127.意志の旅路【よあけのほし】
『妙な話ではあるな』
「何がだ」
『よもや数週間程度でメトロエヌマの復興が約7割進捗するとは、妙ではないか』
「まあ確かに、今となっても信じがたいことではあるな」
『それほどまでに例の商人の力が大きいということか』
「そういうことだ。どこから嗅ぎつけてきたか知らんが、事件がひと段落した次の日にやってきて物資と労働力の提供を申し出てきた。それも相場を下回る価格でな。あのような一団がいるとは思わなかったな」
『全くであるな。ところで、何という一団だったか』
「確か、『夜会旅商店』と言っていたな。これは報酬アップも検討しなければ」
エンリルラボ、作業の合間でのフラッグとウムダブルトゥの雑談より
目を覚まし、最初にリトスの目に飛び込んできたのは白い天井。次に起き上がり、目にしたのは葉書のような大きさの紙に筆を走らせるクラヴィオの姿。そしてその次に見たのは、紙と筆を横の机に置いたクラヴィオが備え付けの通信端末で誰かと話す様子だった。
「……ああ。待っている。俺も、リトスもな」
最後にそう言ってクラヴィオが通信端末から手を放す。そして再び筆と紙を手に取って、何事もなかったかのように筆を走らせ始めた。
「いや、何も無いの?」
「……よかったよ。本当にな」
「……それだけ?」
クラヴィオは言葉を続けない。ただ黙って筆を走らせ続ける。その手が僅かに震えていることに、リトスはおろか本人すら気付いていなかった。
「それ、何描いてるの?」
「まだ秘密だ。それに未完成だしな。完成したら見せてやろう。ところで、3週間の睡眠から覚めた気分はどうだ?」
「さッ……!? それもっと早く言ってほしかったなぁ!」
「それだけ話せるなら大丈夫なんだろうが、普通こうはならないと思うがな」
このように、意外と元気なリトスと少し疲れたようなクラヴィオの会話が続く中で、病室のドアがノックされる。
「おや。随分早い到着だな。……入れ」
「私だ! いやあ、待った甲斐が_____」
「リトス!!」
ドアが開き、笑顔で挨拶をするウリディンムの横をアウラが駆け抜け、その勢いのままリトスに抱き着く。
「えっ……!? ちょっと、急に……!」
「よかった……! また私は、大切な人を、失うって、そう思って……!」
僅かに震えるアウラは、しかし決して離してなるものかとばかりにリトスに強く抱き着いた。リトスは彼女の背を優しく撫でる。
「……ただいま。僕はこうして生きてる。だから、安心して」
「……クイック、じゃなかったウリディンム。いったん出るぞ」
「は? どういうことだよ」
「いいから行くぞ」
クラヴィオの言葉の意味がいまいちよくわかっていないウリディンムは、だが次の瞬間にはクラヴィオに引っ張られて病室を後にした。彼女が人間を深くまで理解するには、まだ長い時間が必要なようだ。
そして3日が経過し、ここはタンムズガーデンの中心にある『ディンギルス・ベースステーション』。ビルガメスと他国とを結ぶ超高速列車ディンギルスターの始発駅である。その前にある広場にはエアレー車の荷台の隣に立つリトス達3人と、それを見送るかのように対面するフラッグとウリディンムがいた。彼ら以外、そこにはいなかった。
「よし、荷物はそれで全てなんだな」
「うん。……長い間、本当にありがとう。エアレーたちの面倒も見てくれたんだよね」
荷台に繋がれた2頭のエアレーは力強く嘶く。黒い雨に打たれて弱り切っていた姿が嘘であるかのように、その姿は勇壮たるものだった。
「そうだ、これを」
「これは?」
フラッグがリトスにカードのようなものを渡す。それは流星と矢が象られた紋章が描かれた、夜空の色のカードだった。
「チケットだ。無期限乗車券に加え、ディンギルスターの特等車両の所有権も兼ねている。本当はこれ以上のものを進呈したかったが、取り急ぎ用意できるのはこれぐらいだった。それと、君たちが使っていたイナンナタワーの部屋の所有権は君たちに移しておいた。もし今後このメトロエヌマに立ち寄ることがあれば、そこを使ってくれ」
「私には何か無いのか? 一応私だって旅立つんだぞ?」
「お前には『それ』をやっただろう。それに旅の資金として1000万エルドと金庫にアクセスするための『キー』だってある。……まあ色々学びながらの旅にはそれだけあれば充分だろ」
