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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
69/151

56.画鍵と開炎の去凍【詠み人、永劫凍結】

 オブリヴィジョン人物録vol.9


パレット

性別:女

出身:不明

年齢:不明

肩書:画家の助手

能力:キュビリントスの夢幻(むげん)(絵画のほぼ永続的な実体化。しかし……)

好き:クラヴィオ、青空と小高い丘の絵

嫌い:剣、金属を打つ音


クラヴィオの助手として彼の身の回りのことを引き受ける少女。落ち着いた性格のしっかり者であり、割と雑なクラヴィオとは違って周囲からも頼りにされている。時折青色の絵画の断片を手にして、切なそうな表情を浮かべている。

 吹き抜けから見えるのは、既に火柱の収まった下層だった。立ち上っていた火柱は各階層に広がり、炎の海となっている。


「遂におかしくなったのかスケイル! 下まで降りてきたとはいえ、普通に死にかねない高さなんだぞ!」

「そうですよ! せっかく生き延びたのに、そんなことで……!」

「……待って。アウラ、僕たちが最初にクラヴィオに会った時のことを思い出して」


そういわれたアウラは焦りをまだ残しつつも、どうにか冷静に考える。


「……まさか、そういうことですか!?」

「そう。きっと、クラヴィオならできるはずだよ」


そして納得し、覚悟を決めたアウラがリトスと共に階段の淵に立った。


「さあどうする!? ここにいれば焼死あるのみだ! ここから飛べば、助かる手立てもあるんだぞ!?」


その様子を見たスケイルが、背中を押すように兵たちに叫ぶ。


「……ええい! こうなったらもう自棄だ! 俺は行くぞ!」

「俺も行く。可能性があるのなら、そっちに賭けたい」


そして兵たちは1人、また1人と階段の淵に立っていった。


「よし……。クラヴィオ殿! 今から私たちは飛び降りる! 受け止めてくれ!!」


スケイルは下層に向かって叫ぶ。熱鍵作戦の始動の時と同じような声量で下層まで響き、その後間髪入れずに降下の準備に入った。


「行くぞ! せー……の!!」


スケイルの掛け声と共に、リトスたちは一斉に飛び降りた。誰もその表情に絶望を欠片も浮かべず、生きることを確信していた。


 階段の淵に集まった兵たちの姿を見てクラヴィオは訝しみ、ストラダは唖然とする。


「な、なあ。もしかしてあれ、飛び降りるつもりなんじゃないか?」

「……一体どうして。全員で気が触れたのか?」

「いや、道が炎で塞がったからでしょ」


ただならぬ状況に思わず大筆を構えるクラヴィオ。そんな彼の耳にスケイルの声が入る。


『クラヴィオ殿! 今から私たちは飛び降りる! 受け止めてくれ!!』

「ほら言ってるぞ。……クラヴィオ、できるか?」

「俺の『ヴィヴィマージの現像』は大体のことが可能だ。……だがそれなりの大きさが必要なんだ。もう少し考え」

「いやもう飛び降りてるって! クラヴィオ早く!」

「なッ……!」


慌てた様子のパレットが急かすも、彼女が言い終わる寸前に兵たちが飛び降りた。流石のクラヴィオもこれには驚愕した。彼の持つ大筆の先が、クリーム色に染まる。


「完成度が低いのは癪だが、目の前の命を見捨てるほど俺は腐っていない! 『空想具象・擁護地くうそうぐしょう・クッション』!!」


筆先のクリーム色が、まるで水を撒いたかのようにその場に広がる。そしてその広がったクリーム色に、リトスたちが飛び込んできた。


「なんだこの、クッション!?」

「おお! 流石はクラヴィオ殿!」


地面に激突して負傷する者はおらず、皆がクッションとなったクリーム色の地面に沈む。それから程なくして、全員が無傷での着地を成功させた。


「スケイル! 負傷した人たちは!?」

「……安心しろ。全員生きてるよ。ただ、これ以上着いてくるのは難しいだろう」


どうにか立っていながらも、具合の悪そうな数人を見るスケイル。彼の言う通り、負傷者たちはこれ以上の任務遂行は不可能と言えた。


「……こんなこともあろうかと、村に帰るための絵画だけは持ち出しておいて正解だったな。ストラダ、出してくれ」

「ああ。では負傷者はこの中に。動けそうにない奴がいるのなら、誰か付き添ってやるんだ」

「うう……、申し訳ない。俺たちはここまでのようだ……。皆、後は頼んだ……」

「ああ……。必ず皆で脱出しよう。だからその時まで、どうか生きていてくれ」


何とか動く者と、それに付き添う者たちは、絵画の中に入っていく。道半ばで撤退する悔しさもあるだろうに、それでも彼らの表情はどこか誇らしげであった。


「……さて。予想外のトラブルもあったわけだが、無事に第一の目的である熱鍵作戦を成し遂げることができた。これは、大きな進歩だ。……皆、大扉を見てみるんだ」


クラヴィオの言葉に、全員の視線が一斉に大扉へと集まる。皆の記憶にあるのは、凍り付いて開くことすらもなさそうだった大扉。だがそれは今、変化している。


「解凍されてる……! そうか! その為の作戦だったのか!」

「でも、にわかには信じられません……! クラヴィオさんの描いた絵ならまだしも、どうして私たちの描いた絵まで本当の炎に?」

「それは、私の能力だよ」


疑問を浮かべるアウラに対して答えたのは、得意げなパレットだった。


「私の能力は、『キュビリントスの夢幻』。こんな感じに指先から垂らすと……」


得意げな調子を崩さないパレットが、いつの間にか手に持っていたカップの描かれた絵画に指先から赤い滴を落とした。すると少しの間を置かずに、絵画の中からカップが1つ飛び出す。代わりに額には、赤く染まったカップのシルエットがあった。


「ね? こんな感じで、絵を実物みたいに出来るんだ。しかもクラヴィオの能力とは違って、出したものは基本的にはずっと出たままなんだ」


そう言いながらカップを放り投げたパレット。割れたカップは、しかし破片を残すことも無く消え去った。そして彼女の手にある絵画には、元のカップが描かれていた。


「壊れたりすると、元に戻るよ」


不思議そうに、興味深そうにパレットを見るリトスとアウラ。


「さて、一部は盛り上がっているようだが……。無事に第一作戦である『熱鍵作戦』は完了だ。皆、本当によくやってくれた」


そんな2人をよそに、クラヴィオが兵たちに作戦の完了を告げる。沸き立つ兵たちの歓声は、しばらくは収まることを知らなかったという。


 男は遥か遠くで聞こえた声のようなものに反応し、閉じていた目をゆっくりと開く。


「……もうすぐだな」


そして男は立ち上がり、何処かへとゆっくり歩みを進めていった。

第五十六話、並びに熱鍵作戦、完了です。アトラポリス編もここで一区切りです。作者でも想定していなかった事態の数々も起こり、一時はどうなることかと思っていましたが、無事にここまで来れました。

次回からはアトラポリス編の後編です。停滞の巨塔の未知なる場所が明かされます。

では、また次回。

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