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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
EX、SSまとめ・ペリュトナイ編
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EX01.力の海に溺れる獣心

 これは、しばらくの間前書きで同時進行していた極小短編をまとめたものです。便宜上これに「EX」というナンバリングを振っておきます。直近の最新話で討伐されたイミティオが獣になったそのきっかけと人間だったころの姿の一部。それらをここに記しています。初見の方もリピーターの方も、是非是非読んでいってほしいと思っています。それでは、どうぞ。

 我は昔から力を持っていた。それを振るい、弱きを守るべきであると他者は言ったが、我はそれに魅力を見いだせなかった。その力をありのままに振るい、他者に見せつけ圧倒することこそが、我に許された特権であると思っていた。その為に我はペリュトナイの軍に入隊し、力を更に高めていくことを決めたのだ。


 正直に言って、期待はずれにも程があった。軍と言いながら、その軍には戦いなど無かった。そこにあったのは、ペリュトナイの平和維持の活動だけ。そんな場所に、力を示す機会などありもしなかったのだ。


 我は傲慢だった。我が闘争心を強さと誤認し、軍全体を我が物とすべく戦いを挑んだ。しかしそれはすぐに止められた。自分でも驚くほどの、見事な圧倒的敗北だった。我を下したその女。ペリュトナイの平和の象徴とも謳われるその女は、倒れ伏す我にこう言った。


「良い根性だね。私の部隊に来ない?」


その時の我には、従う選択肢だけがあった。


 我はセレニウスの部隊に所属することになった。平和の象徴として君臨しているあの女が、常に見ている世界がここにあるらしい。我はここにも何の期待も抱いていなかった。しかしそれは誤りだった。


 襲い来るのは様々だった。悪意の侵略大国と名高いゼレンホスの軍。夜に蠢く正体不明の異形たち。それらがペリュトナイに害を為す前に殲滅する。それがペリュトナイ軍。その真の姿だった。我は何も知らなかった。いや、これは当事者たちしか知らないのだろう。一切の不安を街に広めないために、軍の精鋭たるセレニウスの部隊は、迅速に確実に外敵を滅する。そんな環境に立たされ、我の闘志はこれまでにないほどに燃え上がった。醜い闘争心は、いつの間にか心の奥底に沈んでいった。


 我はこの現状に満足していた。誰に感謝されるでもなく、粛々と様々な外敵を狩り続ける。しかしそれは確かにペリュトナイの絶対的な平和に繋がっている。我はいつしか誇りを持つようにもなった。しかしどこか、そんな満ち足りた中で陰るものがあるようにも感じた。


 事件が起こったのは、それから少し経った頃であった。陰る何かはこの頃には大きくなり、しかしその正体は未だにわからないままだった。街を襲う、人型の獣の群れ。その獣が死者の中から、羽化するように這い出てくるその様は、我が今まで見てきたどんなものよりも異質で、悍ましいものであった。我は誇りを胸に、街を守るべく獣を狩った。幸いにも、そこいらにいる獣はそれほど強いわけではない。市民たちの避難を終えつつ、我は獣を狩り続けた。そんな中で、我は出会ってしまった。


 一見すれば他の獣に比べて細身な、その獣。しかしなびかせる暗い金色のたてがみは、何よりも異質で恐ろしいものとして、我が目に映った。しかし我は恐れない。陰が妙に目立つのを感じながら、我はその獣に戦いを挑んだ。


 …視界が歪む。痛みが全身に走る。一瞬で、我は立てないほどの重傷を負った。立つどころか、指を微かに動かすことさえままならない。目の前に、例の獣が迫っている。嫌だ。我はこんなところで死にたくはない。まだしていないことが多くあるというのに。…ああ。もしや、この陰の正体は…。我がその答えに辿り着いた時には、獣の牙が我の首に迫っていた。そして痛みと共に、我の意識は手放されたのだった。


