137.再会と、襲い来る鋼鎖
キャストルが語ることには、かつては強大な力を持っていたが、強敵との戦いの果てに激しく消耗したことでこのような姿となってしまったという。この時にまだ幼かったマオに助けられたことで、それ以来行動を共にしているとのことだ。
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少し離れれば声すらも聞こえないほどに、少し先すら見えないほどに、雨が激しくなっている。
「ここから先だよ。みんなが向かって、戻ってこなかった」
「ここは……」
「正確な呼称は不明だが、恐らくはこの街における権力者の邸宅といったところか。これほどのものはこの街にはない」
雨を裂くような落雷が目の前の屋敷を照らす。ペリュトナイの王城にも匹敵するほどのそれは、大雨の中で不気味な存在感を放っていた。
「不可解だな。地図を見る限りこの屋敷の周辺だけが描かれていない。だが誰も戻らず、地図すら空白のままとなれば必然的に調査の途中ということになる」
「そのはずなんだけどね。行ったきり誰も戻ってきていない。だから何かあるとすれば、この中しかないと思わない?」
大雨の中だというのに、正面の大扉は開いている。行く以外の選択肢はここには無い。
「そういえば話は変わるけどさ、マオの隊の隊長ってどんな人?」
「どうしてそんなことを?」
「いやさ、この先で協力関係になるかもしれない人のことは大体でも知っておきたいんだ。僕もこれまで何人かのルオーダの隊長と協力してきたけど、アトラポリスの時にちょっと行き違いがあってさ……」
「まあ安心して。これまで会ってきた隊長たちがどんな人なのかは知らないけど、少なくとも『カルヴ隊長』は超が付くほどの善い人だよ。ついでに言えば元のカレドール小隊の『ミラル隊長』は……、まあ変わった人かな」
「へえ……」
「まあ会えばわかるからさ、行こう」
扉は、来訪者を待ち続けていた。
外とは打って変わって、屋敷の中は静寂に包まれている。響くのは異様に長く続く廊下を歩くリトス達の足音だけ。雨音や雷鳴は不気味なほどに聞こえていなかった。
「1回さ、ここに来たことがあるんだ。みんなが出発した次の日あたりにね。……でも会えなかった。隊長が、来るなって。あそこまで怒ってた隊長の声は聞いたことがない。結局顔も見れないまま、誰とも会わずに戻ってきちゃった」
マオの口調はどこか寂しげで、声がただ廊下にこだまする。そこで不意に、マオの傍を歩いていたキャストルが耳を立てる。
「マオ、この先から感じる匂い……。知っている、用心を……!」
「向こう、誰かいる!」
「待って! もっと慎重に……!」
マオが廊下を駆ける。慌てて追いかけるリトスたちが彼女に遅れてたどり着いたのは、開けた空間で待ち構える何者かと、それと対峙するマオだった。
「隊長! やっぱり隊長だ! いったい今まで何を……!」
「気をつけろ!」
駆け寄るマオに返事はなく、その代わりとばかりに飛んできたのは老人からの警告と彼女めがけて飛んできた鎖だった。獲物に飛び掛かる蛇のようなそれはマオに当たることはなく、彼女の背後の壁を抉った。
「隊、長……?」
呆然としているマオ目掛けて鎖の追撃が飛ぶ。今度は彼女の頭部を正確に捉えていた。
「世話の、焼ける!」
しかしそれはキャストルが横から入れた尾の一撃で軌道を逸らされる。それに続くように、リトスが蒼晶弾を3つ発射した。
「……歯応えのない」
そのつぶやきと同時、弾かれた鎖の軌道が不自然に曲がる。それは蒼晶弾を全て弾き、砕いた。その軌道は更に曲がると、その主人の元へと帰っていく。
「マオ、よく来たな。みんなが待っているぞ」
鎖を引きずるように持つ、血に濡れた白いコート姿の男。彼こそ、マオが言うカルヴ隊長であった。彼のマオを見る目は据わっており、彼の背後にある『モノ』には目もくれていない。
「後ろの、みんなは……。どうして倒れて……。まさか、隊長……!」
「……ごめんな。これも全て『平和的』な解決のためだ。秩序のために、ここで死んでくれよ。こいつらと一緒にさ」
カルヴの背後に積み上がるモノ。これからそこに加わる者たちへと、それは視線を移していく。
「3つ。速やかに終わらせてやろう。全ては秩序のために、な」
「隊長……! どうしちゃったんですか!」
「とても正気ではないな。爺さん! アンタは隠れているんだ! ……いない?」
「それは後にしよう! まずはこの人を止めなきゃ!」
だがそうはなるまいとリトスたちは戦闘態勢をとる。迷いもなく武器を手にしたリトスとクラヴィオとは異なり、マオのメイスを持つ手はわずかながらに震えていたのだった。
第137話、完了です。記録外の領域で遭遇したカルヴ隊長。その様子は明らかに正常ではなく、マオにとっては非常にやりづらい戦いとなっています。その真相は次回に明かされます。では、また次回。




