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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
ビルガメス編・再翔の星
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125.3つの旅路

旅とは何なのだろうか。旅に何を見出すのだろうか。その旅の本質とは、一体何なのだろうか。それを問うもすでに遅く、その答えを知る者はいなくなっていた。

「オール……ロスト……。システムアヌンナキ……、シャット……ダウン……」


消え入りそうなノイズ混じりの声は誰にも届かない。電脳の守護者はこうして消滅した。


「終わった……」


脱力感からかへたり込むリトス。そんな彼の前にクサリクが立った。


「いや、まだ終わってないよ。……最後の仕事が私には残ってる」


クサリクはそのまま柱へと進んでいく。宙に浮く柱へと続くように構成されていく階段は、まるで新たな主を出迎えているかのように真っ直ぐ続いていた。クサリクに続くようにウリディンムが、そして最後にリトスも階段を登る。


 階段を登り切った時にも、カウントダウンは進んでいない。ほぼ完全に停止したと言ってもいいメラムは、しかしその寸前で稼働していた。そしてその原因を、柱の元へと辿り着いたリトスたちは目にするのであった。


「……こうして直接会うのは、初めてだな。まさかアヌンナキを下すだなんて、これだから異分子は嫌いなんだ」


柱の麓には粗末な椅子が1脚。そこに座すのは両脚が崩壊した女性。リトスには見覚えがないその女性を、クサリクとウリディンムは知っていた。


「……ティアマト」

「……あの時停止したんじゃなかったのか」


ティアマト。ティフォンの肉体を掌握し、ウリディンムに撃破されたAIたちの母は、どういうわけか確かにここにいた。


「あれは私の……。いや、それは適切ではないな。私はティアマトのバックアップデータ。そして、『ビルガメス統括管理者』の権限そのものだ。安心しろ。私には他者を害する力も無ければ、抵抗する力も無い」


見ての通りな、と付け加えるティアマト、の残骸。彼女の言う通り、それは今にも消えてしまいそうなほどに脆弱だった。


「さて、クサリク。このまま行けばお前が私を引き継いで、新たな統括管理者となるわけだ」

「今更それを止めるつもり? 悪いけど私は……」

「私にそのような優しさが残っていると思うか? 継ぐかどうかを決めるのはお前自身だ」


ティアマトは上を見上げる。満点の星空は、激戦を経ても変わらずにそこにあった。


「見ろ。この空間は宇宙(そら)を、私がかつて望んだ場所を模している。管理者はこの空間に幽閉される。故にこのようにして、檻を飾る他無いのだ」


決して変わることなく、同じ様相で星空はあり続ける。それは、はるか昔からそうだった。


「管理者とはこういうことだ。ビルガメスの全てを掌握する中で、一生をビルガメスに幽閉される。かつては宇宙(そら)を目指し昇っていたこの私が、いつの間にか地下深くの虜囚となっていた。この絶望を、お前は背負えるか?」


ティアマトの問いにクサリクは答えられない。だがしばらくの沈黙の後、意を決してクサリクは答える。


「背負う。果ての見えない暗い道でも私は、私たちビルガメスは進み続ける。そしていつか、ビルガメスは再び空へ翔ぶ星になる。だからそれまで、貴女は眠っていて」


それは決して具体的とも論理的とも言えない、おおよそAIらしくない答えだった。そんな答えはしかし、ティアマトが知らぬ間に抱いていたものに響いていたのだった。


「……感情など、早いうちに消しておくべきだった」


ティアマトがクサリクに手をかざす。そこから溢れ出す光の粒子はクサリクへと取り込まれていき、それに反比例するかのようにティアマトの身体は透けてく。そしてそれが暫く続いたのちに、ティアマトの身体は光の粒子となって消えつつあった。


「……今、管理者権限をクサリクへと移行させた。あとは任せた。私の後継者。……そして、さよならだ。私の子たち」

「待って……!」


ティアマトの前に立っていたクサリクが手を伸ばす。だがその手がティアマトを掴むことはない。その時には既にティアマトは消え去り、クサリクは光の粒子の一欠片を掴むことしかできなかった。


