71.過酷への逃避行
オブリヴィジョン人物録vol.10
イゼル
性別:男
出身:不明
年齢:不明
肩書:ルオーダ兵団アトラポリス隊隊長
能力:ダイナミルの超拡(あらゆるものを拡大する。それは物理的なものから次元を超えるもの、限定的ながら概念的なものまで様々である)
好き:武神の英雄譚
嫌い:解釈違いの英雄像
ルオーダ兵団の大部隊であるアトラポリス隊の隊長を務める男。感情が無いと言われるほどに冷淡な印象であり、その印象に見合う冷静で的確な戦いぶりを誇る。愛用する二対の結晶短剣である『レイニーデイズ』を使った高速の戦闘は、ルオーダ兵団の中でもトップクラス。そんな彼にも趣味である英雄譚について語る時は口数が爆発的に多くなり、特に武神についてのものであれば半日は語り続けることもあるという。
各々の戦いを終え、ルオーダ兵団とリトス達は再び合流する。
「よし、点呼完了。クラヴィオ殿。アトラポリス隊全員を確認した。そちらはどうだ?」
「こっちも大丈夫だ。人数が少ないからな。……ストラダ、いつまで嫌そうにしているんだ。もう傷は治っただろう」
クラヴィオの視線の先には、地面に座り込んだままのストラダがいた。裂かれた腹部も、その痕跡は衣服に残すのみとなっていた。
「クラヴィオ……! 画家ともあろう者が、軽率に火を放つなど! 正気かお前は! ああ……! 貴重な絵画たちが燃えていく……」
「元は絵画だから、気持ちはわかるしありがたいけど……。生きることに越したことはないんじゃない……?」
絶望的な表情で嘆くストラダに、もうすっかり色が薄れてしまったパレットが慰めるように声をかける。その声は、どこか元気のないものだった。
「……君にそれを言われては、敵わない。こんなことをしている場合じゃないな。よし、脱出の準備を始めるぞ!」
少し考えこんだ後、ストラダは決心したように立ち上がると、半分になった絵画を手に取った。
「これからのことが少し心配だな……。元同僚のよしみで、何かあったら頼むぞ」
「いいだろう。さあ、こちらこそ頼んだぞ」
イゼルへと合図を送り、ストラダが絵画の切れ目を綺麗に合わせる。切り口が綺麗であったためか、合わせただけでも繋ぎ目がほとんど見えていない。
「そういえば気になってたんですけど、どうしてストラダさんは付いて来たんですか? 戦えるような様子はありませんでしたよね?」
「確かに……。まさか、何か特別な能力があるとか?」
「そういえば話していなかったな。その理由はこれからすぐにわかる」
2人が浮かべた単純ながらも、見落としそうな疑問。しかしそれは絵画の繋ぎ目から放たれた優しい光によってかき消されることとなった。
「さあ、出番だリビルストア。少々辛いところがあるが、これも全部元上司の暴挙のせいだ。さあ、皆の未来のために力を使うぞ!」
額に汗を浮かべて顔色を少し悪くしながら、それでもストラダは絵画からは手を離さない。そのまましばらく経過した後、炎が相変わらず燃え広がり続ける中、ストラダはようやく絵画を最初の壁に戻して手を離した。
「き、傷が痛むし気持ちが悪い……」
「大丈夫かストラダ。手を貸すぞ」
「いや、結構だ……。それよりも、パレット!」
「こっちの準備はもう大丈夫。もちろん、気持ち的な部分もね」
ふらついているストラダと近づいたイゼルを気にせず、パレットは壁に戻された絵画へと近づいていく。相変わらず色は薄くなっているが、その足取りは平然としたものだった。
「パレット……」
「リトス、心配してくれてるの? ……ありがとう。でも、もう決めたことだから」
歩みを確かに、パレットは絵画の下に辿り着くと、その絵画に手を触れた。そして、目を閉じる。
「『過酷への逃避行』。でもその先に、きっと明るい未来がありますように……。キュビリントス! 夢幻を超えて、皆を現実に帰す扉を開いて!」
パレットから色彩が流れていく。流れた色彩は扉を少しづつ実体へと変えていき、それはこれまでの実体化以上の存在感を得ながら顕現していく。
「もう少し……! もう少しで……!」
扉が完成しつつある。しかしそこで、イゼルが実体化を続ける扉に手を触れる。
「もう少しの辛抱だ、パレット。もう少しすれば、後はワタシの仕事だ」
