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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
アトラポリス編・停滞の巨塔
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42.繁栄と清廉の巨塔【歓待の旅人街】

 最古の巨塔都市アトラポリスは、その立地から水の都として知られると同時に、大規模な画廊によって芸術の都としても知られる。その大画廊はあまりの広さゆえ、全てを見るのに一週間はかかるという。だがその全てを見た者は、言い知れぬ感動を味わうことになる。

 エアレー車が橋を駆けること数十分、辿り着いたのは塔のふもとだった。近づいたところで外を見ていた2人は、その光景に圧倒される。


「……近くで見るとすごいね。まるで壁みたいだ」

「この中に、街があるのも不思議ではありませんね……。あ、門が見えてきましたよ」


アウラの言う通り、エアレー車の前方には大きな門と、検問のために配備されたであろう憲兵の姿が見えた。接近するエアレー車に気付いたのだろう。憲兵が止まるように合図を送った。それにリトスが応じると、エアレー車は徐々に減速した後に、安全に停止した。それを見た憲兵が、荷台に近づく。


「対応願います。いかなる目的で、このアトラポリスへ赴いたのか、お答えください」


淡々と尋ねる憲兵に、しかしリトスは臆することなく荷台から顔を出し、答える。ペリュトナイにいた頃の、何もできない少年はもうどこにもいなかった。


「旅の中継地点として、この街に滞在します。……恐らく3日ほどの滞在になると思います」

「了解いたしました。では、エアレー車の駐車代、エアレーの3日分の管理費、並びに3日分の宿泊費が、100エルドになります」


憲兵の言葉を受けて、リトスは一度荷台に引っ込む。そして資金の入った箱を出すべく、積み荷を漁ろうとする。しかしアウラが先んじて箱を出してきたため、その手間をかけずに済んだのだった。箱から眩い銀色の硬貨を取り出すと、再び顔を出した。


「……はい。これを」

「受領いたしました。ではエアレー車の待機場所に案内します。低速で、着いてきてください」


差し出された硬貨を受け取り、記号が書かれた木の札を渡すと、憲兵は前へと歩き出す。それに着いていくのは、その歩みほどの速度で進むエアレー車だった。その歩みと共に、塔の中に続く巨大な門がゆっくりと開いた。その門を憲兵とエアレー車が完全に通ると同時に、またゆっくりと閉まるのであった。


 塔の中に入った2人を最初に待ち受けていたのは、活気にあふれた大通りのような光景だった。多くの人が行きかうその様は、まさに『街』そのものであった。そんな大通りを、憲兵とエアレー車は進んでいく。彼らにすれ違うように、他のエアレー車などが通っていく。


「すごい……! 塔の中に、こんなに立派な街があるなんて……!」

「驚かれましたか。……ここはあくまでも『旅人のため』の階層です。我々アトラポリスの民が住まう本当の意味での『街』は、この上にありますよ」


リトスが驚くのも無理はないだろう。この階層は彼がペリュトナイで対峙した黒い獣のエリュプスが収まってなお余りあるほどに高く、そしてひたすらに広かった。そして戦時中だったとはいえペリュトナイの臨時の首都となっていたマディスをも凌ぐほどに活気が溢れているその様は、今のところペリュトナイしか知らない彼を圧倒する。それは彼だけではなく、いつの間にか顔を出していたアウラも同様だった。こうして驚きの歓待に圧倒されながら、一行は階層の一画にある大きな倉庫に辿り着く。そうして倉庫に入った2人は、またしても驚くことになる。


「わあ……!」

「なんて数……! これ全部、ここで管理しているんですか!?」


広がったのは、大小健貧、無数のエアレー車が並んでいる光景だった。それに驚いている間に、彼らは自分たちのエアレーが充てがわれることになる場所にやってきた。


「貴方たちのエアレー車はここで管理されます。規定の日にこの倉庫入り口に、先ほど渡した札をご提示ください。それまで、責任持って管理いたします。エアレーも、お荷物も同様に。必要なもの、貴重品はお手元での管理を推奨いたします」


そして停められたエアレー車からいくつかの荷物を持って、2人はやっと降りることになった。それなりに長く続いた移動のせいか、降り立ったリトスは少し足元がおぼつかない様子だったが、程なくして落ち着きを取り戻した。憲兵はそれを待った後で、再び歩き出す。


