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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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62.未踏の果て【沈んで、淀んで】

 それは、突然のことだった。いつものように新たな絵画を手に入れ、飾る場所を吟味していた時のことだ。取り落としそうになり、私は絵画の持つ場所を変えることになった。幸いにもそれほど大きくは無い絵画であったため、何の苦も無く受け止めることが出来た。その時運んでいたのは迫りくる大洪水の絵画。天罰をモチーフにした絵画の1つだ。その時のことを忘れるはずもない。何せ、いきなり絵画から洪水が発生したからである。

「これで通れるようになったよ。……じゃあ行こう、か」


水面のように静かに波打つ『淵源深』。絵画から手を離して立ち上がろうとするパレットは、しかしその途中でふらついて転倒しそうになっていた。


「……しっかりするんだ、パレット」

「……クラヴィオ。……うん。大丈夫。大丈夫だから……」


支えられながらも立ち上がるパレット。そんな彼女を見たリトスは、あることに気付く。


「……? ねえパレット。何ていうかこう……。薄くない?」

「え……?」


それは、瞬時には気付けないほどの違和感。だが一度気付けば、どうにも気になる類のものだった。


「……そんなことないよ。きっと、疲れてるんじゃないかな? そうだ、少し休憩してから出発しようよ。うん、それがいい……」


結局パレットはそれをはぐらかし、一同に休憩を促すのだった。その時の彼女の目に影があったことに、気付いた者はいなかった。


 誰が何を話すでもなく、時間が経過する。これまでとは違う重圧を前にして、雑談をする余裕もなくなりつつあったのだ。そんな中で、イゼルが立ち上がった。


「これ以上ここに留まっていても仕方がない。そろそろ行こう」


イゼルの号令と共に、数人の兵が立ち上がる。そして池に飛び込むように、未だに波打つ淵源深へと入っていったのだった。それに兵たちも続く。


「では私も先に行く。各々、無理をせずに来てくれ」


1人、また1人と飛び込んでいき、最後にスケイルも一言残して飛び込んだ。この場に残っているのは、リトスにアウラ、クラヴィオたちといったルオーダ兵団ではない者たちだった。


「そろそろ俺たちも行こう。……パレットは、どうする」

「行くに決まってるでしょ。ここまで来て最後まで行かないなんて、あり得ないよ」

「よく言ってくれた。何かあったら私以外の者が守ってくれるからな」


軽くパレットの肩を叩き、意気揚々とストラダは飛び込んだ。そんな彼の様子を見て苦笑いを浮かべるパレットは、しかし少しは調子を取り戻したように見えた。


「ストラダは本当に調子がいいんだから……。さあ、早く行こう。下で待ってるよ」


少し呆れた様子で、パレットが絵画を指さす。彼女の手が離れても、絵画はまだ静かに波打っている。促されるままにアウラが飛び込み、彼女に遅れる形でリトスも縁に立った。


「……本当に、無理しないでね」


短く、的確に彼が言える言葉を送り、そのまま絵画に飛び込んだ。こうして残ったのはクラヴィオとパレットの2人。奇しくも、今いる絵画に入る前と同じ組み合わせとなった。


「クラヴィオも、ほら。早くしないと後で怒られちゃうよ?」

「……なあ、パレット。正直に答えてくれないか」


飛び込むように促すパレットに、クラヴィオは唐突に問いかける。


「正直にって、何を? 私は何も……」

「ここに入る前、妙な様子だったよな。……なあ、あとどれぐらいなんだ(・・・・・・・・・・)?」


これまでにない様子で問い詰めるクラヴィオから、パレットは目を逸らす。答えるべきである。だが、答えてはならない。そんな思いが、彼女の中で渦巻いていた。


「……答えたら、きっとクラヴィオは冷静じゃいられない」

「いずれは、……いずれは来ることだ。覚悟なら、会った時からしていた」


しばらく時間が経ち、やっと返ってきたパレットの返事に、クラヴィオは言いよどみながらも即座に返した。


「……嘘。そう思ってるんなら、そんなに声は震えないよ」


呆れたようにパレットは笑う。それは紛れも無い、自然な笑みだった。


「私は______」


少しだけ間をおいて、彼女は『答え』を口にする。だがそれを今聞くのは、この場にいる者たちだけだ。白日の下に晒されるのは、まだしばらく先である。


 一方絵画に飛び込んだ者たちはというと、飛び込んでから優に10分は経過しているのいうのに未だに落下し続けていた。最初は引きつった顔をしていた者たちも、この頃になるとすっかり慣れてきたのか、早く終わらないか、とでも言いたげな顔をしていた。要するに飽きてきたのである。


「……底が見えないなぁ」

「そういえばリトスって、落ち始めから冷静でしたよね」

「あ、うん。エリュプスと戦った時も、こんな感じで落下したからね。……こんなに長くはなかったけど」

「……さっきからその話。もう3度目だぞ」


それはリトスやアウラ、スケイルも同様だった。そうこうして同じような話を繰り返す最中、突如としてイゼルの声が響く。


「終着点、水場か。総員、落下姿勢をとれ」


落ち着いていながらも、よく通る声。それからほぼ間を開けることも無く、全員が大きな音を立てて暗い水面に落ちることとなった。


「み、水!?」

「ああ、くそ……。コートはなんとも、泳ぎにくい……」

「泳ぐなんて、何年ぶりだろうか……」


兵たちは口々に叫びながらも、どうにか全員が近くの陸地に辿り着いた。そして兵たちに続いてリトス達も上がったのだが、リトスが少し遅れて上陸する。


「はぁ……。はぁ……。泳ぎは、苦手だな……」

「……リトス、ここから出たら本格的に体力作りですよ」


ばてた様子のリトスに、アウラはため息をつく。そんな彼らのやり取りの間に、後ろで2つの着水音がする。そこから上がって来たのは、最後に飛び込んできたクラヴィオとパレットだった。


「ごめんね。少し遅れた」

「心配ない。このまま進める」


クラヴィオがそう言いながら、筆を振るって空中にベージュで描く。するとそれはそのまま風となり、一同を包み込む。


「おお……! まさかこんなにすぐ乾くとは……」

「流石はクラヴィオだ」


水に濡れた身体を即座に乾かした風は、吹き抜けて通り過ぎたその先で元の絵具に戻って地面に落ちた。


「では進むぞ。ここからが肝心だからな」


全員いることを確認し、先頭に立ったイゼルは号令をかける。真相を知っている彼こそが、この場で先導するにふさわしかったのだ。そうして辿り着いた暗い底で、最後の行軍が始まるのだった。

第六十二話でした。そして、アトラポリス編最終章開始です。まだ結末も不透明なのに、感慨深いものがあります。このまま最後まで走り抜けますので、応援よろしくお願いします。

よろしければこの下にある星を染めたり、サムズアップをしたり、言葉を残していただけると励みになりますので、よろしくお願いいたします。

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