 何も見えない暗い何処かで、何かが我に呼びかけている。その声の正体が何かは定かではないが、我にはそれが酷く懐かしいものに感じた。それが告げる。「正直になれ。目を背けるな」と。その本質が何で、何を意味しているのか我には分らなかった。だがそれに身を委ねることが、我にはこの上なく理想的なことであるようにも思えた。そしてその声の赴くままに、我は意識を覚醒させる…。


 目が覚めて、周囲を見渡す。あれだけあった悲鳴もすっかり止み、街は不気味なほど静かだった。それにどういうわけか酷く清々しい気分だ。心にあった陰が、すっかり消えてしまったかのように。しかし妙である。何故我は生きているのだろうか。あれだけの重傷を負って、普通ならば生きているはずがない。そんなことを思いながら辺りを見渡していると、地面に転がる何かを見つけた。一見すれば、それは我と同じような装束に身を包んだ戦士の死体。だがその背中は荒く食い破られており、身体の中にあるはずのものが全く見られなかった。地面に伏せるようにして転がるその死体の顔を確認しようと、我は死体を仰向けの体勢に変えた。…信じられない。どういうことだ? 酷い惨状のその死体。苦悶の表情を浮かべるその顔は、紛れもなく我のものであった。しかし今の我はこうしてここにいる。これは、一体…。戸惑う我に、唐突に声を投げかける者がいた。暗い金髪をなびかせた、薄ら笑いを浮かべる青年は、しかし次の瞬間にはその姿を全く別のものに変えていた。そう、その姿は忘れようはずもない。街を蹂躙し、我を殺した獣そのものだったのだ。だがどういうわけか、そんな仇ともいえるそれを前にしても、我の中には一切の憎悪が湧くことは無かった。代わりに沸いて来たものと言えば、その獣に対する畏怖の念と、それ以上に沸き立つ力への渇望だった。獣は満足そうに口角を吊り上げると、指を鳴らした。そして一瞬、我の視界が暗転した。


 再び視界が明転した時、我には大きな変化が訪れていた。視界がいつもよりも高い。視界から覗く我が腕は、鋭い鉤爪を備え強靭になっており、黄褐色の毛に覆われている。そして足元に広がる血だまりに映る我の顔が、明らかに人のものではない、かつて何かの本で見たキツネという生物に酷似していた。我が姿を見た獣が少し意外そうな反応を見せた後、再び指を鳴らす。すると途端に視界が低くなり、我が姿は元の人間のものに戻っていた。困惑する我に、獣が告げた。「自分の意思で、成してみよ」。その言葉が、強く我が背中を押したように感じた。不意に、小さな悲鳴が聞こえた。その方向を向いてみると、物陰に何かが隠れている。しかし僅かに覗くその様子から、逃げ遅れた市民であることが分かった。助けるべきだろうか、という考えが一瞬起こり、しかしその刹那抹消される。我に迷いなど無い。己が姿を獣に変え、大地を蹴った。


 疾走し、赤を裂いて赤を浴びる。獣になってしばらく経つが、この生き方は至高のものだ。戦いの中で我は高められ、血肉を食らうことで我は強くなっていく。人間どもに飽きれば有象無象の獣を食らった。我は最高に高められている。あの時抱いていた陰の正体が、最近やっとわかったような気がする。ああ、あれは我が闘争心。抑えられ続け凝縮された、飽くなき闘争心だったのだ。それを目覚めさせ気付かせたあの方、エリュプス様の大願を実現させるべく、我は戦い続ける。そしてこの戦いの果てに、我はあの女さえも食らってみせよう。我が心は全て闘争の為にあり、それはこれからも変わらない。…思えば人心など、初めから存在しなかったのかもしれない。今の我は力の荒野を駆ける獣。そう思い続け、我が戦いは永遠に続いていくのだ。

以上、EX第1弾でした。こういった番外編を今後も展開していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。それでは、次回の本編でお会いしましょう。

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