128.意志の旅路【列車は往くよ旅の果て】
ディンギルスターはビルガメスから数多の国へとつながる夢の超高速列車。いずれは全ての都市を繋ぎ、旅人の皆様に快適な旅を提供することをお約束いたします。
(ペリュトナイ線は、現地での内戦状態を考慮して開通延期中)
広大な荒野を列車が駆け抜ける。天気は快晴。近づく列車の威容に野生生物たちは逃げ去っていく。そうして生物たちが去った後の荒野には、ただ線路だけがどこまでも続いていた。
「これは、ディンギルスターに乗って正解だったな。補給もままならない環境でエアレー車など正気ではない」
車窓を眺めながら、クラヴィオはグラスを傾ける。琥珀色の液体が喉へと流し込まれ、そして氷だけがカランと音を立てる。
「見たところ街のひとつもありませんからね……。それにまさか、こんなにも広い車両を提供してくれるだなんて……。フラッグさんには感謝してもしきれませんね」
同じく車窓を眺めるアウラは、グラス入りのジュースを飲んでいた。
「エアレー車の格納スペースに厩舎、更には様々な用途に適したフリースペースまで用意されているとはな。この車両を改造して線路外でも駆動できるようにすれば旅の快適さも増すだろう」
「ところで、リトスはどこに?」
「さっき別の車両に行ったぞ。ひと通り見てくるんだと。ツマミやらを頼んできたから待っているところだ」
ジュースを飲みながら、アウラの視線は車窓からクラヴィオの持つグラスへと移る。新たに注がれた琥珀色の液体に浮かぶ氷の塊は、先ほどよりも少しだけ小さくなっていた。
「……気になるか?」
「……まあ、正直なところ」
「これはビルガメス北部の都市セントウルの老舗ブランド『アンバーボア』のウイスキーだ。何百年経っても変わらない、俺のお気に入りのひとつだよ」
「故郷でも飲んでる人がいましたけど、お酒って美味しいんですか?」
「まあ人によるだろうな。酔いたいから飲む奴、飲んでる自分に酔いしれる奴、その場の雰囲気で飲む奴など色々だが、俺は単純に味が好きで飲んでいる。そもそもウイスキーとは起源を遡ればペリュトナイに端を発するとも言われ……」
始まってしまった長話を意識の片隅に追いやりながら、アウラはジュースを飲み進める。そして更に別の
意識の片隅で、かつての仲間や敬愛する者を想起するのであった。
一方、ここはリトス達の専用車両から少し前の車両。暇を持て余していたリトスは車内をうろついているうちにここへと辿り着いていた。列車の中にも関わらず多くの店や施設が並ぶその様を、リトスは驚きつつもひとつひとつ吟味していた。そしてその果てに抱いたのは、内容も何もないたったひとつの感想だった。
「……」
「まるで街みたい、かな?」
「本当にそう……。誰?」
しかしそれをリトスの前に、突如背後からやってきた誰かが代わりにそれを口にした。美しい緑色の髪をしたラフなシャツ姿のその青年は、朗らかな笑顔でリトスの横にいた。
「もしかして俺のこと覚えてない? ほら、俺だよ。……この口調がまずいか?」
青年は1人で何かを考えた後で、1つ咳払いをする。
「……これならばいかがでしょう。リジェクトパレス以来ですね」
その瞬間、青年が纏う雰囲気が変わる。恭しくお辞儀をしてみせたその青年の所作に口調は、リトスの記憶にある人物と一致した。
「まさか……、モロバさん?」
「そう! やっと思い出してくれたね!」
「いやでも、口調も雰囲気も全然違うし……」
「あれは仕事用、それでこれがプライベート。公私はキッパリ分けないとね。……こんな往来で立ち話も何だし、あそこで何か飲みながら話さない? 俺が奢るからさ」
モロバが指さす先にはカフェスペースがあった。そうして2人は、コーヒーのかぐわしい香りに向かって歩を進めるのであった。
「それでモロバさんはどこに行くの? 僕たちと同じアマツ国?」
「途中まではそうだね。俺はそこから更に秩序の国行の兵団専用線に乗り換えるんだ。ベースステーションからは何故か出てないんだよね」
というわけでここはディンギルスター先頭車両のカフェスペース。2人は互いにコーヒーを前にして話し込んでいた。
「そういえば、1人? 他の人は?」
「他の隊員や隊長は先に行ったよ。俺はビルガメスの他の街にいる小隊に色々伝達してきてから国に戻ることになっていたんだ。……隊長がしっかりやってくれていればこんなことにはならなかったんだけどね」
コーヒーを冷ましながらモロバはため息を漏らす。一口すすろうとして、その熱さに断念すると共に再びコーヒーを冷ます作業に入る。
「俺からも聞かせてほしいな。君は魔術師なんだろ? 魔術師っていうのはかなり珍しい。一体その魔術、どこで学んだんだい?」
「……僕がペリュトナイにいた時に、スクラっていう人から教えてもらったんだ。僕がこれから先、生きるために必要なことだって」
一方でリトスはコーヒーにミルクを注ぎながら答える。彼の瞳と同じ色のコーヒーは、一瞬でベージュへと色を変えた。
「スクラ……。そういえばイゼル隊長が以前言っていたな。ペリュトナイに『魔術太祖』のただ1人の弟子がいるって。確か名前をスクラって……。まさか、そんな大物に魔術を教わったのか!?」
「そうなの!?」
リトスはコーヒーに砂糖を注ぎながら驚いていた。すでに溶け切らない量を注ぎながらもその手は止まることは無い。それほどに、彼はその事実に驚いていたのだ。
「知らなかったのか……。俺も詳しく知ってるわけじゃないけど、『魔術太祖』は魔術、いわば天素の制御術を初めて体系化した偉人だ。その唯一の弟子ともなると、並ぶものなんていない大魔術師と言っても過言じゃないぞ! 君はもしかしたら、歴史に名を残す程の大魔術師になれるのかもしれないね……」
感心しつつコーヒーをすするモロバに対し、リトスの手は未だ砂糖を注ぎ続けていた。この後、砂糖の注ぎすぎでジャリジャリになったコーヒーを涙目ですする羽目になったのは言うまでもない。
更に場所は移り、ここは旅客車両の更に先にあるディンギルスターの貨物車両。どういう訳かここに荷物は無く、両側の壁が取り払われている。
「ここであれば、いいでしょう」
「……」
ここに人はいない。そう。『人』は。
「ドロップアンカー。『錨』を降ろしなさい」
鎖の動く音と共に、車外に金属のような塊が落ちる。
「……では、『闇の帳』を放ちましょう」
全身を覆う黒いローブ姿の男のつぶやきと共に、どこからともなく現れた黒い群れが列車全体を覆う。広がる闇の色と同じほどに、フードから覗くサングラスは黒く、男の顔を更に隠していた。
「さあ、全ては聖域の……、『彼』のために」
サングラスの奥で、仄かに鈍色の光が覗く。正体不明のこの男が引き起こすこの行動がディンギルスターに悲劇をもたらすことを、今は誰も知る由もないのであった。
第128話、完了です。ビルガメスでの長い物語を終えて、一行は列車での旅を満喫中です。それだけで終わればよかったのですが、何やら怪しい動きが1つあるようで……。これ以降の動きは、次回をお待ちください。では、また次回。
よろしければブックマーク、いいね、感想等よろしくお願いします。