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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
幕間・星降る夜が更ける
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134.意志の旅路【雨天疾走】

エアレーは、各国で広く一般的な生き物である。技術力に優れたビルガメスなどの一部の国を除き労働力として活用されている。また非常に力強く持久力にも優れており、国家間の移動にはもっぱらエアレー車が用いられている。一度の食事量が多量な代わりに頻度は高くなく、3日程度であればエアレー車を牽引して走り続けることができる。

 兵団が救助にやってきて、もうほとんどの乗客がセントウルへと送られた頃。この場に残っているのは何人かの兵とモロバ、それとエアレー車に荷物を積み込んでいるリトスたちだった。


「本当にいいのかい? そこまで急ぎでもないんだろ?」


先程までとは打って変わって砕けた口調のモロバは、積み込みを手伝いながらリトスに問う。あれだけの激戦だったのにも関わらず、2頭のエアレーは目立つ負傷もなく大人しくしている。


「急ぎじゃないけど、途方のない旅だからね。立ち止まったら進めなくなるよ」

「君だけの問題じゃない。彼女は重傷だよ。肩を大きく斬られてるんだ。日常生活にも支障が出かねない。やっぱりちゃんとした治療を受けたほうがいいよ?」

「私にはまだ片腕がありますから。それに応急処置は済んでます。まあしばらくは戦えないでしょうけど、次の街でちゃんと治療しますから」


荷台の奥からアウラが答える。片腕が使えない分、彼女は物資の仕分けをしている。


「意外と強情なんだよこの2人は。意志の強さは一級品だ」

「……じゃあこれをあげるよ」


リトスとアウラの様子と、クラヴィオの言葉に呆れるモロバは、その一言と共にくすんだ色の瓶をリトスに手渡す。空の向こう側から顔を覗かせる朝焼けに照らしてみれば、瓶の中は緑色の液体で満たされていた。


「これは?」

「簡単に言えば『加速再生薬』かな。ショットグラス1杯分飲めば肉体の自然治癒力が超加速する。つまり怪我や病気が目に見える速度で治るんだ。ただし……」


言い終わる前に、リトスの手から瓶が消える。その行方が判明した時には、既にアウラが瓶を手にしていた。


「待って、話は最後まで聞いて」

「飲めば治るんですよね。これ以上聞く必要、ありますか?」

「副作用、あるよ」


 雲空の下に広がる荒野をエアレー車が駆ける。後ろに繋がれたものの重さを感じさせないその力強い姿は、ディンギルスターにも見劣りしない。


「……」

「……」

「……」


一方で、荷台の中にいる3人は沈黙している。エアレーの制御のために起きているリトスを除けば、他の2人は眠りについている。


「代わろうか?」


かと思えば、目を覚ましたクラヴィオがいつの間にかリトスの横にいる。


「クラヴィオか……。ありがとう。ちょっと待って……」


リトスが杖をクラヴィオに渡す。エアレー車は一瞬速度を落としたが、程なくして元の速度に戻って走り始める。


「アウラ、どうするんだろうな」

「……多分飲むだろうね。いざとなればいつだって」


彼らの話題に上がったのは、先程モロバから受け取った『加速再生薬』についてだ。それは今、クラヴィオが手にしている。あの後彼が持つことになったのだ。


「俺としては飲むのは反対だ。たったひとつの怪我を治すためだけに、あの代償は大きすぎる」

「僕もそうだよ。だから次の街でちゃんと診療所に連れて行こう」


そう言いつつ地図を広げる。現在位置を示す蒼い結晶はビルガメスの領域から脱したところにある広い平原に位置していた。地図上に記された近隣の集落も小規模なものだった。


「とはいえ、俺たちは今やっとビルガメス領を出たばかりだ。ここから一番近い街といえば、ここのカレドールの外れにある『第四閉幕街』だ。そこまで3日はかかるだろうな」


地図を指さしてクラヴィオが示すのは、劇場の絵の周辺に位置するいくつかの街のひとつだった。位置は離れており、少なくとも1日での到達は不可能だ。そんな中、ポツポツと何かが当たる音がし始める。


