132.意志の旅路【月夜の旅】
オブリヴィジョン人物録vol.15
レヴィアフォビア
種族:ナイトコールズ
等級:ディシュヴァリエ
異能:非命再誕エメス(恐怖により漏れ出す魂の薄片をエネルギーに変換する。それを核として擬似生命を生み出すこともできる)
好き:平穏、恐怖
嫌い:虐げられること
ディンギルスターに襲撃をかけたナイトコールズ。真っ黒なサングラスをかけた黒いローブ姿の不健康そうな男の姿をしており、左腕はカマキリの腕のような歪んだ刃になっている。『恐怖』を集めるべく乗客たちを手にかけようとした。
目覚めて感じる、すっかり慣れた不自由さに僕は今の状況を理解する。気絶して、またここだ。でも今回は、見える顔ぶれが違う。
「また来たのかよ。お前暇か?」
「……待って、メガロネオスは?」
僕の前にいるのは名前も顔も知らないフードの彼。いつもなら僕の目の前にいるメガロネオスの姿は見当たらない。
「……あそこだ。今は使い物にならないけどな」
「物って……。まあいいや。おーい」
彼が示す方に視線を動かせば、そこにはうずくまっているメガロネオスがいた。僕の呼びかけにも反応を示さない彼女は、異常なまでに消耗しきっているように見えた。
「お前でもダメか……。おい、しっかりしろ」
「……逆に、どうして君は平気なの……?」
酷な環境に長時間居続けたかのような消耗の仕方に、僕も疑問以上に心配になってしまった。そして彼女が言うように、傍らの彼は何とも無さそうな様子だ。
「まあ俺はまだメインを張れないしな。お前と違って影響は受けづらいんだよ。それに俺の『力』はそういうのに強いらしいからな」
「……物理じゃどうにもならないだなんて……。ごめんリトス。私しばらく無理かも。力も貸せそうにない」
「え、ちょっと……! それじゃあどうやってこの状況を突破すればいいのさ!」
身じろぎする。だが何をしようとメガロネオスが立ち上がることは無い。言葉として表されなくても、それが事実だと理解できてしまう。その中で、彼がため息をついた。
「……しゃあねえ。俺が今だけ力を貸してやる」
「え……。それって、つまり……」
「勘違いすんな。これは言ってみれば『体験版』ってやつだ。本当はこんなことするつもりはなかったが、お前にくたばってもらっちゃここの全員が困るんだ」
「それ、本当に大丈夫なやつ……? 肝心なところで終了、なんてことは無いよね」
「大丈夫だ。お前がちゃんとしてれば大丈夫なぐらいの時間は力を貸してやるよ。ただ正式なのはちゃんと『きっかけ』を見つけた時だ。そうなれば俺の名前もそこで教えてやるし、鎖も1つ解いてやる」
彼は笑う。その笑顔は自信に満ちていて、それを見ていると僕は、大抵のことならどうにかなりそうな気になった。それと同時に視界が白に染まり始める。僕を現実に引き戻すあの感覚がやって来たのだ。
「よし、行ってこい!」
彼が僕の背中を強く叩く。それが最後のトリガーとなって、僕の意識は真っ白になり現実へと戻っていくのだった。
リトスが目を覚まし、最初に得たのは冷たい床の感覚だった。同時に彼の頬を撫でる、ぬるく吹き抜ける風の感触。そして彼が立ち上がり最初に目にしたもの。それは、意識を失う寸前に見た少年の姿だった。その大部分は、であるが。少年はただそこに立ちつくし、両腕を広げていた。その姿はまるで像のようで、動く様子はおろか話しだす様子も見られなかった。
「何かおかしいと思ったら、人間ですらなかったなんて……」
広げられた少年の両腕は正常な人間のそれではなかった。それは、行く先をフェンスのように塞ぐ長く太い鎖。そして改めて目に入る少年の姿。一見腕以外は普通の少年に見えていたそれは、次第にリトスの目には陶磁の人形のように映り始めていた。
「これを壊せば、解決するのか……?」
迷うこともなく、リトスは杖を手にする。天素を励起させ杖の先に蒼い刃を形成すると、それを人形目掛けて振り下ろした。
「えっ」
しかしそう簡単に事は運ばない。パキンと、振り下ろした蒼い刃は何も傷つけることなく軽い音と共に折れ飛び、そのまま霧散して消失する。
「……だったら」
続いてリトスは結晶の弾丸を複数形成し発射する。狙いは正確に鎖と本体へ。しかしそのどれもが弾かれ、何かを壊すこともなく砕け散っていった。
「……どうしようこれ」
リトスは思わず頭を抱える。一切反撃される気配が無いのが救いなのだろうが、破壊ができない以上はどうしようもないのだった。
