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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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68.憧憬の闘争【意志を持つ者たち】

 だがその画家は頑として絵画を渡そうとしなかった。その理由を聞いても、答えようとしない。こちらが対価を提示しても変わらなかった。他の絵画を全て差し出してまでその一枚を守ろうとする彼の姿に、私は不自然なものを覚えていた。そうしてやりとりを繰り返した果てに、画家は私に理由を述べた。

「イゼル1人、か。……意外と血の気が多そうなのね」


古城のバルコニーで、イノシオンが戦況を覗く。彼女の目に映るのは、激しい攻防を繰り広げるイゼルと武神だった。


「流石はイゼル。出会ったあの時から何も変わらない、或いはそれ以上の強さ。でも、それじゃあ彼は超えられない。私の英雄は、最強なんだから……」


憧憬を言葉の端に乗せながら、彼女の目線は別の方向へと向いた。


 イゼルの振るう煌めく軌跡は、武神の大胆かつ華麗な動きによって避けられ、または大鎌に受け止められる。多少の時間が経過したこの現状においても小さな傷が少しだけと、わかりやすいダメージを与えるには至らなかった。しかし絶え間なく攻撃を繰り返し、時には大鎌や飛ぶ剣を華麗に避け、弾き返すことを繰り返しながらも、イゼルの呼吸は乱れていなかった。


(流石は神話の英雄だ。ワタシの攻撃のほぼ全てを無力化するか)


冷静な分析を繰り返しながら、回避と攻撃を繰り返すイゼル。だがそれを続けているだけでは、戦いの終わりなどやってこない。


(であるなら、ここで1つ仕掛けるか)


ここでイゼルが、手に持っていた武器を逆手に持ち替える。


「英雄よ。今を生きる1人の戦士の、技を1つ受けてはくれないか!」


吼えたイゼルの言葉と共に、彼の持つ短剣の刃が何倍もの大きさになる。それは最早短剣とは呼べる大きさではなくなっていた。


「砕けてくれるな、ダイナミル。『涙雨-一撃(アサルト-ストライク)』!」


飛び掛かり、イゼルは殴りつけるように武器を振るう。それは単純ながらも、それが故に強力なイゼル渾身の一撃。そしてそれは、瞬間的であるが故にこれまでのどの攻撃よりも速かった。


「……!」


武神は咄嗟に大鎌の刃を前に出し、受け止めようとする。


「まあ、『それ』でないと受け止めきれないだろうな」


だがそれは、イゼルにとって想定内だった。受け止められるその直前に、イゼルは身体を大きく下に落とす。そうして武神の懐に潜り込んだイゼルは、刃が元に戻った武器を順手に構え直していた。


「さあどう来る! 『驟雨-急襲(クイック-レイド)』!」


そしてイゼルは、高速の一突きを放つ。それは剣を投げ放って離脱しようとしていた武神の脇腹に突き刺さった。


「や、はり……、ただでは済まないか……」


突きを放ったイゼルの腕に、赤い血が流れる。彼の肩には銀色の細身の剣が深々と突き刺さっており、ただでさえ汚れていた彼の白いコートが、赤色に上塗りされていた。武神の姿も彼から遠く離れた場所にあり、手には大鎌と銀色の剣が握られていた。


「だが、理解したぞ」


だがイゼルは、笑っていた。肩に突き刺さった剣を引き抜いて投げ捨てると、武器を両手で構える。


「『これ』を使えるとは思わなかったが、……これもリトスのおかげだな」


流れる血の中に、濃い蒼が混ざり始める。その蒼はイゼルの呼気の中にも現れ始め、すぐにそれは血と呼気を塗りつぶした。


「気に入らないが、過去には過去を、だ」


イゼルの周りには、蒼い奔流が渦巻いていた。


 王に対して攻撃を続けるリトスたち。だが放たれた魔術は全て当たる直前で逸れるか壁に防がれ、剣による斬撃もまた同様だった。そうした攻撃の繰り返しの中で、王もただ無抵抗でいるはずがない。


「光った! また『あの攻撃』が来る!」

「リトス! 防御お願いします!」


突如光を放つ王の姿を見て、リトスは慌てて蒼護壁を展開して、アウラと共に身を隠す。直後、純白の王の躰が剥滴のような混色に染まった瞬間、その混色は棘のようになって拡散した。幸いにも2人はこの攻撃によって傷を負うことは無かったが、先程からのこの繰り返しによって、2人の疲労は溜まりつつあった。


「攻撃してもダメ、あっちの攻撃は変わらずに飛んでくる……。こんなの一体どうすれば……」

「あ、あきらめちゃダメです! きっと、どうにかする方法が……」


壁の裏で場を凌ぎながら、2人はどうにか疲労を逃そうとしていた。だがここで、アウラが異変に気付く。


「リトス、壁が……!」


繰り返される棘の攻撃。それを前にしてか、リトスの展開していた壁が徐々に薄れていったのだ。濃い蒼から薄い蒼、そして蒼白く。リトスはそれに、困惑を露わにした。


「天素が……! 僕の周りの天素が薄くなってるんだ!」

「天素って……、その源は貴方の懐の中にあるんじゃないんですか!?」


そう言われたリトスが、懐から『蒼き始祖』を取り出す。その葉書ほどの大きさの絵画に、異変はあった。


「薄くなってる……!? ダメだ、止まらない……!」


そしてリトスの手にある絵画が完全に白くなった時、彼の展開していた壁は割れるでもなく消えていった。


 一方古城から戦況を覗くイノシオンは、リトス達の戦いを眺めていた。突如消えた壁の様子に、彼女は視線をイゼルの戦いへと移す。


「そんなものを隠していただなんてね。でも貴方の奥の手のせいで、リトスは苦しんでいるようね。ここでもし彼が死ぬようなことがあれば……。貴方が彼を殺したことになるのよ、イゼル」


イノシオンは、愉悦の笑みを浮かべるのだった。


 不幸中の幸いか、壁が消えると同時に王の攻撃は止まった。だがリトスは、事実上戦う術を失っている状態であり、彼らに残った戦力はアウラのみであった。しかし、不幸は終わらない。


「……! そんな、剣が!」


アウラの持っていた剣が、融け落ちて床の染みになる。それはクラヴィオの能力のタイムリミットであり、戦力の完全な喪失を意味していた。


「……それでも、それでも!!」


だが2人の中の闘志は完全に燃え尽きてはいなかった。武器が無くなろうと自身の肉体があるとばかりに、2人は王に向かって走り出した。


「私は格闘術もかじってるんです! 武器が無くなった程度で私は負けない!」


能力による加速が無くとも、アウラは風のように速かった。リトスも少し遅れながら、彼女に追従する。


「僕の手にあるのは金属の杖だ! 殴れば、痛い!」


王は何もしてこない。避けもしない。そんな無抵抗な王の腹部に、アウラの拳とリトスの杖が直撃した。それは抵抗にすら満たない最後の足掻き。しかしこれが、2人の中にある確信をもたらすのだった。


第六十八話でした。2つの戦場で、勝利への手がかりが生まれることになりました。次回以降、2話連続で決着を描きます。では、また次回。

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