54.画鍵と開炎の去凍【零れ墜つ】
異景という絵画には様々な噂が立っており、その殆どがいわくつきのものである。異景を手にしたとある富豪が一晩のうちにその屋敷ごと姿を消しただとか、異景を展示したとある美術館が1週間も経たないうちに大火事で焼失してしまったなど、様々だ。しかしそんな話が出回っているのにも関わらず異景は多くの人々から求められ、多くの人々の手を渡り続け、多くの悲劇を振りまいているのだ。
雨と形容するにふさわしい物量で押し寄せる剥滴に対峙する兵士たち。だが状況は、一向に変わる気配が無い。
「倒したそばから……、源泉に戻っていく……ッ!」
「それで源泉から剥滴が生まれて……! 永久機関だな……!」
切り伏せた剥滴は飛散し、源泉へと還る。そして源泉の咆哮と共に飛散した滴が、再び剥滴となって襲い来る。そのサイクルに、兵士たちは大いに手を焼いていた。
「なら元を断てば……!」
突如アウラが何かを思いついたかのように、剥滴の群れの中へと飛び込んでゆく。無数に立ち並ぶ剥滴には目もくれず、ただ一直線に源泉を目指している。その速さはまさに風。ペリュトナイの激戦で培われたその速度には、一切の曇りは無かった。
「凪不知……!」
気付けば彼女は、風と共に駆けていた。そして流れるように剣を構える。普段の彼女が使う剣と比べ少し幅広なそれは、普段以上に『切る』ことに長けている。
「スコール!!」
そして放たれたのは、渾身の斬撃が雨のように降り注ぐ強風。それは源泉に直撃したかと思えば、その粘液を削って吹き飛ばす。生れ落ちる途中だった剥滴は、吹き散らされてバラバラになっていた。そして斬撃の豪雨が止んだ時、そこには代わりに混色の雨が降っていた。
「……以前よりも、規模も威力も落ちている……? やはり、能力が十分に発揮できていないようですね……」
刺剣から直剣に変わり、切るということに特化しているのにも関わらず、ホタルビとの戦闘で見せたような規模の風を出せないことを疑問に思うアウラ。そんな彼女は、倒したという確信の下で油断していた。そしてそれが、命取りになる。
「アウラ! 危ない!!」
「えっ_____」
彼女の頭上に伸びる、巨大な何か。真下に影を落とすそれはゆっくりと落下していき、彼女を圧し潰そうとする。それが巨大な腕であると、気付いたのは離れた場所で見ていた兵士たちとリトスだけだった。
「やはり……、一筋縄では……ッ!」
咄嗟に距離をとるアウラ。直前まで彼女がいた場所には轟音と共に大腕が落ちていた。そのままそこにいれば、間違いなく押しつぶされて赤い液溜りを作っていただろう。
「剥滴程度ならそのまま散らすこともできるが、源泉ほどの大きさともなればそうはいかない、か……。そういえばこいつらは液体だった……」
目の前の剥滴を大斧で蹴散らしながら冷静に分析するスケイルは、しかし特別焦る様子もなく斧を振るい続ける。
「……だったら、次は僕が試す!」
普段よりも色の濃い蒼晶弾で剥滴に対処していたリトスは、ある確信を持って源泉に向けて走り出す。周囲に蒼晶弾を展開して立ちはだかる剥滴を排除していく。そんな中でも杖の先には短剣ほどの大きさの薄片刃を展開して、一直線に源泉を目指す。
「ここは、アウラに倣って……」
リトスの目に宿る、確固たる意志。何かを守ると誓って得たこの力を、今は自分たちを守るために発揮する。
「『メガロック』!!」
トプンという池に落ちたかのような音と共に、薄片刃が源泉に突き通る。そしてしばらく杖をそのままにした後で引き抜くと、即座に兵士たちの元へと戻っていった。
「リトス……。君は、何をしたんだ?」
「これで、攻撃が通るようになったはず……!」
「何だと……!? ……ならば私が試そう」
斧を構え、突撃していくスケイル。剥滴など歯牙にもかけず駆け抜けた彼は、リトスの杖があった位置へと斧を振り下ろす。土塊が、崩れるような音がした。
「これは……! そうか、それが君の能力か……。今なら攻撃が通るぞ! 今こそ剥滴を殲滅し、源泉を枯らす時だ!」
再び斧を握りしめると、再度振りかぶるスケイル。そんな彼の姿と声に、兵士たちは沸き立った。何もできなかったアウラも、再び剣を構えて突撃を開始する。そんな彼らの姿を見たリトスは安堵の表情を浮かべる。
「でも、なんだか手ごたえが……」
しかしどこか言い知れぬ不安を覚え、再び杖に薄片刃を形成したのであった。
第五十四話でした。活路は再び見いだされました。ここまで来ると本来の目的を忘れそうになりますが、あくまでも熱鍵作戦の障害を排除する、という名目です。この食い止めている状況ならいいんじゃないか、とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、このままやってしまうと戦っているリトス達にも被害が出てしまいます。流石にそれはまずい、というわけです。
そんな風に少しだけ理解を深めたところで、また次回。




