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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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SS11.歪んだ救済の英雄譚

 欲しいものがあった。ある時は花束(ブーケ)、またある時は陶器人形(ビスクドール)。どうして欲しいのか、それは今はもちろん、当時だってわからなかった。ただ私の中にあった、欲しいという衝動に逆らえなかったのだ。しかしそうして手に入れてきた数々は、手に入れた瞬間に飽きてしまった。


 ある時の私は絵画を欲した。なんてことの無い、無名の画家の描いた絵画が欲しくなったのだ。どうせまたすぐに飽きるのだということは、手に入れる前から思っていた。それでも私は抗うことが出来なかったのだ。こうして私は絵画を手に入れた。誰もが知る神話の英雄を描いた絵画。同じモチーフなら、これ以上のものなどいくらでもあるものを。しかし、それが私の何かに刺さったのだ。


 何度も何度も眺めても、どれだけの時間眺め続けても、絵画は私の心を掴んで離さなかった。それ以来私は、絵画収集に没頭することになった。幸いにもこの街は数多の絵画に満ちている。そして同時に、数多の絵画が集まる場所でもあるのだ。既知のものから未知のものまで、数多くが周囲にあったのだ。


 1つの空間にいながら、様々な景色に触れる。数多の絵画が可能にしたのは、そのような体験だった。ある時は暖かな光が差し込む神秘的な森に。またある時は活気に溢れた大都市に。この街から出たことのない私にとっては、例えそれがその景色そのものではなくとも、全てが新鮮だった。そして私は心の底から、その景色を直に感じることを望んだのだ。


 それは、突然のことだった。いつものように新たな絵画を手に入れ、飾る場所を吟味していた時のことだ。取り落としそうになり、私は絵画の持つ場所を変えることになった。幸いにもそれほど大きくは無い絵画であったため、何の苦も無く受け止めることが出来た。その時運んでいたのは迫りくる大洪水の絵画。天罰をモチーフにした絵画の1つだ。その時のことを忘れるはずもない。何せ、いきなり絵画から洪水が発生したからである。


 この現象が私の能力によるものであることは、あれからすぐに気付いた。望めば、触れた絵画を実体化できる能力。私の脳裏に浮かんだ『キュビリントス』という名前が、能力覚醒の何よりの証拠となっている。能力のことを理解した私は、即座に思い付いた。思い描いた仮想の景色たち。目の前にありながらも、届かなかった景色たち。それらに対する憧憬を抱きながら、私は絵画に触れた。


 驚いた。目の前には私が夢見た、あの絵画そのものの景色が広がっていた。私の能力には、絵画の中に入る力もあったらしい。ここで、私はこれまで集めた絵画たちを思い出す。あれらの景色も、この身で体感が出来るのか。私は多くの景色に浸り続けた。


 遂に、遂にこの時が来てしまった。そう、飽きである。とはいえ、絵画自体にはまだ執着を持っている。並び立つこの風景画に、私は飽きてしまったのだ。それだけではない。私が集めてきた多くの伝承画にも飽きがきてしまったのだ。だが集めた絵画たちは、飽きたとはいえ大切なものだ。故に何処かに保管しておかねばならない。だが私は閃いた。この私の立場を使えば、望む絵画を描かせることなど造作も無いことだ。そうだ、絵画を描かせよう。このアトラポリスを模した、巨大な塔の絵画を描かせよう。まあその絵画自体には興味無い。ただ保管部屋を作らせるだけだ。


 想像以上の大作だ。見上げてもなお、全容を見渡すことのできないほどの大きさを誇るその絵画は、信じがたいことに目の前にいる画家の男が1人で仕上げたものだった。それにこの絵画には、惹かれるところがあった。もう抱くことも無いと思っていたあの気持ちと共に、私は絵画の中へと入っていった。