イゼルがこれまで以上に優しい声でパレットへ語り掛ける。その直後、扉の完成と同時にパレットがその場を離れる。だが扉に触れたままのイゼルは、即座に能力を発動させる。
「さあ、今度はワタシの仕事だダイナミル! 複雑だろうが、絵画全てに存在する生命の下へと、『拡大』しろ!!」
完成したばかりで弱い光を放っていた扉が、強い光を放つ。そして彼らがいない遠く離れた上層の画廊。その中の絵画の1つ、更にその中にある村の絵画が突如光を放った。そして次の瞬間には、明らかに異質な扉が、まるで初めからあったかのように描かれていたのだ。
「さあ諸君! 脱出だ!」
開いて、不鮮明な先が見える扉。それを前にして、クラヴィオは高々と叫んだ。
兵たちが1人1人扉をくぐっていく。彼らは不鮮明な部分に足を踏み入れて少し歩くと、まるで飲まれるように姿を消した。それを繰り返す中で、兵たちは全員脱出を終えた。
「では、私は先に行かせてもらう。向こうで会えたらまた会おう」
相変わらず具合が悪そうな様子のストラダが、ゆっくりと扉に入っていく。だがその歩みの遅さにため息をついたイゼルが、横に立って肩を貸した。
「ストラダ。強化補修をしたな?」
「あ、やっぱりバレたか……。そうだよ。何度も補修するよりも、一度強化補修した方がいいだろう?」
「だから無理をするな。昔からそうだ。いつも無理をして倒れていたな」
「それはいいだろう……。ほら、行くぞ。後ろが控えている」
2人は並んで扉に入る。そしてあれこれ語り合いながら歩いていき、その姿を消した。
「私たちも行きましょう! 火の手が広がっています!」
「本当だ、もうこんなに……!」
広がる炎を見て、アウラは慌てて扉の中に入る。それに少し遅れて、リトスも扉に向かって走ろうとする。だがその足が、少し進んだところで止まる。
「クラヴィオも、早く!」
「先に行っていてくれ! 大丈夫だ。すぐ済む用だからな」
リトスは、扉に背を向けているクラヴィオに声をかけた。しかしクラヴィオは振り返ってリトスに返事をする。その目に宿った強い意志に、リトスは一瞬食い下がろうとしたものの、すぐに踵を返して扉へと入っていった。
「リトス! 本当に、大丈夫なんですか!?」
「多分あれなら、クラヴィオは大丈夫。それに……」
慌てた様子のアウラをよそに、リトスは先程のクラヴィオの顔を思い返す。
「あんな目をされたら、口出しなんてできないよ」
アウラよりも先に、リトスは扉の奥へと進む。追い越されたアウラもすぐに続き、2人は絵画より脱出した。燃え続ける画廊の中。そこに残ったのは、クラヴィオただ1人、ではなかった。
「パレット! お前も一緒に行くぞ!」
彼が手を伸ばすその先。そこにはほとんどの色を失ってしまったパレットがへたり込んでいた。
「もう無理だよ。私はもう長くない。ここに来る前に、言ったでしょ?」
「だったらこれ以降能力を使わなければいい! そうすれば、消えることは……!」
「私は元々絵だったんだよ? 存在もしていない、人間でもない。そんな私が、生きていけると思っているの?」
「……それは」
クラヴィオは言い淀む。しかし彼の足は、パレットへと進もうとしている。しかしそれも叶わない。
「なっ……! 身体が、引っ張られる……!」
彼の身体が扉の方へと引っ張られる。抵抗を試みていたが、その足掻きもすぐに無駄となる。扉に引っ張られていないパレットとの距離がだんだん離れていき、最終的にクラヴィオは、扉の縁に片手をかけて耐えることで絵画の中に留まり続けていた。しかし尚も、彼は手を伸ばすことをやめなかった。
「クラヴィオ……! どうして、そこまで……!」
「やっと……、やっと会えたんだ……! もう二度と、離れたくないんだ……!」
必死の形相で、クラヴィオは手を伸ばし続ける。ここまではこれまでと変わらない。しかし動かなかったパレットの側に変化があった。彼女は立ち上がると、少しづつ歩みを進め始めたのだ。伸ばす手は空を切り続ける。それが何かを掴むのかは、少し後にわかることだ。
第七十一話でした。皆は脱出し、残るはクラヴィオだけとなりました。しかし彼は1人で出る気は無いようです。果たしてその結末はいかに……。では、また次回。
よろしければブックマーク、いいね、感想等よろしくお願いします。




