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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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65.未踏の果て【『彼女』が望むもの】

 想像以上の大作だ。見上げてもなお、全容を見渡すことのできないほどの大きさを誇るその絵画は、信じがたいことに目の前にいる画家の男が1人で仕上げたものだった。それにこの絵画には、惹かれるところがあった。もう抱くことも無いと思っていたあの気持ちと共に、私は絵画の中へと入っていった。


 驚きとは何度でもやってくるものだと実感した。入った場所からそのままに、そこは紛れもなく大画廊だったのだ。無駄に長い階段を駆け上がって確かめても、どこもかしこも寸分違わず大画廊だったのだ。ただ少しだけ異なるとすれば、そこには一切絵画が存在していなかったということだ。だがこれは逆に良い。表の大画廊は、私以外の者たちにとっての大画廊。だがここは誰にも侵されることのない、私だけの大画廊だ。これから並ぶのは、私の選りすぐりの絵画たちだ。この塔の絵画も、アトラポリスの象徴として大画廊に大々的に展示することにする。題して、『楽園の巨塔』だ。

 周囲の視線も気にせず、イノシオンはしばらく何かを考えるようなそぶりを見せた後、ようやく何かを思い出したかのようにハッとした。


「……ああ、思い出した。あの絵画の作者だったわね。なんであんなものにこだわったの? 他のはすぐに引き渡したのに」


その言葉は、クラヴィオの耳には入っていなかった。彼はただ肩を震わせ、拳を握りしめている。


「それに……」


イノシオンの視線がパレットへと向く。それに、リトスとアウラが守るように立ちふさがった。


「そこをどいてもらえる?」

「どういうことなんですか……。何故貴女が、皆から敵意を向けられているのですか……」

「……パレットに、何をするつもり?」

「私は私のものを取り返すだけよ。……邪魔は、しないでもらえる?」


イノシオンが2人を睨み付ける。それと同時に、彼女の後ろにいる闖入者が武器を構える。たったそれだけのことで、強烈な威圧感に2人は晒された。


「貴方たちでは勝てない。この英雄にはね」


圧倒された2人に、嘲るような視線を送るイノシオン。尚も立ちふさがる2人を、イゼルが退かせようとする。その顔は、いつになく真剣である。


「悔しいだろうが、彼女の言う通りだ。……あれは、常人に倒せるようなものではない」

「イゼルは知っているようね。大丈夫よ。そっちが何もしなければ、こっちも何もしないから」


イノシオンの言う通り、英雄と呼ばれたその闖入者は武器を構えたままの姿勢で動かない。どうやら本当に何かをするつもりはないらしい。


「さて、本題に入ろうかしらね」


立ちふさがる者がいなくなったことで、イノシオンの視線がパレットへと向く。視線を向けられた彼女は、明らかに何かに怯える様子を見せていた。


「……」

「貴女は、いつまでそうしているつもり?」


半ば呆れたように、イノシオンは言う。傍から聞けば何のことかまるで分らないその言葉に、パレットは何も言えなかった。分からない、といった様子ではなく、何か言えないことでもあるかのように。


「まさか、誰も彼女について知らないの? ……作者の貴方さえ、何も言わなかったの?」

「おい……、それは……!」

「じゃあ私が代わりに言いましょうか! そう! 彼女の正体は!!」

「ッ!? やめろッ!!」


何処か狂気をはらんだような笑みで、嬉々として話しだすイノシオン。彼女が口を開いた瞬間に、クラヴィオは制止しようと駆けだした。


「彼女は絵画! この英雄や異景と同じ、実体化した絵画なのよ!!」


だが、間に合わない。高らかに叫ぶイノシオンの言葉は響き渡り、この場にいる者の多くに混乱をもたらした。


 兵たちの間には動揺が広がっている。中には、その視線をパレットへと向けている者たちもいた。


「あの子が、絵画? 異景と同じ……?」

「いや、いやいや……。そんな、わけが無いだろ……」


戸惑いは伝播する。そんな兵たちの様子を見て、イノシオンが一言。


「証拠、見せましょうか?」


そう言うが早く、彼女は懐から一枚の紙片を取り出す。その色は、見る者全てにかつての脅威を想起させた。


「それは……! まさか異景……!?」

「力を見せなさい。『キュビリントス』」


彼女の言葉と共に、紙片がどこからともなく無数に集まり、暗い青色の滴と共に混ざり合っていく。その果てに完成したのは、深い青の中に無数の混色が漂う、巨大な球だった。そして、その中から巨大な塊が落ちてくる。


