69.憧憬の闘争【熱き憧憬の戦士】
ふざけるな。なんだそれは。くだらない。過去に出会った少女を思い出して描いただと? そんなもの、いくらでも描けばいいものを。そんなしょうもない理由で、絵画を渡すことを拒むというのか。そうだ、であれば無理にでも私の物にしてしまえばいい。嫌がる画家から、私は絵画を奪おうと手を伸ばした。
渦巻く蒼い奔流は濃い蒼の結晶となり、次第にある形を成していく。それは要塞すら崩すことが出来そうなほどに巨大な砲身。それは大木すら容易にへし折ることが出来そうなほどに巨大な両腕。それは大地に根差す強靭な多脚。そしてその中央には、それらを束ねて1つの存在として君臨する、蒼い結晶鎧を纏うイゼルの姿があった。
「英雄よ。このような異形の戦士を、……いや、『兵器』を見たことがあるか?」
武神を前にして、イゼルは変わらない様子で言い放つ。だが武神はこれといった反応を見せることは無い。ただ高速で接近し、中央にいるイゼルの首を刈り取らんと大鎌を振るった。
「まあ待て。そう急くんじゃない。ワタシにもっと話をさせろ」
だがその大鎌は、イゼルが返すように振るった短刀に容易く受け止められた。これまでとは違って、イゼルは特に苦も無く大鎌を受け止めており、余裕すら感じさせていた。
「そこに居直れ! 旧き神話の英雄よ!」
イゼルは叫ぶと、受け止めていた武神を払いのけるかのように短剣を振るった。弾かれた武神は、まるで砲弾のように飛んでいき地面に激突する。
「どこかで聞いているのだろうイノシオン! さあ、答え合わせと行こうじゃないか!」
これまでとは打って変わって饒舌になったイゼルは高らかに宣言する。それに呼応するかのように、彼の周りの兵装の煌めきが増していた。
古城にて、イノシオンは冷や汗を浮かべていた。彼女の視線の先には、蒼い兵装を展開したイゼルの姿があった。
「何なの……、この、力……!?」
イノシオンは別の場所にいるため、イゼルの影響を受けることは無い。しかしイゼルの放つ圧は、その隔たりすらも超えて彼女を威圧していた。
「まずい……! ここはもう、安全じゃない!」
急ぐ様子でイノシオンはバルコニーから立ち去る。焦燥に駆られる彼女をよそに、永遠の星空はささやかな瞬きを湛えていた。
地面に勢いよく吹き飛ばされた武神を見下ろし、イゼルは兵装を動かす。
「……『変幻武芸武神』が、聞いて呆れるな」
動かされた巨砲が武神に狙いを定め、輝きを増している。その輝きに反するように、イゼルの表情は落胆の様相を浮かべていた。
「ただ力強く速いだけであれば、ワタシは上を知っている! 奴はお前なんぞよりも、遥かに強い!」
そう語るイゼルの脳裏に、彼と同じ隊長である男の姿が浮かぶ。だがそれは即座に彼の脳裏から消え去った。砲口より漏れる眩い輝きが、彼を刹那の追想から連れ戻す。
「天素過充填! お前がかの英雄であるのなら、これを捌いてみるがいい! 『蒼晶砲弾』!!」
ドドン、という轟音と共に、一門の巨砲から巨大な結晶の砲弾が発射された。それはまるで隕石のような規模と迫力であり、武神も即座に大鎌を構える。
「……!」
高速で飛来する落石のような蒼い結晶塊に対して、武神は大鎌を振るってそれを打ち落とそうとする。そして、砲弾と大鎌がぶつかり合った。
「……!?」
武神と砲弾。それはぶつかった瞬間の僅かな間は拮抗状態にあった。しかしその均衡はすぐに崩れる。砲弾の勢いを完全に殺しきれなかった武神は、大鎌で砲弾を上方に打ち上げたのだ。それを見て、期待外れとでも言わんばかりにイゼルが吼える。
「やはりそうだ! お前は『まがい物』! かの英雄には遠く及ばない!」
だが武神が凌いだのはたったの1発だった。逸らした砲弾のすぐ後ろから、同じ砲弾がもう1発飛来する。それに気付いたのはよかったが、振り上げた大鎌では迎撃は間に合わない。大きく後退する形で、武神は回避を成功させた。最初に聞こえた轟音は重なった音だったのだ。
「よく聞くがいいイノシオン! 『変幻武芸武神』は、その名の通り変幻自在千変万化の武芸を極めた神話の大英雄! それを『大鎌』と『小剣』のたかが2つに貶めたのは、お前の傲慢と無理解だ! その程度で英雄への憧れを語るなこの俄かが!!」
