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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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70.憧憬の闘争【燃ゆる追憶】

 うっかり能力を発動してしまったのか、そこには絵画に描かれていたのと同じ少女がいた。それだけであれば、何でもよかった。しかしそうはいかない事情があった。


 完全に油断していた。少女はどうやら私の能力の一部を奪っていったらしい。絵画の中に逃げて行った画家と少女を追うことも出来ず、実体化すらままならなくなってしまった。しばらく時間が経てば、能力の調子はある程度は元に戻る。根拠はなくともそれは能力を持つ者であるが故にわかっていた。だがそれは全力にはならない。それが、腹立たしいことこの上ない。

 この出来事が、私の中にあった理想を再び滾らせた。いつしか全てを救うために絵画を人で満たし、そして私から力を奪っていったあの少女を絵画に戻して手に入れてみせる。それが私の決意と願望だ。

 拳と杖が王に届いたその瞬間に、彼らを囲んでいた混色の壁が向こう側から砕かれる。そこから出てきたのは、筆の先を大槌のようにしたクラヴィオだった。大槌は混色に染まっており、疲労を顔に浮かべていた。


「やっと終わったか……! リトス! アウラ! よく無事だったな!」

「クラヴィオ! そっちこそ、よく1人で全部相手にできたね!」

「ああ、奴らの相手は慣れているからな! それで、何かわかったのか!」


王から距離を取り、2人はクラヴィオと合流する。その直後に、王が再度攻撃の予兆を見せた。


「あの王には、普通の攻撃はまるで通用しない。僕の魔術もアウラの剣もダメだった」

「……だが現状、勝機があるんだろう?」

「はい。唯一通った攻撃がありました」


混ざり合った色彩が、王の下へと集まっていく。それは、これまでとは比べ物にならない破壊力を秘めたものであり、それは例えリトスが壁を張ることを可能としていようと、防ぐことのできないものだった。


「……私の拳とリトスの杖の殴打。共通するのは『絵画を由来としない攻撃』ということです。それだけが、王を倒すことが出来ます」

「……そうか。……これは、困ったな」

「クラヴィオ……」


混ざり合い、融け合い、色は濃くなってゆく。打つ手は見当たらず、リトス達は諦めを見始めていた。しかしクラヴィオだけは違った。


「絵画を由来としない攻撃、か。画家の俺に随分と無茶を言ってくれるな」

「まさか……! ……そうだよね」

「ん? 多分アンタが思っているのとは、少し違う」


大筆を前に突き出すようにして構え、クラヴィオはただじっと王を見据えている。


「それが偶然にも、あるんだよなぁ。『決定打』が」


彼の筆の穂先には、炎が燻っていた。


 身体がひどく冷たい。あの日以来、根源的なところは冷え切ったままだ。あの時の熱を忘れるためか、それとも何かが死んでいるのか。目覚めた時から、俺はこの力が憎かった。もう覚えてすらいない故郷が焼け落ち、知己が苦しんで炭に変わる。そして、あの時の別れすらも……。


「でも、事情が違うからなぁ」


だが俺の中で再び何かが熱くなっている。過去の悲劇は、俺の中で業火のように燃え盛ったままだ。だがそれらの冷たい炎にも負けない別の炎が、俺の中に灯るのを感じた。それは本当に熱い、決意の炎だった。


「そうだよなぁ……。そろそろ、本腰入れて行こうか……」


俺の大筆の先に、煌々と輝く炎が灯る。それはまるで太陽のような苛烈さで、混色の空間を照らしていた。


 突如として輝き始めた炎は、熱さだけではない圧倒的な存在感と共に全てを照らす。それでも王は溜め込んだ全ての色彩を放った。周囲の色を奪いながら迫りくるそれに対して、クラヴィオは大筆を横薙ぎに振るって炎の一閃を繰り出す。それは煌々と輝きながらも、規模では到底敵わない炎。拮抗はおろか、少しの抵抗すらままならないように見えた。