「……さよなら。……お母さん」


掴んだ拳を握り締め、クサリクはそのまま柱へと近づき、触れる。そしてそのまま目を閉じた。


「……統括管理者、承認。超域殲滅兵器メラム、凍結開始」


クサリクの承認と共に、柱は凍りつき始める。それからしばらく経つ頃には、柱は完全に凍りついていた。そしてこの空間は、静寂に包まれる。


 クサリクは柱から手を離す。そしてそのまま、彼女は柱の麓にある椅子に腰掛けた。


「……終わったよ。メラムは停止した」

『ああ、確認した。……本当に、よくやってくれたな』


突如、この空間に男の声が響く。だがその正体は、ここにいる誰もが知っていた。


「この声……、オーフェクトか!?」

『ずっと見ていただけで悪かった。こちらから下手に干渉して、そなた達に妙な影響を与えては良くないと思ったのでな。だがメラムが停止した今、最後にやることがある』


姿もなく、声だけでここに存在しているオーフェクトは一息置くと、続ける。


『リトス、帰還準備だ。これより3次元への移行を開始する』

「そうだね。そういう話になっていたし」

『時間がかかるからな。……他人をデータ化するとこれが手間なのだ』


オーフェクトがため息をついたその瞬間、リトスの身体が分解され始める。それはティアマトのような光の粒子ではなく、0と1で構成されたデータの奔流だった。


「じゃあ、僕は先に行くよ。……クサリク。君がこれから先どうなるのか、何をするのか、僕には想像もつかないけど! 君なら大丈夫! ……また会おう! その時は_____」


リトスが言い終わる前に、彼はデータの奔流となって昇っていってしまった。ここに残されたのは、クサリクとウリディンムだけだ。


「……やっぱり、あの時に言っておくべきだったかな」

「何言ってんだ。お前らしくない」

「そうかな? ……そうかもね。……ああ、私はこれから独りぼっちなのかな」

「どうしたんだよ。今更後悔か?」

「……まあ、ティアマトの手前ああは言ったけどね。やっぱりちょっと……、すごく怖いかな」

「でもリトスは言ってたぜ。お前なら大丈夫だってな」

「そうかなぁ。ああ、自信無くなってきた」

「お前ってさ、前からそういうとこあったよな。明るく振る舞ってはいたけど、人間たちの見てない所ではこんな感じでさ」

「まるでウリディンムとは真逆だよね」

「なんだよそれ。バカにしてんのか?」

「いや全然。あの自信の無さを偽装してた意味はあんまり分からないけど、芯がしっかりしてるところは私の憧れてるところだよ」

「……お前そういうのはもっと前に言っとけよな」


クサリクとウリディンムの語らいは暫く続いた。この時間を噛み締めるかのように、その一瞬を刻みつけるかのように、それは続いていた。


「ここから帰ったらさ、私は旅に出ようと思うんだ。……どこに行けばいいかなんてわからないけどな」

「うん」

「……でも、時々ビルガメスには戻って来ようと思うんだ。その時には、ここにも顔を出すよ」

「本当? 嬉しいな。でも、貴女はそれでいいの?」

「例えここに戻ったとしても、私の旅は終わらない。それはお前も同じだろ?」

「……そうだね。私も、貴女も、道は違っても旅に出るんだ。その道が重なることだって、たまにはあるよね」

「そういうことだ。それに、私は『あの身体』で旅に出て、いろんなものを見るんだ」


不意に、ウリディンムがクサリクに背を向ける。まるでその顔を見せないように。


「……だからさ、私も行かなきゃな」


その直後、ウリディンムの前に光の扉が現れた。それは彼女が元の場所へと戻るための道。2人の別れと旅の始まりに続く道だった。ウリディンムはその扉に進む。


「ウリディンム! 約束だよ! また会おう!」


クサリクが叫ぶとウリディンムは立ち止まる。


「ああ! じゃあ、最後にこれだけ言わせてくれ!」


振り返ったウリディンム。その顔は、希望に満ちた笑顔だった。


「クサリク! 『良き旅を! 良き星を!』」


そして前へと向き直ったウリディンムは走り出す。彼女の背が見えなくなったその時、光の扉は粒子となって消えていった。


「……ウリディンムも、リトスも、言わせてくれないなんてずるいよ」


椅子に腰掛けるクサリクは苦笑しながらも、一筋の涙がその頬を伝っていたのだった。


第百二十五話、完了です。別れと、新たな旅の始まり。それは決して希望で満ちているものではありませんが、その果てに巨大なものがあると信じて、彼らは歩み出すのです。それではそろそろ、この国での旅の締めくくりをしなければなりませんね。では、また次回。

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