巨砲による砲撃の雨を浴びせつつ、近づいてきたところを巨拳で迎撃する。それを繰り返す中で、中央に座すイゼルは立ち上がり、自身の武器である2対の短刀を見つめる。
「そう。このワタシの武器たる『レイニーデイズ』。これはかの英雄への憧憬から使い始めたものだ。変幻武芸に及ばずとも、3種の戦闘は可能となっている。……そんなワタシにすら劣るものによくも『変幻武芸武神』などという題を……! そのような駄作、ワタシが破壊してくれる!!」
兵装はイゼルの思考とは関係なしに、武神との激しい戦いを繰り広げている。そんな兵装を残して、レイニーデイズを二刀の短剣の形に戻したイゼルは高く飛び跳ねた。
「こうして『先』を考えられない時点で、お前は最早英雄ですらない!!」
イゼルの飛び跳ねた先、そこにあったのは先程武神が弾き上げた砲弾だった。常識外の剛力によって打ち上げられた砲弾は長く空中に留まっており、それをイゼルは見逃さなかったのだ。跳躍と共に、イゼルは砲弾を蹴った。勢いよく飛びながら、イゼルは二刀を構える。ここで、戦況に大きく異変が起きた。
「……!」
武神との戦闘を繰り広げていたイゼルの兵装。その動きが少しずつ弱くなっていった。言うなればその弱体化に、武神は好機とばかりに猛攻を仕掛けた。砲身や巨腕が切り崩され、動きを止めて崩壊していく。
「ああ。本当にその程度なんだな」
イゼルは落胆の声を零す。それはわかりやすく弱体化した兵装を躊躇いなく崩した武神に向けられていた。
「猶更お前を存在させておくわけにはいかない! お前は、皆の英雄譚に対する『冒涜』だ!!」
武神の崩した兵装の残骸が、その形を崩して蒼の奔流に姿を変える。それと同時にイゼルの纏っていた鎧も解けていき、渦巻く奔流の一部となった。その蒼は全て、イゼルの周囲に滞留する。
「受けてみるがいい、『英雄もどき』! これが今を生きる戦士の絶技!! 本物になど及びもしないだろうが、少なくともお前よりは上だ!!」
奔流が、形を変える。それは彼の短剣の刃を覆うように広がり、巨大な結晶の刃となった。そして残った奔流の全てが、無数の結晶剣となってイゼルの周囲に展開された。剣を展開し迫るその姿は、まるで蒼い翼を持つ巨鳥のようであった。
「ダイナミル!! 浅ましい冒涜に厳罰を!!」
天素は、既に全て刃に変わっている。だがイゼルが叫んだ瞬間、彼の周囲の剣の全てが一瞬で何倍もの大きさに『拡大』された。そのまま、蒼い大剣の雨が武神へと降りかかる。
「『滅尽雨』!!」
それはまさに天災、それ以上の光景だった。無数に降りしきる蒼い大剣を、武神は最初の内は凌いでいた。だがそのうちの1つが武神に突き刺さり、大鎌の動きが鈍り始める。1つ、また1つと大剣が武神を襲い、大剣の雨が降り終わるころには、武神の動きは鈍り切っていた。
「はああああああッ!!!」
そして最後。大剣の雨の終わりにやって来たのは、2対の刃を構えたイゼルの姿。まるで翼のように構えられたそれは、左右から確実に得物を仕留めんとばかりに振るわれる。
「……終わりだ。二度と現れてくれるな」
大剣の雨に裂かれ続け立ち尽くす武神の前で、刃に付いたものを振り払って左右の鞘に収めるイゼル。刃の大きさは元に戻っており、降り続いていた大剣も姿を消していた。そんな彼の前で、武神の姿をしていた何かは溶け落ちて地面の染みとなったのであった。
誰もいない居城の廊下を転倒しそうになりながら走るイノシオンは、息を切らせて戦況を見ていた。
「嘘だ、そんなわけが……! はあ、はあ……! わたしの、私の英雄が……!!」
手を伸ばしても、垣間見る戦場に手が届くはずもなく。そして手を伸ばしたその勢いのままに、イノシオンは無様に前へと転倒した。
第六十九話でした。イゼル対武神の決着がつき、イゼルの意外過ぎる熱い面が明らかになりました。さあ次はリトス達の戦場です。では、また次回。
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