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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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45.繁栄と清廉の巨塔【長き螺旋大階段】

 アトラポリス市民街の中央にそびえ立つ螺旋大階段は、アトラポリスの旧時代における主要な上昇手段だった。しかしリフトの開通後には上昇手段をそれにとって代わられ、この大階段は旧き遺産として、またはある種の酔狂な挑戦としてその姿を残すことになる。

 数十分の移動の後、2人は巨大な柱の前に来ていた。それはまるで塔の中にあるとは思えないほどに高くそびえ立ち、まるで大樹のようにそこにあった。塔を見上げたその時のように、2人はこの光景に圧倒される。


「すごい……。早速行きましょう! この上に、大画廊が!」


柱にある門に意気揚々と入っていくアウラ。その様子にもう慣れた、と言わんばかりのため息をつき、リトスもそれに続いた。しかし彼らは忘れていた。この先にあるのは楽なリフトではなく、地道に歩を進めねばならない階段であることを。そして天を突かんばかりにそびえる階段を上ることの過酷さを。


 門をくぐった2人は絶句する。見上げたその先に広がっていた光景は、果ての見えない螺旋階段。それを見れば、この先がいかに過酷かなど容易に想像できるものであった。言葉すら出てこない2人に、声をかける男がいた。その男は手に、2本の瓶を持っていた。


「恐れ入りますが……。貴方たちはこの階段を上るおつもりですか?」

「あ、はい……。この先の大画廊に向かおうと思っていて……」

「やはりそうですか……。申し遅れました。私はこの螺旋大階段の管理組合の者です。こちら、登頂の一助になればとご提供させていただいている水です。こまめな水分補給に、ご利用ください」


差し出された瓶には、綺麗な水が満ちていた。それを受け取りながらも、2人は戸惑い続けていた。


「……行こうアウラ。もう進むしかないよ」

「……そうですね。……さあ、行きましょう」


瓶の中の水を見て、2人はある種の覚悟を決めた。この物理的な過酷な道を上るということを、自分たちの未来に据えたのだ。この先にしか、目的は無いのであると。


(なんだってこんな時にリフトが壊れてるなんて……!)


そしてリトスは心のどこかで、肝心な時に壊れているリフトへの恨み節を、密かにこぼすのであった。


 そんなわけで2人の螺旋大階段攻略が始まって、十数分が経過した。いまだに足取りが軽いアウラに対して、リトスの足取りは重かった。手に持った水も、既に半分がなくなっていた。


「リトス……! あまり水をハイペースで飲まない方がいいですよ。体力の消耗が早くなっちゃいますからね」

「はあ……、はあ……。それ早く言ってほしかった……」


階段のまだ2割ほどしか上り切っていないのにも関わらず、リトスはもう息を切らしていた。階段は長く、その過酷さは山脈の登頂にも等しいものであった。しかし山脈とは決定的に異なる部分があった。それは程なくして、彼らの前に現れる。


「そこのお方! ああ、なんてこと……! こんな序盤で消耗してしまうなんて……! ひとまずこれを飲んで! これで頂上まで持つはずです……」


突然現れた謎の女が、リトスに小瓶を手渡す。その中身である薄紅色の液体を飲み込んだリトスは、突然動かなくなった。


「リ、リトス……!? 貴女、一体何を飲ませたんですか!?」

「あ、安心してください……! 身体に悪いものではないので……! 私はただ登頂の助けになればと……」


女に詰め寄るアウラ。しかしその直後、動かなくなっていたリトスの足が突然動き出す。そして破竹の勢いで階段を上りだした。それは先ほどまでとは打って変わって、アウラの目に映った。そしてこの一瞬で、リトスの姿は遠ざかって小さくなった。


「あれは、一体何を飲ませたんですか……?」

「あれはですね、『カンロバチ』の蜜と体液を濃縮したものに、私の故郷に生える『アカネツバキ』の花弁を乾燥させたものをすり潰して混ぜたものです。滋養強壮の効果が高くて、ここを上り切ることなんて容易くなるんですよ」

「貴女は、一体……」


戸惑いを隠せないアウラの言葉。やっと聞き入れられたと言わんばかりに、女は安心したような笑みをこぼす。


「申し遅れました。私はケト、薬師です。今はこのアトラポリスの螺旋大階段にて、登頂の一助になればと自作の薬をお配りしております」

「それは……、そうでしたか……。すみません。そうとも知らずに……」

「い、いえ! そうですよね。いきなりあんなことすれば、そうですよね……」


深く頭を下げるアウラに対し、ケトも同じように頭を下げる。


「こんな時に言うのもなんですが……」


ケトは先に頭を上げ、懐から小瓶を差し出した。それは、先ほどリトスに渡したのと同じ薬であった。


「貴女もお1つどうですか? あっという間ですよ?」

「……頂きます」


ケトの薬をアウラは受け取り、中身を一気に飲み干す。粘つくそれを飲み切ったアウラは先ほどのリトスと同じように一瞬動かなくなると、階段を一気に駆け上がり始めた。そうして去っていくアウラを見ていたケトは途中で何かに気付いてハッとする。その直後、彼女の顔は青ざめた。


「……副作用のこと言うの、忘れてた……! どうしよう……。またお師匠に怒られる……!」


そして呟くや否や、彼女は大急ぎで螺旋階段を下りて行った。その速さは、まるで肉食獣から逃げるウサギのようであった。


 薬を飲んで走る2人は、ものの1時間程度でその頂上に辿り着いた。ちょうどそこで薬の効果が切れたのか、足が止まる。しかしそこに辿り着いた時、リトスはまるで意識が無いかのような虚ろな目をしており、それは彼に追いついたアウラも同様だった。しかしそれも一瞬のことで、すぐに2人の目には光が宿る。


「あれ……。僕は、一体……。って、ここは、もう頂上!?」

「……まさかこんなにすぐに着くだなんて。あの薬の効き目は本物だったんですね……」


何はともあれ、2人は螺旋大階段を上り切って大画廊の前に立っていた。そこにはたった1人だけ女が立っており、急にやって来た2人に対して少し驚いたような顔をしていた。


「おや、これは……。まさか、ここを上って来たのですか……?」


女の言葉に、2人は無言で頷く。年若くとも、2人よりは年上のその女は、まるでかなり前からここにいたかのような様子だった。2人の頷きに、女は表情を明るくさせる。


「そうですか! ああ、リフトが壊れてから誰も来なかったんです……! 久しぶりのお客様方……、歓迎します! 私はイノシオン。このアトラポリス大画廊の主を務めております。1年前に父から座を受け継いだばかりの若輩ではありますが、どうかよろしくお願いします」


深々と頭を下げるその女、イノシオンは、まるで雪のような白い長髪を揺らして振り向く。


「どうぞ着いて来てください。先祖代々継いできたこの大画廊を、ご案内いたします」


振り向いて微笑むその蒼い瞳は、まるで誘うかのように深く輝いていた。

第四十五話でした。名前付きの新キャラをうっかり2人も出してしまいましたが、これも最終的には計算通りです。日常はもう少しだけ続きます。それでは、また次回。

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