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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
幕間・星降る夜が更ける
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129.意志の旅路【脱線】

次は、『カレドール中央駅』。中央大歌劇場にて開演予定の最終公演は、諸事情により開演延期。

 それは突然の出来事だった。


「何が……!」

「急に止まったぞ!」


列車が、何の前触れもなく停止した。乗客たちは大きくよろけ、固定されていなかった物が宙を一瞬だけ舞う。


「おっと……! リトス、無事かい!?」

「どうにかね……! まだ結構残ってたのにな……!」

「そんなこと言えるなら大丈夫そうだね。……まだ何か来るようだよ。警戒」


モロバの言葉通り、更に異変が起こる。宙を待っていた備品、壊れた設備、乗客たちの手から離れた私物。それらは地面に落ちることも、ましてや元の位置に戻ることもなかった。


「何が起きて……」

「やだ、怖い……」


黒い影のような塊がどこからともなく現れると、それは宙に浮いた様々なものを吸い寄せ、取り込み、ひとつの塊となってゆく。その正体は不明ながらも、明らかに友好的なものではない。


「これはまずいね……! みんな! 早く列車の外へ!!」


そして長年の勘によりその危険性にいち早く気付いたモロバはドアを1つ無理矢理こじ開けると、周囲で怯えて動けずにいる乗客たちに避難を促す。乗客たちは思いの外聞き分けがよく、そしてまだ動く気力を残していた。こじ開けられたドアから外へと逃げていく乗客たちへと、集まりゆく瓦礫が手を伸ばすかのように迫る。


「ドアが閉まります、っと!」


しかしその瓦礫は無理矢理閉じられたドアによって阻まれた。本来機械の力で動くはずのドアを無理に手動で開閉したためか、ドアは歪んでこれ以上動きそうになかった。


「さて2人きり。広さもそれなり。戦うにはまあ悪くない環境だ。リトス、君はどうかな?」

「ここは天素も充分ある。僕も戦えるよ」

「いいね。流石は未来の大魔術師。……そろそろ始まるよ」


リトスは杖を構え、蒼の奔流を迸らせる。モロバも青みがかった銀色の剣を構え、仄暗い奔流を迸らせた。彼らが相対する黒い塊を中心とした瓦礫は次第に人型の像の姿を形成する。それは様々なものが集合した、一見前衛的が過ぎる芸術作品だ。しかしそれは今動き、腕を振りかぶり、破壊をもたらそうとしていた。そんな像が2体、3体と存在し、次第に数を増していた。


「正体は不明。でも、大した力は無さそうだ。さあ、始めようか!」


意気揚々と、モロバは剣を振りかぶって戦いへと踏み込んでいった。


 一方で列車の外では、再び恐怖が広がっていた。


「なんだこいつは……!」


列車の外は、まるで夜のように闇が渦巻いていた。時間としては昼を過ぎた頃。夜はまだ遠いはずだが、闇は当然のようにそこにある。そしてその正体は、目で見えずとも音で雄弁に語られる。


「鳥、か……?」


バサバサと重なる音。その中から微かに聞こえる鳴き声。それは常軌を逸した規模で一か所に留まり飛び続ける黒い鳥の大群だった。それが、列車全体を覆う規模で飛び交っていたのだ。


「鳥にしたって、おかしいだろこれは!」


乗客の1人がそう言うのも無理はない。いかに大規模な群れだとしても、飛び交う隙間から外が見えるはずだ。だがこの場で見えるのは列車の内部から漏れる灯りが微かに照らす鳥の姿と、依然変わらずそこにある列車の姿だった。


「おや、『恐像(イドラ)』から逃げてきましたか。精々数人かと思いましたが、思いの外多いですね」


羽ばたきが重なるこの場にて、男の声が響く。声の主がいる方向には黒いローブ姿の男がいた。


「お、おいアンタ! 一体何を言ってるんだ!」

「まあこの人数ならこの人数で、それはそれでいい結果になりそうですね」


男はローブに手をかけると、それを投げ捨てた。ローブの下から現れたのは、至って一般的な服装に身を包んだサングラス姿の細身の男だった。だがその男の左腕は、まるでカマキリの腕のような形状となっており、漏れる光に照らされて暗い銀色に光っていた。


「皆さん。この状況に恐怖していますか? いえ、答えなくても結構です。私にはわかります。少しづつですが確実に、高まっていますから」


男が乗客の集団へと近づいていく。そして、一番前にいた若い男の前に立った。


「……拝借します」


一瞬だった。ほんの一瞬、男が左腕を振るう。


「え……」


この場にいる全員、何が起きたのか理解できていない。目の前に立たれた本人ですら同様だ。理解が追いつく前に、彼の思考を司る頭部は重力に従って地面へと落ちた。


「あ、ああ……!」

「こ、殺し……!」

「ああ、良い。恐怖が高まっていく……。魂が躍動する、恐怖の感情……! さあ、恐怖よ! 生みの親たちを、在るべき魂の循環に戻すのだ!」


目が痛くなるほどの赤に塗れ、男が叫ぶ。悲鳴と羽ばたきが入り混じる中で、闇よりも暗い塊がいくつも現れ、鳥の群れから何羽かを吸収していった。


「行け! 『黒鳥恐像(ブラックバードラ)』!」


生み出されたのは、黒い鳥がそのまま人型になったかのような悍ましい塊の像。その群れは乗客たちへと歩を進める。これから多くの命が消える。そう思われた瞬間、風が吹く。


「『空想具象・紅星くうそうぐしょう・グレーザー』!!」


それは暗闇を切り裂くように放たれた一条の赤い光。流星のようなそれは黒鳥恐像(ブラックバードラ)の群れを一気に貫くと、黒い塵へと変える。


「残りは任せたぞ!」

「当然です! 『偽星十字(アルセフィナ・クロス)』!!」


赤光の後に走る銀の閃光は十字を刻み、残っていた黒鳥恐像(ブラックバードラ)へと放たれる。この一瞬の出来事に男は動揺を隠せない。


「何と……! 貴方たちは……!?」

「何を、しているんですか!!」


アウラは止まらない。その勢いのまま男へと最接近すると、剣で切り上げる。咄嗟にガードを入れた男の異形の腕は、黒い飛沫を上げて切り飛ばされた。


「私の、私の腕が……!」

「黒い血……。なるほどお前、人間ではないな」

「ご明察……。だが、これで終わったと思わないことです!」


切られ宙を舞う腕と男の身体を暗い塊が繫ぎ留め、元のように接合する。同時に男は多くの暗い塊を取り込んでゆく。


「この『レヴィアフォビア』、皆様の恐怖を頂きましょう! その命の続く限り、いくらでも!」

「そうはさせません……! 貴方は目的を果たせない! そうでしょう! クラヴィオ!」

「その通りだ。俺らの快適な旅路を滅茶苦茶にしてくれた報いを受けてもらおうか!」


アウラは再び剣を構え、クラヴィオは大筆の先に炎を迸らせる。それに対峙するレヴィアフォビアのサングラスの奥を、鳥の群れの隙間から僅かに注がれる光が鈍く照らした。


第129話、完了です。旅も時にはままならないもの。事件が起きてしまいました。しばらく旅は脱線してしまいますが、お付き合いください。それでは、また次回。

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