 驚きとは何度でもやってくるものだと実感した。入った場所からそのままに、そこは紛れもなく大画廊だったのだ。無駄に長い階段を駆け上がって確かめても、どこもかしこも寸分違わず大画廊だったのだ。ただ少しだけ異なるとすれば、そこには一切絵画が存在していなかったということだ。だがこれは逆に良い。表の大画廊は、私以外の者たちにとっての大画廊。だがここは誰にも侵されることのない、私だけの大画廊だ。これから並ぶのは、私の選りすぐりの絵画たちだ。この塔の絵画も、アトラポリスの象徴として大画廊に大々的に展示することにする。題して、『楽園の巨塔』だ。


 楽園の巨塔の完成から、私のあらゆることが好転した。私の蒐集はこれまで以上に順調に進み、更には巨塔の絵画が話題を呼んだことで、大画廊の訪問者達からの評判は鰻登りだ。この頃には画廊主たる私の父は病で床に臥せっており、実質的に私が実権を握っていた。私が画廊主の座を継ぐことに、誰もが納得していた。そして私自身も、画廊主を継ぐことに意欲的であった。そうすれば、今以上に自由に蒐集にいそしめるからである。そして程なくして、父は病死した。


 父の死より間もなく、私は画廊主となった。それ以降はこれまで以上に絵画の蒐集に力を入れるようにもなった。大画廊運営という口実が出来たがために、これまでよりも格段にやりやすくなったのだ。もちろん仕事も真剣にこなした。自らの手で大画廊を管理し、絵画の全てを丁寧に扱った。しかし、どうにもつまらない絵画たちだ。多くの者たちの目に触れてきたそれらは、かつてあったはずの神聖さを失っていた。だがこの場所の特性上、こうなるのは仕方ないのかもしれない。なんと、悲しいことであろうか。


 蒐集の中で、私は1人の画家に出会った。彼の絵画はどれもこれも凡庸ではあったが、どこか言い知れぬ激情を感じることが出来た。それを彼に伝えると不機嫌そうにしていたが。彼は多くの絵画を私に譲り渡した。何なら、その場で何枚か描いてよこしてもきた。しかし彼が大事そうにしている1枚の絵画だけは、頑として渡そうとしなかった。一瞬だけ見えたその絵画。青空の下で微笑む少女の絵画には、これまで彼の絵画に感じた激情とは全く違う、しかし遥かに強い感情が宿っているのを感じたのだ。私はそれが、どうしても欲しくなった。


 だがその画家は頑として絵画を渡そうとしなかった。その理由を聞いても、答えようとしない。こちらが対価を提示しても変わらなかった。他の絵画を全て差し出してまでその一枚を守ろうとする彼の姿に、私は不自然なものを覚えていた。そうしてやりとりを繰り返した果てに、画家は私に理由を述べた。


 ふざけるな。なんだそれは。くだらない。過去に出会った少女を思い出して描いただと? そんなもの、いくらでも描けばいいものを。そんなしょうもない理由で、絵画を渡すことを拒むというのか。そうだ、であれば無理にでも私の物にしてしまえばいい。嫌がる画家から、私は絵画を奪おうと手を伸ばした。


 うっかり能力を発動してしまったのか、そこには絵画に描かれていたのと同じ少女がいた。それだけであれば、何でもよかった。しかしそうはいかない事情があった。


 完全に油断していた。少女はどうやら私の能力の一部を奪っていったらしい。絵画の中に逃げて行った画家と少女を追うことも出来ず、実体化すらままならなくなってしまった。しばらく時間が経てば、能力の調子はある程度は元に戻る。根拠はなくともそれは能力を持つ者であるが故にわかっていた。だがそれは全力にはならない。それが、腹立たしいことこの上ない。


 この出来事が、私の中にあった理想を再び滾らせた。いつしか全てを救うために絵画を人で満たし、そして私から力を奪っていったあの少女を絵画に戻して手に入れてみせる。それが私の決意と願望だ。

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