63.未踏の果て【顕現する忘却】
この現象が私の能力によるものであることは、あれからすぐに気付いた。望めば、触れた絵画を実体化できる能力。私の脳裏に浮かんだ『キュビリントス』という名前が、能力覚醒の何よりの証拠となっている。能力のことを理解した私は、即座に思い付いた。思い描いた仮想の景色たち。目の前にありながらも、届かなかった景色たち。それらに対する憧憬を抱きながら、私は絵画に触れた。
暗闇を進む一行は、目の前に仄かな明るさを感じて歩みを遅くする。
「やっとこの暗い道から出られるのか……。気分まで沈むところだった」
ストラダの言う通り、ここに至るまでには暗い道が続いており、重苦しい雰囲気が漂っていた。皆が暗い表情で、ここまで歩いて来ていたのだ。
「気にせず進むぞ」
そんな中で例外的に表情が変わっていなかったイゼルが、変わらない様子で号令する。だがその無表情も、そこから少し進んだところで崩れることになる。
「何と、これは……」
「そんな……! こんなことが……!!」
珍しく驚いた様子を見せるイゼル。だがそれ以上の反応を見せたのがストラダだった。辺りを見渡し、その度に驚愕の表情を浮かべている。
「あれも、これも……! クラヴィオ……。これは私だけが見ている景色ではない、よな……?」
「……間違いない。俺にも同じ光景が見えている」
そこは仄暗い空間だった。目の前には果てが無いと言えるほどに長い廊下。そして左右の壁には、存在感を放つ絵画が多く飾られていた。
「どうしたの? 2人とも、そんなに驚いて……」
「なっ……! 君は、そんなことも……。いや、君は知らなくても無理はないだろう」
驚いた様子のストラダは、しかしすぐに冷静さを取り戻す。その直後に彼が口にしたのは、信じがたい事実であった。
「これらの絵画は忘却百景だ。恐らくこの先にある絵画も全て、な」
ある種の戸惑いを含みつつ、しかし確かな自信をもって彼は語る。それと同時に、彼の足は進みだした。
「早く行くぞ! この先には、確実に何かがある!」
急ぎ足で先行するストラダ。彼の目は、果ての見えない先だけを見据えていた。
リトス達は長い長い廊下を歩き続ける。彼らが通り過ぎる壁には、多くの風景画が飾られている。時折それを見ては、感嘆のため息を漏らす者たちもいた。だがリトスは、絵画を見ては言い知れぬ違和感を抱き続けていた。
「どうしたリトス。何か気になることでもあるのか?」
「……うん。でも、上手く言い表せないんだ。何か確実に引っ掛かるものがあるのに」
「そうか。……まあ、忘却百景自体に奇妙な絵画が多いのは確かだ。例えば、これを見てみな」
思い悩むような顔をしているリトスに、珍しく声をかけたクラヴィオ。そんな彼が指さしたのは、星空を臨む古城の絵画だった。ただその絵画の星空には、明らかにその雰囲気にはそぐわない異質な赤い月が描かれていた。
「これは『奇しき星空』と呼ばれている。正式な題は誰も知らん。何せこれはアトラポリスの地下から当時の画廊主が見つけてきたっていう、わからないことの多い絵画だからな」
「アトラポリスの地下?」
「まず前提として、アトラポリスの地下っていうのは画廊主だけが立ち入ることを許された場所だ。だからあそこに何があるのかということを知っている者はいない。だから、あんなところにあったこの絵画には分らないことが多いってことだ」
まあ詳しいことはストラダの専門だがな、と付け加えるクラヴィオ。このまま続くと思われた会話は、突如として打ち切られる。
「話はまた後だ。開けた場所に出るぞ」
クラヴィオの言葉に、リトスは前を向く。絵画の並ぶ廊下は終わりを迎え、彼の目の前には開けた大広間があった。そして彼らは、この先で真相へと辿り着くことになる。
第六十三話でした。短めですが、シンプルに繋ぎました。次回、急展開。
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