「それはパレットの能力! だが、何という規模だ……!」

「しかも源泉だと……?」

「絵画を実体化する『キュビリントスの無限』の能力は、元は私の物。彼女は、非常に腹の立つことに実体化と共に私から能力を掠め取った!」


イノシオンの蒼い瞳が、似つかわしくない怒りを宿している。すぐにそれは鎮まったが、吠えるような声は変わらない。


「でも、それももうすぐ終わる。彼女には限界があるようだけど、私の能力には限度は無い! まさしく『無限』なのよ!」


彼女の言葉が嘘ではないことは、今のこの状況が示していた。球からは雨垂れのように剥滴が落ち続けており、終わる気配も無かった。


「……1つだけ、わからないことがあるんです」


ここで、アウラが口を開く。彼女に限らず、ここにいる者たちには分らないことが多かった。


「何故貴女は私たちをここに閉じ込めたのですか? 目的が無ければ、扉を壊さずに私たちを追い出す方が良いのではないですか?」


投げかけられたその質問に、イノシオンは意外そうな顔をした後で、ニヤリと笑う。


「良いわね、貴女。良く頭が回る。そうよ。こうして退路を断ってまで貴方たちを閉じ込めたのには理由があるの。どうか、聞いてもらえないかしら」


そうしてイノシオンは話し始める。彼女が抱えている、憧憬混じりの決意を込めて。


 ある日、それは唐突に見えた光景だった。黒く巨大な『何か』によって、あらゆるものが消え去り始める。抵抗する者たちは次々に倒れていき、果てには英雄たちでさえ……。それは見なくなって久しかった、まどろみの中の夢だった。そしてそのように、記憶からは消えていくものであると思っていた。だが違った。どれだけの日を重ねようと、どれだけの光景を目に焼き付けようと、それは記憶に取りついて離れない。訴えかけてくる。消えゆく者たちが、誰へ向けるでもない叫び声を上げながら。そんな記憶に押し潰されそうになりながら、私は『巨塔』へ入っていった。


 暗い画廊で、私は思考を巡らせる。何故能力者たる私にあの光景が見えたのか。何故記憶に残り続けるのか。何故、何故、何故……。考えても考えても、答えは見つからずに回り続けている。だが私の足だけはそうはならず、気付いた時には最深部へと足を踏み入れていた。ふと、顔を上げた私の目にある絵画が映る。多くの者から憧れを向けられる、神話の英雄たる『武神』の絵画。私が風景画以外に、ここに収蔵している絵画だ。私にない力を、この英雄は持っている。この英雄のように、多くを救えたのならばいいのに……。


 そうだ。救えばいいのだ。あの光景が現実になる前に、私が皆を救えばいいのだ。ならばどうすればいい。答えはすぐに見つかった。私の周りにある絵画たち。それと同じように、皆をここに集めればいいのだ。ここにいれば、あらゆる災厄から身を守ることが出来る。ここは広く、拡張も自由自在だ。私には力はない。だが力がなくとも、私には多くの人を救う手がある。そう、私が救済の英雄となるのだ。


 得意げに語るイノシオンに、誰もが絶句して何も言えずにいた。だが1人だけ、呆れたように溜息をつくイゼルがいた。


「昔から不思議な人だとは思っていたが、ここまで来ると一周回って尊敬できる傲慢さだ」

「……何が言いたいの?」


僅かに声を震わせて、イノシオンは静かに聞き返す。それにイゼルは再びの溜息で返した。


「貴女では英雄になどなれない、と言っているんだ。勝手に結論付けて、勝手に他人を巻き込んで、1人で満足しているだけ……。強さすら持っていないのに、大きいことをいうものだ。英雄になりたいのなら、まずはその傲慢を取り払ってからにするんだな」


淡々と、イゼルは言葉を投げつけていく。それはシンプルながらも強く、イノシオンに突き刺さる。蒼く美しい目に怒りを燃やし、彼女はイゼルを見据える。


「……イゼル。貴方のように力を持っている人には分らないでしょうね。いいわ! じゃあ私の持つこの力で、貴方たちに証明してあげる! 私が英雄たる者だということを!!」


そう言って、イノシオンは横にいる『英雄』に合図を送る。


「武勇を示せ! 『変幻武芸武神』!!」


その叫びと共に、『変幻武芸武神』は臨戦態勢をとった。それに、イゼルが応じる。


「アトラポリス隊、全員構え! これが最後の戦いだ! 皆で勝って、帰還するぞ!!」


イゼルの号令が、兵たちの闘志に火をつける。尚も怒りを見せるイノシオンに、アウラが剣を向ける。


「……何のつもりかしら?」

「貴女の相手は私です……! 迷惑をかけている人が、英雄だなんて名乗らないでください!!」

「……何を言うかと思えば。私にはまだ異景がある! たった1人で相手に_____」

「だから、僕たちもいる」


不意に聞こえた声。アウラの横には壁を展開したリトスと、大筆を構えたクラヴィオが立っていた。クラヴィオの後ろには、倒れたストラダに寄り添うパレットがいた。


「僕たちも、相手だ」

「……死にぞこないを消えぞこないに任せて私の相手、か。貴方も頭が回るわね。後で仲間入りさせてあげるから、おとなしくしていなさい」

「ほざけ。奴らは必ず立ち上がる。それまでに俺たちでアンタを止める!」


幸いにも、ストラダは意識がある。そして相手の片方は、リトスが一度は戦ったことのある相手であった。故に彼らは武器を構え、対峙する。最後の戦いが、ここに始まる。

第六十五話でした。アトラポリス編最終戦闘開始です。マッチアップは『変幻武芸武神』vsアトラポリス隊、イノシオン&異景vsリトス&アウラ&クラヴィオ、となっております。いつまでかかるかは未定ですが、頑張っていきます。それでは、また次回。

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