「……結局僕は能力に頼って、魔術の基本的なことを疎かにしてたってことかな」
これまでリトスが行使してきた魔術。格上の相手に何度も通用してきたそれは、無意識に発動したリトスの能力によって強化されていた。彼の本当の実力は、彼自身が思うよりも低かったのだ。リトスは考える。考えて考えて考え抜いて、気付けば数分が経過していた。外部で繰り広げられている戦闘の音は耳に入ることもなく集中し考え続けていた彼は、何かを思いつき我に返る。
「……せっかくだし、そうしよう」
リトスは再び、杖を握り直した。
時はリトスが意識を取り戻す少し前に遡る。片腕の使えないアウラは変わらず、黒い大蛇となったレヴィアフォビアを果敢に攻め続ける。それは決してレヴィアフォビアに対する脅威とはなっていなかった。
「……さっきからどういうつもりです! 鬱陶しい!」
例えようのないほど黒く太いレヴィアフォビアの尾が振るわれる。当たれば間違いなく死あるのみといったところだが、しかしアウラは地面に伏せることでその一撃を回避する。そして尾が振られた直後の隙を彼女は見逃さない。
「セレニウス様がおっしゃっていた『大蛇狩り』の話、思い出しますね……! 私もやってみよう、かな!」
自身の頭上を通り過ぎていった尾に彼女は飛び掛かり、手にした剣を突き刺した。そのまま剣を掴み続けて、片腕の力だけでレヴィアフォビアの上に立とうとする。
「腕が……! やっぱり、片腕じゃ……!」
「虫のように振り落とす! 落ちろ!」
「……あっ!」
尾を振るい続けアウラを落とそうとするレヴィアフォビア。アウラは最初こそ耐えていたが、次第に片腕だけでは限界がやってきてしまい、遂に手を放してしまった。落下の後、待っているのは強烈な尾の叩きつけである。しかしその未来は訪れない。
「風が……!」
突如として吹き上げた風が、落下しかけた彼女の身体を押し戻す。そして手放した剣すらも、彼女の横に再び突き刺さった。
「……何度も何度も、ありがとうございます!」
姿の見えない協力者に感謝しながら、アウラは剣を手にしてレヴィアフォビアの頭部を目指し始めた。
アウラがレヴィアフォビアの胴体の上で駆け回る中、モロバは腰のホルスターから抜いた銃を手に、狙いを定めていた。使い古したようで、所々真新しいパーツが垣間見えるリボルバー式の銃。1発だけ空いた弾倉から覗くのは、今いる帳の闇よりも黒い不気味な弾丸だった。
(……あと9発。再精製は不可能。ここで使うべきか? 戦いが長引けば乗客たちにも甚大な被害が出かねない。1人で済んでいるうちに戦いを終わらせなければ……)
しかし彼は、銃を下ろす。そしてそのまま、剣を再び構えなおした。
(……やめよう。それにそろそろ通報を受けた部隊がやって来る。この姿を保てなくなる前に、終わらせる)
剣が蒼白く輝き、刃が拡張される。同時に彼が纏うベールの色が次第に薄くなってゆく。そしてベールが完全になくなった頃、彼の周りには煙のような灰色の鎧姿の騎士たちが現れていた。それらは槍を構え、大蛇を狩らんと突撃を開始した。
「足止めは頼みましたよ。『百騎夜行』」
上はアウラ。下は灰色の騎士たち。それぞれを攻められたレヴィアフォビアの注意はモロバからそれる。それが彼の狙いであった。
「決めに行きます」
モロバが一気に跳躍する。蒼白い残光と共に大地から駆け上がる流星は、そのまま大蛇の上顎を斬り飛ばした。
「バカ、な……!」
大蛇が倒れる。そのまま下部にいた騎士たちは押し潰されて霧散するが、モロバはそれを気に留めることなく倒れた大蛇の下顎に着地する。そこには大蛇の口内にずっと潜んでいたのだろう、へたり込んだような姿のレヴィアフォビアがいた。
「秩序を乱した罪は受けてもらいます」
「何故、こうなるのですか……!」
「秩序を乱した。それこそ全てです」
「ふざけるな! 何が秩序だ! あの時の私に手を差し伸べなかったお前たちが! 人間に危害など加えたこともない、ただ大人しくしていただけの私を視界にすら入れなかったお前たちが! それを語るなど許されるはずがない!」
レヴィアフォビアは怯えている。自身とは違い確かに生きていて、感情を持ち合わせている『人間』であるはずの目の前にいる存在が、まるで何よりも冷たい、夜よりも暗い光の無い目をして見下ろしていたからだ。
「大いなる秩序は全てにおいて優先されるのです」
モロバはゆっくりと剣を振り上げた。
モロバの戦いが繰り広げられている時、リトスはひたすらに魔術を行使し続けていた。刃で斬りかかり、結晶弾を飛ばし続ける。色は鮮やかな蒼を保ち続けていたが、しかしその強度は標的を破壊するに至らない。