「必要な荷物はお持ちになりましたね? それでは宿泊所へご案内いたします。はぐれないよう、お気を付けください」


何処までも淡々とした憲兵の言葉。しかしその言葉の中に、旅人を歓迎するという心意気が見て取れた。流石に何か会話が欲しくなったのか、アウラが憲兵へと話しかける。


「……貴方は、ここの門番なのですか?」

「ええ。正確にはアトラポリス憲兵隊に所属する一憲兵で、主に門番としての職務を仰せつかっているに過ぎないのですが」

「……門から離れても、大丈夫なんですか? さっきから私たちに付きっ切りですし」

「ご心配には及びません。私が持ち場を離れれば、代わりの者がすぐに門番の職務を引き継ぎますので。それに我々憲兵は全員、案内役としての職務を全うできるように教育されています。……さあ、到着しました。こちらがアトラポリス旅人街(りょじんがい)第6宿泊所になります。では、中をご案内いたします」


アウラの質問を解決する中で、一行は宿泊所へと辿り着いていた。そうして中に入って広がっていた光景は、多くの旅人が集う酒場のような活気の溢れる広場だった。そんな活気のある広場を通り過ぎ、カウンターへとやってきた。そして憲兵はリトスに、カウンターにいる眠そうな男に札を提示するように促す。


「……ああ、少し待ってな」


気怠げに呟くと、男はカウンターの引き出しを漁りだす。そしてしばらく経った後で、男は木の札が付いた鍵を取り出すと、リトスに差し出した。鍵についている木の札には、彼が持つ札と同じ記号が刻印されていた。


「出る時にはこの鍵をここに持って来な。……話はそれだけだ。さっさと部屋にすっこんでな」

「ご主人。そういった態度はよろしくないと、この前も言ったと思うのですが」

「……うるせえやい」


鍵を受け取ったことを確認した憲兵は、その男と一言二言会話した後で、再び歩き出す。そうして憲兵に着いていき、階段を何階か分上った先で、リトス達は札と同じ記号が刻印されたドアの前に立っていた。


「ここが貴方たちのお部屋となります。出入りの際には、施錠をお忘れなきように。……以上で私の案内は終了となりますが、ご質問等はありますか?」


そう言った憲兵に、恐る恐る手を上げたのはリトスだった。彼には尋ねるべきことがあったのだ。


「……質問、いいですか?」

「ええ。何なりと」

「大画廊には、どうやって行けばいいですか?」


リトスが投げかけたのは、アルゴアイズから聞かされた大画廊の質問。そんなリトスの質問を受けて、憲兵は少し驚いたような顔をした後で、答える。


「……この宿泊所の最上階に、アトラポリス市民街(しみんがい)に続くリフトがあります。まずはそれに乗って、市民街へいらしてください。そういたしますと、市民街の中央に螺旋大階段の塔が見えますので、そこをお上りください。本当はリフトがあったのですが……。生憎修理中となっておりまして。ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞ螺旋階段をご利用くださいませ。なお、大画廊の入場料といたしまして、1人30エルドをいただいております。ですがそちらはお2人でいらっしゃるようですので、割引が発生いたしまして50エルドとなります。ところで……」


話の途中で、憲兵がアウラの腰にある刺剣と、リトスの腰にある杖に視線を向けた。


「そちらは危険ですので、市民街にいらっしゃる際には持ち込みをご遠慮くださいませ」

「えっ……。それは……」

「……仕方ありませんよ。それがルールなら、従うべきです」


何かを言い淀んだリトスを、アウラがたしなめる。その様子を見ても、憲兵は表情を崩さなかった。


「他に何かあれば、お聞きください」


再びの憲兵の言葉に、2人は何も聞かない。先ほどの質問で、聞きたいことの全てが返ってきたためである。その様子を見て、憲兵は自身の役目の終わりを悟ったのだった。


「……それでは私は門番へ戻ります。良き滞在を、良き思い出を……」


頭を下げ、憲兵はその場から去っていった。取り残された2人は、しばらく何もせず、何も言うことも無かった。


「……とりあえず、部屋に入ろう。荷物も重いし」

「そう、ですね……」


だが手にある重みに気付くと、鍵を開けて部屋に入っていくのだった。そしてドアが閉じられてすぐ、ガチャリと鍵の閉まる音がするのだった。



 


というわけで第四十二話でした。アトラポリス編の開幕は、リトス達のチェックインから始まります。今までのペリュトナイと違い、彼らはこの街に滞在するわけですから、当然こういったことは必須となるわけです。しかし自分の思った以上に、憲兵が面倒見の良い人になるという……。どうしてこう、ビジュアルイメージのないモブを、頑張ってしまうのか……。ちょっと好きになりそうな自分がいます。

ではここまでで、後書きを締めようと思います。次回、アトラポリス観光回でお会いしましょう。それでは、また次回。

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