60.比類なき絶踏【輝き超えて輝いて】
何度も何度も眺めても、どれだけの時間眺め続けても、絵画は私の心を掴んで離さなかった。それ以来私は、絵画収集に没頭することになった。幸いにもこの街は数多の絵画に満ちている。そして同時に、数多の絵画が集まる場所でもあるのだ。既知のものから未知のものまで、数多くが周囲にあったのだ。
一団もすっかり散り散りになってしまい、残った数人は必死でそれを追っている。しかし距離も大きく離れているこの状況で、追う者たちの動揺は大きいものとなっていた。
「もう姿が見えないが、恐らく全員こっちに行ったはずだ! 皆、気合入れて走れよ!」
ひたすら走るこの中で、最早喋っていられるのはクラヴィオだけだった。終わりの見えない迷宮の中で走るうちに、そろそろ余裕がなくなってきていたのだ。
「ん? おい、皆一旦止まるんだ。……よし、それでいい。……あれを見るんだ」
どれほど走っただろうか。不意にクラヴィオが足を止め、周囲を同様に停止させる。そして何かを見つけたのか、前方を指さした。それに、距離の離れたところで息が上がってそれどころではないリトス以外が注目する。
「足跡……? でも、あの色って……!」
「ああ。混ざり合ったあの色。異景のものだ。ここにも……」
真っ先に気付いたのはストラダとパレット。同じように兵たちとアウラも気付いていたが、その表情は驚きに染まっている。
「……は?」
「あり得ん……! 異景なら、先の戦いで……!」
「ああ、そのはずだ。それなのに、何故隔てた別の絵画の中にまで……!」
兵たちの混乱の理由。それは焼失したはずの異景の痕跡が、回廊から離れたこの場所にあったことに他ならなかった。そしてその先。あることを想像したアウラは、その思考に行きついた瞬間に顔を青くする。
「まさか、さっき『僅か』って言っていたのは……」
「……聞いていたのか。いや、しかしこれは私でも想像が」
「答えてください!」
「……そうだ。あの回廊の最上部にあった異景は断片に過ぎない。あれは巨大な絵画『異景』から切り離したごく一部だ。……私でさえ、回廊にあったもの以外を見るのは初めてだ」
想定外の出現にざわめく一団。しかしそんな中で、再びクラヴィオが何かに気付いて一同を静止する。
「……静かにッ。……足音だ。1人分のな」
一気に静まり返り、呼吸の音だけが微かに聞こえる静寂の中。そこには呼吸以外に静かに響く、1つの音があった。コツン、コツンという靴の音に混じり、僅かに液体が滴るような音が響く。それはだんだん近づき、遂に先の角からその姿を現した。
「あ、ああ……!」
「どうして……! どうして貴方が……!」
「まさか、アンタ……」
新たな闖入者は、衝撃と共にやって来た。それの正体に驚きを隠せる者など、この場においては2人を除き存在しえなかった。
少し遅れてやってきたリトス。何やら言っていたのは聞こえていたのだが、その詳細は彼には分らない。だから、それを聞こうと前に進んだのだ。
「……え?」
だが程なくして彼は立ち止まる。目の前の光景を目にして、思わず立ち止まってしまったのだ。
「クラヴィオ……。アウラ……。……皆。どうして……」
彼の前には、先に進んでいた皆がいた。だが彼らは何かを言っているわけでもなく、立っていたわけでもない。皆が同じように、静かに倒れ伏していたのだ。そしてこの場で唯一の例外が、中央にいた。
「……まだ1人、残っていたか」
唯一立つ、リトスの知らない汚れた白コートの男。長く伸びた濃い銀色の髪に、感情の読めない深い青色の瞳。その男は冷徹な目でリトスを見ていた。彼にはその男が誰であるのかはわからない。しかし倒れる者たちと、男の持つ結晶刃の短刀は彼の次の行動を決定づけるには十分だった。思ったが、早かった。
「よくも……。よくもよくもよくも!! 皆を……! 皆を!!」
「君も摩耗しているようだ。仕方ないな」
即座に刃と壁を展開して弾を発射するリトスに、男は二刀を構える。そこから即座に振るわれた短刀は、勢いよく射出された弾を容易く切り裂く。そのまま、男は急速に接近した。
「魔術とはいい趣味をしている。その輝き、良い師がいるな」
淡々と、男は二刀を振るい続ける。それに対してリトスは、必死に防御を続けている。だが連撃はまるで豪雨のように止むことを知らず、それに押されたリトスは遂に、短刀の峰での一撃を腕に受けてしまった。
「ぐ、うう……!」
「この硬さ、能力の類か。……いいだろう。これで多少は手を抜かずに済む。多少の切り傷、容赦願う」
リトスの腕に食い込みかけていた短刀が、突如翻る。男は手にしている短刀の柄頭同士を合わせると、勢いよく押し込んだ。金属同士の噛み合う音と共に、男の持つ二刀は1つの武器に変化を遂げたのだ。
「そんなことをしたって、何も______」
「では、失礼する」
一見すれば、短刀が2つ合体しただけの武器。おおよそまともな武器とは言えないようなそれを、男は中段に構えている。そして、一歩前進した。
「正面を狙わせてもらう」
「それを言ったら受け止められるに決まっている!」
馬鹿正直に宣言する男は、その言葉通りに正面に向けて狙いを定めている。それを見た上で、リトスも正面に壁を移動させて防御の姿勢を取った。
「正しいが、短絡的だ」
その襲撃の最中、男は突如として空いていた左手を伸ばすと、壁の上部を掴んだ。
「なっ……!?」
「自身の戦略さえも利用されかねないと、考えるべきだったな」
身軽で華麗な身のこなしで、男はリトスの背後へと飛んで回り込む。自身の上を舞う男の刃は、窮地のリトスの目には美しく、何よりも輝いて映った。そしてそれが、彼の見る最後の光景となる。
「一瞬だけだ、ダイナミル。『驟雨-急襲』!」
背後に回った男は、目にも止まらない速度で武器を回転させるように振るい、2つの刃をリトスの首に命中させた。リトスは、確かに能力を発動させていた。故にその刃はリトスの首を断つこともなかった。だがその硬化の上からでさえ刃はリトスの首に2つの傷をつけ、同時に彼の意識を刈り取った。白目をむいて倒れるリトスの背後には、一回り大きくなっているように見える刃が、相変わらず煌めき、輝いていた。
第六十話、完了です。謎の男の参戦から、一気に状況が変わりました。男の正体などを含め、次回で話は大きく動きます。ぜひご期待を込めて、次回をお待ちください。
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