SS01.セレニウスと在りし日のペリュトナイ①
更新の無い日を繋ぐために、短編を書こうと思い立ちました。便宜上これに「SS」というナンバリングを振っておきます。本編に沿ったもの、世界観をなぞったものを記していきます。では、どうぞ。
ここは、私にとっての魂ともいえる大切な場所。その始まりからずっと寄り添い、共に歩み、興隆の全てを見てきた私の大事な国。時にはここを離れることもあったが、私はこの国のことを忘れたことは片時もなかった。兄と共に歩んだ過酷極まりないあの旅路も、この国のことを考え続ければ一切苦にはならなかった。だからこそ、私はこの国を、この国に生きる人々を守る為ならば、どんなことでもする。
そしてこれは、かつてあった何気ない日常の一幕。私が最も愛し、取り戻さなければならない在りし日の追憶だ。……あれは何でもない昼下がりだった。激務続きの私にしては珍しい休日で、何をするでもなく城下街をぶらついていた時のことだ。不意に、誰かが私に声をかけてきた。振り向いてみれば、そこにいたのは不安そうな顔の少年だった。
「……セレニウス様に、頼みたいことがあるんです」
「……深刻そうだね。いいよ。話してごらん」
見過ごせないと思った私は、少年の話に耳を傾けることにした。彼は場所を変えようと言い、とある場所に私を案内した。
たどり着いた場所は、いわゆる『茶屋』と呼ばれる場所。アマツ国様式の店だった。これは思わぬ収穫だ。何を隠そう、私は甘いもの、特にアマツ国のそれが大の好物だ。かつての旅の中でアマツ国のとある集落に寄った際、一度口にした特徴的なお茶と甘味のことが、今でも忘れられないのだ。適当なものを注文し、私と少年は席に着く。
「いい選択だね。君、ここにはよく来るの?」
「はい……。ここに来ると、何だか落ち着くんです」
「私もここにはよく来ていたんだよ。まあ最近は忙しすぎて来れなかったけどね……」
「すみません……。貴重な休日にこんなことを……」
少年が謝るとほぼ同時に、注文していたものが一通り運ばれてくる。目の前に運ばれたお茶を一口飲もうとする。まだ熱いそれを僅かに口にして、その味に懐かしさと落ち着きを覚える。
「いいって。おかげでここに来ることも出来たからね。…それで、話っていうのは?」
「……単刀直入に言います。恐ろしいバケモノを討って欲しいんです」
その少年の言葉に、私は眉をひそめる。これだけではまるで話が見えてこない。しかし少年の言葉は真剣そのものだ。
「……詳しく聞かせてもらっても良い?」
「はい……。あれは、僕がアゴラから帰っていた時の話です。もうすっかり日も暮れて、僕は急いで家に帰っていたんです。すぐに街も見えてきて、安全に帰れたと思ったんです」
商業街アゴラ。城下街からそう遠くない場所にある商業の街だ。何をしに行ったのかが気になるが、今は聞くことに徹しよう。話は続く。
「でもそうじゃなかった。僕は見たんです。……ペリュトナイにはいないはずの、獅子を。それも図鑑で見たことがあるものとは色も違って、鎧みたいなものを着けていて、何よりもたてがみが、まるで剣みたいで……。あっちは僕に気付いていなかったんですけど、すごく……、すごく怖かったんです。どうにかして見つからないようにしてここに帰ってきました。……確かに僕が何かをされたわけではありません。でも、あれは放っておいてら絶対によくない事が起こる。そう、思ったんです」
唐突に少年は立ち上がり、勢い良く頭をさげる。その様子に他の客の視線が集まる。しかしそれに構わず、少年は言葉を続ける。
「だから、お願いします! あの獅子をどうにかしてください! あれを放置したら間違いなく大変なことになります! でも僕には戦う力が無い! だから……! だから……!」
その少年の必死さを、私は見捨てることは出来ない。少年の言っていることはどこか飛躍しているように聞こえるが、その言葉に嘘は見えない。それに少年の言う獅子が気になった。私はそれに、何処か覚えがあった。これは調べてみる価値がありそうだ。
「頭を上げて。座って。大丈夫、ちゃんと聞いたよ。わかった。その調査、私が請け負うわ」
「ほ、本当ですか!?」
「嘘はつかないわよ。それに久しぶりにここに来れたから、疲れもすっかり取れちゃったよ。だからその調査も楽にこなしちゃうわ!」
私は少年に笑顔を返す。ひとまず目の前に運ばれた甘味を平らげて、私と少年は席を立つ。私は懐から財布を取り出そうとした少年を制止した。
「お茶一杯ぐらいなら私が出すよ」
「そんな、悪いですよ!」
「大丈夫大丈夫。50エルドでしょ? そんなに気にすることは無いって。その代わり、不安を抱かずに、自信を持って生きて。それが何よりの対価になるよ」
小さく頭を下げる少年をよそに私は会計を済ませると、調査の準備の為にある場所へ向かった。