「俺の力、そんなもんで止まると思うなよ!」


だが炎は色彩に触れると共に、まるで塗りつぶすかのように広がっていく。そして少しの時間が経つ頃には、放たれた色彩は完全に燃えて無くなっていた。


「今度は俺の番だ……! 最も、これで終わりにするつもりだがな!」


クラヴィオは大筆を薙刀のように構えると、炎を迸らせながら一気に接近する。そして瞬時に王の懐に潜り込むと、穂先の炎を勢いよく振るう。


「俺の攻撃はあの2人のように甘くは無いぞ!」


王は、抵抗すらしない。まるで炎が見えていないかのように、そこに佇んでいた。それが故に、王の顔が炎に巻かれるのは当然とも言えた。


「……まるで紙人形だな」


クラヴィオの言葉通り、炎は勢いを強めて王の全身に燃え広がっていく。そしてすぐに、王のいた場所には灰と黒ずんだ液体が出来上がっていた。だがクラヴィオはそんなものを見ることは無く、上空の青色の球に大筆を向けていた。


「王とはいえ、所詮は異景の一部ってことだな……! あれを断たなきゃいけない、ということか……!」


その言葉通り、青色の球からはおびただしい量の白い何かが這い出ており、その数は源泉より発生する剥滴にも勝るものだった。


「……これを使うのは、流石に精神的に来るものがあるな……!」


クラヴィオが虚空に何かを描くように大筆を振るう。振るわれると同時に走る炎の一条が微かな炎を残して消え、また現れては消えていく。


「あの時の、彼らの叫び……。あの時の、炎の匂い……。俺は絶対に忘れない……!」


何かを思い出し、辛そうな表情を浮かべるクラヴィオの前で、残火が集まり形を成していく。最初は頼りない、小さな炎だったそれは、集まるにつれて強く、大きく輝きを放つようになる。


「でも今は、俺の力になってくれ!」


残火の弱い光は、そこにはもうない。そこにあったのは熱く輝く大炎球。それはまるで空を照らして輝く太陽のようであった。それを大筆で絡めとるように操り、青球に向ける。


「さあ行ってこい! そして今度は救いになってくれ! 『幻像夢想(げんぞうむそう)烈日フレア』!!」


そして爆音と共に、炎球が放たれる。放たれた際の勢いを抑えきれず、クラヴィオは思わず片膝を付いて崩れ落ちかける。それほど距離が離れていないこともあってか、2つの球はすぐにぶつかり合った。


「は、はは……! これじゃあ、あんな風にもなるわな……!」

「すごい……! これが、クラヴィオの力なんですね……!」


青球は全く耐えることも無く、炎で蒸発して消えた。しかし炎球にも変化があった。2つの球の激突と共に、炎があちこちに広がっていき、多くの絵画に燃え移った。その大火事は、薄暗い画廊を明るくしていた。


「さあ! 出て来いよイノシオン!!」


クラヴィオは大筆を担いでそう叫んだ。額に汗を浮かべて息を荒くしていながらも、彼の身体には大きな傷は1つも無かった。


 古城の廊下を走るイノシオンは、一瞬だけ垣間見た戦場の様子に酷く動揺する。


「あの画家風情が……! そんな能力を隠していたのか!」


彼女が走っているのは、何も同様によるものだけではない。その最たる理由は、彼女の背後から迫っていた。


「嫌だ……! こんなところで、焼死だなんて……ッ!」


画廊で広がる炎は、絵画の中にまで迫っていた。絵画が焼け落ちれば、中にいる彼女も焼死する。だが絵画の出口となる場所は、少し離れた場所にあった。


「私から能力まで奪うに飽き足らず、大切なコレクションまで奪うつもりか……!!」


イノシオンの表情には、この上ない憎しみが浮かび上がっていた。

第七十話でした。少々アッサリ気味でしたが、これにて大規模な戦闘は決着がつきました。あとは脱出するだけ、ですがそう上手く行くかどうかは……。次回、脱出回です。それではまた次回。

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