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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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46.繁栄と清廉の巨塔【仮初の光景たち】

 アトラポリス大画廊には数多くの名画が所蔵されており、その全容を把握している者は代々大画廊と共にアトラポリスを継いでいく画廊主ただ一人である。名画の中にはいわくつきの物が多く存在し、その中でも特に不穏な噂が絶えないのが、アトラポリスの始祖とされる伝説の画家ネイウス生涯最後の作『異景』である。これを最後にネイウスは消息を絶ち、二度とその姿を見せることは無かった。

 イノシオンの後に続き、2人は長く広い廊下を歩く。そこは白で統一された螺旋状の回廊であり、洗練されながらも殺風景な景色が続いていた。しかしその殺風景は、自然なものではなかった。


「ごめんなさい。しばらく誰も来ないだろうと思って、大画廊を清掃していたんです。ああでも、これ以降のエリアは清掃が終わって、絵画も元に戻してあります。だからしばらく着いて来てくださいね」


回廊は長く、しかし緩やかに長く続く。そうして2周分ほどの距離を進んだあたりで、イノシオンが立ち止まる。彼女の前には石造りの大扉があり、それは彼女の腕ではとても開くことなど出来そうにもなかった。そこで彼女は、懐から何かを取り出した。


「それは、鍵ですか? でも、この扉に鍵穴なんて……」

「ええ。鍵穴はありませんよ。普通の鍵穴は、ね」


取り出したものは、磨かれた石で作られた大きな鍵だった。しかしこの扉にそれを差し込むべき鍵穴は無く、それどころか何かが填まるような窪みも無かった。そこでイノシオンは再び懐から何かを取り出す。葉書のような大きさのそれは、ぴしりと整えられた小さな絵画であった。それを彼女は、扉にあてがう。


「何を?」

「いいから、見ていてください」


そして絵画に鍵を押し当てると、飲み込むかのように鍵が吸い込まれる。そしてそれからしばらくして、重い音を立てながら扉が開くのであった。信じられない、といった顔で、2人が扉を見ている。


「……何が起きているの?」

「不思議でしょう? こういった不思議な仕掛けが多く存在するのが、この大画廊なのですよ。……さあ、奥へ進みましょう」


いつの間に戻したのだろうか。石の鍵を懐に戻しながら、イノシオンは先へと進んだ。不思議に思いながらも、2人は大いに興味をそそられるのであった。


 扉の先は、うって変わって荘厳な空間であった。天高く螺旋状に続く回廊には無数の絵画が飾られており、その全てが圧倒的な存在感を放っていた。中でも、ある1つの絵画が2人の目を引いた。それは、彼らの正面に大きく飾られていた。


「すごい……! なんて大きさなんだ……!」

「おや。いい目の付け所ですね。これほど目立つ場所で、しかもこの大きさなので目立つのは必然なのですがね……」


巨大な壁のようにそびえ立つその絵画には、大胆かつ繊細な筆遣いでアトラポリスの外観が描かれていた。広大でどこまでも続く湖に、まるでそれら全てを支配しているかのように堂々と建つ巨塔。見る者を圧倒する巨大な絵画が、そこにはあった。


「一体この絵画は、どういうものなんですか……!?」

「これは私の画廊主就任に際して収蔵された、私にとっても思い入れのある絵画なんです。ですがこれを描いた方は、顔を見せる前に何処かに行ってしまったんです。是非とも一目会って、一言お礼を言いたかったのですが……」


絵画を見るイノシオンの横顔は誇らしげながらも、何処か悲しそうな色を帯びていた。そうして感傷に浸っていたイノシオンは、しかし次の瞬間には何かに気付いたような顔をしていた。


「あっ! ……そろそろ会合の時間。案内が中途半端で申し訳ありませんが、あとはごゆっくり、ご覧くださいませ……! それでは!」


言うは早く、彼女は急ぎ足でその場から去っていった。無音だった空間に、彼女の足音が小さくこだまする。そんな彼女を見送った後、リトスとアウラは顔を見合わせる。


「……見て回ろうか」

「……そうですね。……入場料なしでここまで入れたのも、幸運ですし」


今できることをするということを、2人は選んだのだ。そうして荘厳な空間を巡る、小さな旅路が始まった。


 2人は並んで、回廊を歩いて絵画を見て回る。こうして歩いているだけでも、多くの発見が2人にあった。ある絵画で足を止め、言葉を交わしてまた歩き出す。そんな繰り返しの中で、2人は楽しそうだった。


「『万晶城』ですって。……この辺りには、結晶を描いた絵画が多いですね。……まるで本当に結晶で出来た空間を歩いているみたいで、素敵ですね」

「あ、これ見て。『蒼晶の空』。すごいね。天素の気配をひしひしと感じるよ。……本当に天素が含まれていたりして」

「そういえば聞いたことがあるんですけど、絵画で使う塗料の中には、鉱石が使われている物もあるみたいなんですよ。天素が使われているっていうのも、あながち間違いではなさそうですね」


そんな会話を続けながら、2人は回廊を進み続ける。そうしてどこまで進んだ頃だろうか。回廊の道が分離した。一方は回廊のその先へと続く道。そしてもう一方は、巨大な絵画に向けて続く道だった。


「先にあっちに行こう! もっと近くで、あの絵を見たい」

「私もそう思っていました。……行きましょうか!」


迷うことなく、2人は巨大な絵画へ足を運ぶ。その道の果ては絵画の全体を最も間近で見られる場所であり、その絵画の題を刻んでいる石の台座があった。2人はその台座には目もくれず、穴が開くほどに絵画を見上げ続けた。


「近くで見ると、より一層大迫力だなぁ……!」

「壮観ですね……! これほどに素晴らしい絵画、一生に一度見れることさえ幸運かもしれませんよ……!」


2人は完全に絵画に魅了されていた。だが遠目でしか見ていなかった2人は絵画を間近で見たことで、あることに気付いた。


「……この絵画に描かれたアトラポリス、凍ってるみたいだ……」

「……確かに。不思議なものですね。こうして近づかないと、気付かないだなんて……。こんなにも凍っているのが、はっきりとわかるのに……」


その絵画の様を不思議に思いつつも、2人は絵画を見上げ続ける。


「そういえばこの絵画、なんて題名なんだろう?」

「……そうですね。そういえばまだ見てませんでしたね。ええと、確かこの台座に……」


絵画を見上げたままのリトスの横で、アウラがその目線を台座に移す。台座に近づいて題名を確認したアウラは、それを小さな声で呟く。


「……『停滞の巨塔』」


その呟きが放たれると同時に、2人の意識は沈み、凍り付いた。




第四十六話、並びに導入、完了です。次回より本格的にアトラポリス編に突入していきます。この先には何が待ち受けているのか、ぜひご期待ください。それではまた次回。

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