「こんな時、どうすれば……」
そう言いながらリトスは杖を振り続ける。動きには疲れが見え始めているものの、動き自体は止まる気配を見せない。そんな彼の脳裏に、旅の途中で読んだある本の一節が呼び起こされる。
『魔術をただ行使することは容易である。しかしその真価を発揮するためには、それに求める結果を強く望み、詳細に想像することが肝要である。一切の雑念を排し、ただ結果だけを望んで想像する。言葉だけでは容易なことであるが、実行は決してそうではない。しかしこれは魔術を修めるにあたって基本中の基本とも言えることである。故にこれを序文とし、これから始まる長く壮大な学問の旅の供としてもらいたい』
彼が序文と最初の方だけ読んで、そのまま閉じてしまった分厚い本。スクラより渡された『課題』は、今になって学ぶことの重要性をリトスに実感させた。
「だからこそ、ここで勉強をすればいい」
動きを止め、リトスは杖を構える。そして目を閉じた。彼が思い起こしたのはモロバの魔術。
(天素の励起状態は大したものじゃなかった。なのに、あの人の魔術は確かな効果があった。それも、あの人の純粋な腕だけで。僕みたいに能力の上乗せも無かった)
そして追想を強制終了し、1つイメージする。それは太く、どこまでも続く鎖を一刀にて叩き斬る姿。果てに残るのは斬れて散らばる鎖。彼のイメージが固まってゆくごとに、杖の先には蒼白く、しかし確かな存在感を放つ大剣が形成されていた。それは偶然か必然か、セレニウスが携える大剣である『壊劫』に酷似していた。
(天素の励起にまで意識が回らない。確実性を取るとこの一発が限界か……。まだまだ勉強不足だな)
目を開き大剣の姿を見てため息をひとつ。直後リトスは杖を両手で構え、ゆっくりと振り上げた。
「……『壊劫兆』」
彼は鎖に向けて、大剣を振り下ろした。驚くほどあっさりと鎖は砕け、その本体である少年は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。最後までその場表情は一切の感情を露わにせず、まさしくそれは人形そのものだった。同時に、帳の隙間から澄んだ空気が入り込む。リトスはのちに気付くことになるが、周囲の嫌悪感も急速に薄れ始めていた。
モロバが振り下ろした刃に黒い液体と塵がまとわりついている。その横には、恐怖に染まった表情で無くなった左腕を呆然と見つめるレヴィアフォビアがいた。
「ひ、ひいいいい!!!」
背を押されたかのように走って逃げ始めるレヴィアフォビアの背中を、モロバは何の感情も籠もっていない目で見ていた。同時に周囲を飛び交い暗闇の帳を下ろしていた黒鳥たちも一斉に散っていき、レヴィアフォビアが走り去る頃にはその全てがどこかへと飛び去っていた。
「……終わった、のかな」
倒れ、もう動かない大蛇の巨体に身体を預けながら、アウラは周囲を目にする。戦いの余波に巻き込まれ半壊している列車。ほとんど砕けかけている青い壁と、その向こうに見える人々の姿。そして恐怖と共に黒鳥たちが去っていったその空は、満天の星を湛えた澄み渡る夜空だった。月光が照らすこの場所に、やがて灰色のコート姿の一団がやって来た。その中のひとりが、天秤と様々な武器を模った紋章付きの手帳を提示する。
「通報を受けました。我々はルオーダ兵団ビルガメス隊セントウル小隊です。……貴方は、副隊長!」
「状況報告。死者一名、負傷者多数、脅威は排除済み。乗客の皆さんを至急セントウルに護送願います。事情は後ほど。一刻を争います。秩序の名の下に、最善最速の行動を」
「了解。動ける方はこちらへ! これよりセントウルへ皆さんをお連れします! もう大丈夫です!」
目の前でルオーダの兵たちが人々を引き連れ大型車両へ案内する。その様子を見ていたアウラの前にも、兵のひとりがやってきた。
「貴方も、こちらへ。……酷い怪我だ。すぐに病院へ行きましょう」
剣を手にしたまま彼女は兵について行く。先程まで混沌としていた戦場に、今は秩序がもたらされている。それと同時に彼女は、旅の途中にあった戦いの終わりを実感するのであった。
第132話、完了です。鎖の少年は倒れ、レヴィアフォビアは逃げ去りました。戦いは終わったものの、旅はこの先どうなるのか。その行く末はまた次回。
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