「雨、降ってきたね」

「だが今度は普通の雨だ。あの時みたいにエアレーが倒れるということは無いだろう」


雨の匂いを感じ、2人はメトロエヌマに訪れる直前のことを思い返していた。雨音の勢いは増していき、それに伴って景色も鮮明さを失っていく。


「……激しくなってきた」

「ああ、これはしばらく止まないな」


雨音はいよいよ激しくなり、会話にも支障が出始める段階まで来ている。突如、閃光と同時に轟音が鳴り響いた。


「ひっ!!??」

「うおっ! 急に大声出すなよ……! それにしても雷か……。近いな、これは」

「ごめんごめん……。代わってもらっててよかった……」


リトスが驚き、悲鳴を上げる。幸いにもエアレー車が妙な動きをすることもなく、雷雨の中で変わらずに走り続けている。しかし落雷はまだ終わらない。次々に降り注ぐ落雷を、彼らは奇妙に感じ始めた。


「ねえクラヴィオ! こんなに雷が続くことある!?」

「少なくとも俺はこんなの知らないぞ! この辺でこんな現象が起きるなんてことも聞いたこともない!」

「ちょっと様子見てみる!」

「バカお前! こんな状況で外に出るとか死にたいのか!?」

「大丈夫一瞬だから!」

「お前それ……!」


リトスはドアから車外に出る。すぐ戻ると言った彼の言葉とは裏腹に、10秒ほど経過しても彼の戻る気配はなかった。その答えは、彼の視線の先にあった。


「……!」

「おい、リトス……?」

「クラヴィオ! このまま真っ直ぐ! 全速力で!」

「どうした! 何が見えた!」

「街だ! 目の前に街がある! それもかなり大きい!」

「……なんだと?」


戻ってきたびしょ濡れのリトスは、確信めいた口調でクラヴィオに指示する。その言葉は、クラヴィオを戸惑わせるには十分だった。


「第四閉幕街はまだ遠いぞ! あったとして小さな村だ! この辺りに大規模な街はないはずだ!」

「そんなに気になるならクラヴィオも見て! ほら!」


杖をクラヴィオからもぎ取り、彼を車外に行かせるリトス。その勢いに押されるように出て前方の景色を目にした彼は、目の前の景色が信じられない様子だった。


「……これは、なんという……。だが俺はこんな街見たこともない……」

「とにかく行こう! 雷が激しくなってきた! とにかく建物に避難するんだ! それにアウラの様子もさっきからおかしい!」


車内に戻ったクラヴィオは、濡れた手を乾いた布で拭いた後でアウラの額に触れる。リトスの言葉通り、彼女の呼吸は荒く、顔は紅潮しうなされているようだった。


「呼吸が激しい。発熱もある。……よしリトス、 全力で飛ばせ! エアレー共! 走れ走れ!!」


クラヴィオの言葉と同時にリトスが指示を送った。加速したエアレー車は目の前に広がる未知の街を目指して雷雨を駆け抜ける。彼らのことなど構うこともなく、落雷は激しく降り注ぎ続けるのだった。


 雨音と雷鳴だけがこだまする暗く重苦しい雰囲気の街。その中心に建つ屋敷の一室で、1人の男が窓辺に寄りかかっていた。


「……煩わしい、息苦しい」


窓の外に目を向けて、彼は下に広がる街の景色を見下ろす。荒れたビルなどが建ち並ぶその景色を、男は忌々し気に見ていた。


「……何もかも、滅びてしまえばいい」


男が拳を握る。隙間から血が滴るほどに力強く、念を込めて。


「……このような、世界など」


男が吐き捨てるように呟くと同時、まるで怒りを露わにするかのように雷が落ちるのだった。

第134話、完了です。ディンギルスターから離れて結局エアレー車での旅を再開したリトスたち。彼らがたどり着いた未知の街で待ち受けるものとは、果たして……。では、また次回。

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