラは剣に手をかけた。
「中から叩く音もする……! 一応エアレーは止めておくよ」
何が起きてもいいように、リトスは急遽エアレーに停止の指示をする。その通りにエアレーは急激に減速した後に停止した。だが慣性によって荷車は少し揺れ、それによって立ててあった箱は倒れるのだった。
「ぐあっ!」
「声! ねえ、今声聞こえたよね!」
「侵入者ですか!? ……いいでしょう。ここに入ったことを後悔させてあげます!」
「その声は……! 待て、待ってくれ! 俺だ!」
剣に手をかけながら警戒を強めているアウラに対して、箱の中から制止する声が聞こえた。アウラは頭に血が上りかけているために気が付いてはいなかったが、リトスは聞こえた声に驚きを隠せていなかった。
「アウラ落ち着いて! ねえ、箱を開けて出てきて! 内側からなら開くんでしょ!?」
「わかった、わかったから! 今出る……!」
リトスに応えるように、箱の中からは何かを蹴るような音がしている。その音が少しした後で、箱の蓋が中から外れて開いた。箱の蓋の裏には白い何かが付いており、中からは息を切らせた男が出てきた。
「えっ……! どうして、貴方がこんなところにいるんですか……!?」
「まさか……、偶然入り込んだ荷車がアンタたちのものだったとはな……!」
杖のように大筆をついて立ち上がるその男は、絵画の中で2人と共に戦ったクラヴィオだった。
「早速ですまないが、俺をアンタたちの旅に同行させてくれ」
大筆を横に置いて座り込んだクラヴィオは、唐突にこんなことを言い出した。
「……」
「それはまた、急に……」
当然、2人は困惑を隠しきれていない。
「というよりも、俺が食ってしまった食料分の働きはさせて欲しいんだ」
「食料……? ああそうだ! その箱にあった食料! まさか、全部食べたの!?」
クラヴィオが言う通り、彼が入っていた箱の中に入っていたはずの食料はどこにも無かった。
「……まあそれは置いておくとして、どうして急に旅に同行しようとしているんですか?」
箱の中を見て呆然としていたアウラは、しかしすぐに平静を取り戻してクラヴィオに聞いた。問われたクラヴィオは何を言うでもなく、懐から絵画の断片を取り出した。
「それは、絵画を通る時に使っていた……」
「これは元々、パレットが描かれていた絵画の断片だ。……他のは全部燃えてしまってな、残っているのはこれだけだ」
よく見ると、彼が差し出した断片には白い何かが見切れている。それがパレットの姿であると、リトスはすぐに気付いた。
「アンタたちが先にこっちに戻った後、俺はパレットから言われたんだ。『良き道程がありますように』ってな。……本当はこっちに戻ったら、アトラポリスで隠居生活でも送ろうと思っていたんだが。言われたからには無下にはできないじゃないか……」
呆れたように、しかしどこか物悲しげにぼやくクラヴィオは、断片をしまい直して跪いた。
「クラヴィオ……!?」
「頼む……! 俺はパレットに色々な景色を見せてやりたいんだ! だから、俺をこの旅に同行させてくれ! この通りだ……」
跪くクラヴィオを、2人は黙って見つめる。だがしばらくして顔を見合わせると、共に頷いた。
「顔を、上げてください」
先に口を開いたのはアウラだった。
「……わかりました。クラヴィオさん。いえ、クラヴィオ。貴方の、貴方たちの同行を、私は認めます。……リトスも、そうですよね?」
「僕も同意見だよ。……旅の経験者がいるっていうのも、心強いからね」
2人の言葉に意外そうな顔をした後で、クラヴィオは表情を明るくする。
「ありがとう……! 本当に、ありがとう……!」
「それに……」
先に立ち上がっていたクラヴィオの前に、妙な迫力のある笑顔を浮かべたアウラが立った。
「食べちゃった食料分の働きもしてもらいますからね! せっかく楽しみにしていた食料が入っていたのに!」
「それはもちろんそのつもりだ。だから、痛っ! 脛を蹴るんじゃない脛を!」
脛を押さえるクラヴィオを見て、リトスは穏やかに笑う。そして頃合いを見て、荷台の前で退屈そうにしているエアレーに出発の指示をするのだった。
順調に進んでいくエアレー車の中で、3人は地図を囲んでいる。
「さっき聞こえたが、次はレビアに向かうらしいな。……ところで、最終目的地はアマツ国で合っているんだよな?」
「そうだね。そこまでは長い道のりになるけど、それでも諦めないよ」
「リトス……! そうですね! 私もそのつもりです!」
まだ遠く、長い道を前にして気合十分な2人。しかしそんな彼らに、クラヴィオは感心しつつも、何か言いたげであった。
「なるほどな。良い覚悟だ。だが今は文明も発展している時代だ。昔とは少しだけ、違う旅ができるようになっている」
そう言って地図のとある1点を指さすクラヴィオ。そうして示された場所は、2人が想定していた経路からは大きく外れていた。
「……ここは! でも、どうしてそこに?」
「確かに大きな都市だけど、そこは?」
「そうか……。アウラはペリュトナイ出身で、ろくにあの国から出たことが無かったそうだな。確かにあの国には『アレ』が通っていないからな……」
「だがその経路よりも、こっちの方が遥かに早く到着できるのは間違いない。詳しいことは後で説明するとして、ここが何か、という問いにだけはすぐに答えよう。そう。そこは……」
クラヴィオは、何かを思い返すようにした後で、口を開く。
「『技術大国ビルガメス』。他国を遥かに凌駕する科学技術を誇る国だ」
走り続けるエアレー車は、次第に進行方向を変えていく。そんな彼らを、朝焼けと共に空に残った僅かな星々が照らすのだった。
第七十四話、並びにアトラポリス編、これにて完結です。第二章も終わりを迎えて新たな仲間も加わり、次なる目的地も明らかになりました。ここまで色々ありましたが、皆さんのおかげでここまでやってこれました。大感謝です。次回からはしばらく、ビルガメスに至るまでの道中を展開していこうと思います。その数話が終わった後に、ビルガメス編へと突入していきます。予告だけすると、ビルガメス編は戦闘が多めです。緊張しますが、頑張っていこうと思います。それでは、また次回。
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