不満を漏らすウリディンムの傍らには猟犬の意匠が施された、銀色の大型バイクがある。それは驚くほど自然に、傍らに立つウリディンムと調和してそこにあった。
「まあこの『タキオンハウンド』は私の相棒、いや私自身だ。なんせ私の機体をベースに作り出したスーパーマシンだからな。最高じゃねえか」
結局、ウリディンムは満足げにバイクの意匠に触れる。そういったところは、既に立派に人間らしくしているようだ。彼女の旅路は明るいだろう。少なくとも、今のところは。
「リトス、アウラ、クラヴィオ殿。君たちの車両の準備は完了している。アマツ国行きの超快速だ。エアレー車も格納できるものとなっているからな」
「何から何まで本当にありがとうございます! あの、またメトロエヌマに来ますから、その時はこの街のもっといいところを教えてくださいね!」
「もちろんだ! その時はこのビルガメスの長として、そして君たちの戦友として歓迎しよう!」
別れを惜しむ時間もいよいよ終わる。別れの後にある旅は、もうそこに迫っている。
「おっと、そろそろ時間だ! さあ行くがいい! では諸君! 良き旅を! 良き星を!!」
「ありがとう! また会おう!」
リトス達が荷台に乗り込むと、エアレーが歩き始める。向かう先はディンギルスター。新たな旅の始まりとなるそれは、もうすぐそこに迫っていた。
『まもなく、ディンギルス・ベースステーション発、アマツ国、ミカボシ都行き超快速列車が発車いたします。ご乗車の_____』
突如として構内アナウンスが響いたと思いきや、途切れる。こういったものに馴染みのないリトス達でさえ、違和感を覚えた。
「なんだ、故障か? まあ復興中だから、こういった不具合はまだ起きるか」
ここでクラヴィオが見解を述べる。状況的にもあり得るその推測は、しかし直後否定されることになる。
『不具合じゃないよ! ちょっと一旦ジャックさせてもらっただけだから!』
機械的なアナウンスの代わりに響いたのは少女の声。それはリトスにとっては、なじみ深いというどころのものではなかった。
「クサリク!?」
『リトス! 聞こえてる!? まあ聞こえてるよね! だって駅の中にいるんだもんね! それにウリディンム! まだ近くにいるんだよね! ちゃんと聞こえてるでしょ!? 悪いけどそっちの声は聞こえないから、一方的にしゃべらせてもらうよ!』
それはクサリクの言う通り、バイクにまたがり立ち去ろうとしていたウリディンムの耳にも届いていた。当然彼女も驚きを隠しきれない。
『こっちは、まあ色々大変だよ! 復興作業は忙しいし、管理AI達の再構築もある! でもそれはいいんだ! これだって私が選んだ旅路だから! だから、最後にこれだけ言わせて!!』
クサリクの声が次第に遠くなっていく。統括管理者たる彼女が末端へと干渉できる時間は限られている。それでも彼女にはどうしても伝えたい、いつか言いそびれていたことがあったのだ。
『リトス、アウラ、クラヴィオ! それにウリディンム! 良き旅を! 良き生を!! 貴方たちの旅路に、どうか栄光の星が輝きますように!!』
遠ざかる声の中、それだけはまるで静寂の中に落ちる落雷のように強く響いた。
『_____お客様は、第6ホームへお越しください。繰り返します……』
そして、駅は日常を取り戻す。迫る発車に向けてエアレー車は速度を早めて進んで行く。
「……お前にも、お前たちも。再び輝く星になれよ。……じゃあな。ビルガメス」
ウリディンムもタキオンハウンドを走らせる。風を切る銀色の猟犬は、果たしてこの先で何を見て、何を知るのだろうか。その答えを知る者はまだどこにもいない。しかし猟犬は、いつしかそれを知る唯一の存在となり得るのかもしれない。
駅の片隅、何かが動く。
「では行きましょうか。全ては聖域のために」
2つの影は、密やかに列車へ乗り込んだ。
第百二十七話、完了です。ついに、約2年をかけて進行してきたビルガメス編、完了です。旅の目的地へと列車は動き始め、旅はこれで軌道に乗りました。次回からは例によって列車での旅路を描いていこうと思います。少しだけ続きますので、どうかしばらくお付き合いください。では、また次回。
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