124.ドゥームズ・インパクト
前回までのあらすじ
アヌンナキとの最終決戦に挑むクサリクとウリディンム。アヌンナキへとダメージを与えることに成功したが、それでもアヌンナキは止まらない。2人が危機に瀕したその時、現れたのはギルタブリルとリトスだった。
2つの重圧が対峙する。片方はこの空間を支配する最後の守護者。もう片方は本来ここにいるはずのない人間の少年。彼がここにいる理由はともかくとして、これがメトロエヌマの、ひいてはビルガメス全体の運命を左右する最終決戦であることは語るまでもないだろう。
「ロスト『シャラ』『イルカルラ』『ネルガル』。シャットダウン『エンリル』。……ブートコンプリート『イシュクル』。ジェネレイト『エア』。システムアヌンナキ、ハイパーアウェイクニング。アンロック、エゴ」
突如としてアヌンナキの重圧が増す。その周囲に降り続ける雷の1つ1つは、守護者としての力を示しているかのように力強く、そして重かった。
「もしかしてこれって、結構まずい感じ!?」
「とってもね! 少なくともさっきまでの奴とは別物って考えた方がいいかも……!」
明らかに様子が変わったアヌンナキに最大限の警戒をするリトスたち。雷の勢いはそのままに、アヌンナキから突如としてノイズの激しい音が漏れ出した。
「……ふむ、想定通り。故にまずい」
「でもやるっきゃねえ!!」
ギルタブリルとウリディンムも各々の武器を構える。アヌンナキから発せられる音からは徐々にノイズが晴れていき、それは次第に言葉となっていった。
「……故に、反逆者は須らく滅びるべきである」
直後、一条の雷撃がリトス達へと襲来した。
「……ッ! 『蒼護壁』!!」
「『プロテクト』!!」
リトスとクサリクが咄嗟に展開した防壁が、雷撃より彼らを守った。だが雷撃を受け止めた2人は冷や汗を流して、思わず片膝を突く。
「クサリク! リトス!」
「行くぞ小娘。次は我らの番だ」
続いて、ウリディンムとギルタブリルが出る。
「我が使命はビルガメスの永久なる発展。果て無き偉大なる旅路」
「『撃犬重打』!!」
「『アクラブ』!」
ウリディンムは自身のアーマーを腕部に集中的に展開し、巨大な拳を形成する。一方ギルタブリルは刀を6つの刃が重なった形に変形させた。それらを、彼らはアヌンナキに叩き込もうとした。
「故に、その道は拓かれなければならない」
だがそれらはアヌンナキの直前で、まるで壁にぶつけたかのように止まってしまった。その見えない壁の向こう側にいるアヌンナキは、再び雷を迸らせている。
「……そんなのありかよ」
「……!」
目の前にある明らかな『消滅』を、いち早く察知したのはギルタブリルだった。彼は即座にウリディンムを蹴り飛ばすと、1人アヌンナキの前に立つ。蹴ったウリディンムには一目もくれずに、彼は刀を握る手に力を込めた。
「障害は排する」
そして再び、激しい雷撃が放たれる。
「お、おい! ギルタブリ、ル……」
雷撃の光が収まり、辺りは何事もなかったかのように元の景色となる。だがその雷撃の中心にいたギルタブリルは元の姿とは違っていた。その姿は不鮮明なものとなり、今にも消滅してしまいそうになっていた。だがそれでもなお、ギルタブリルの刀を握る手からは力が抜けていない。そして何より、その表情には一切の諦めも絶望も無かった。そしてそのまま、彼は刀を中段に構える。
「やはり、想定通りか! 『アンタレスグレーザー』!!』
声も次第にノイズ混じりとなっていく。今際の際で最後の力を振り絞り振るわれるその一撃は、アヌンナキの頭部に直撃する。その一撃はアヌンナキの頭部を大きく抉り、確実に動きを止めさせた。だが、これが限界だ。ギルタブリルは刀を振り抜いた姿勢のまま硬直し、徐々に姿を薄れさせていく。
『後は……、任せたぞ……!』
酷いノイズで判別し難く、しかし確かな意志を感じさせる言葉。それが、ギルタブリルが最期に残した言葉となった。未だ迸る雷と共にギルタブリルは僅かなノイズとなって消滅する。彼のいた場所には、刃の焼け焦げた刀が刺さっていた。
「あ、ああ……」
「そんな、ギルタブリルが……」
リトスとクサリクは戦慄する。もし先程の雷撃を防ぎ損ねていたら、全員が消滅していたのかもしれないということを想像したのだ。だがクサリクはそれ以上に、いとも簡単に同胞が消滅したその事実に絶望している。
「……リトス、クサリク」
そんな2人にウリディンムが近づく。その声は暗く、彼女もまたギルタブリルの消滅を目の当たりにして平常心を保っていられないようだった。だが、彼女は絶望していなかった。
「ギルタブリルのおかげで勝機が見えた。……勝ちに行くぞ」
展開した拳を元のアーマーに戻すと、ウリディンムは新たに武器を手にする。それは、焼き焦げながらも微かに雷を迸らせる異様な刀だった。
アヌンナキに相対する3人は、それぞれ武器を構えて攻撃の態勢を取る。それに対しウリディンムは頭が抉れたまま再び雷を迸らせる。しかし今回はそれだけではなかった。
「我は永久なる王国の守護者。異聞神話の英雄が如き不撓の存在」
炎が、氷が、水が、あらゆる事象がアヌンナキの周囲に集まり始め、それに影響されてかアヌンナキの周囲が歪み始めた。
「故に、再びの損傷は許されない」
全ての事象がアヌンナキの前に集まると、それは徐々にひとつとなっていく。
「クサリク! アレを止められるか!?」
「ダメ! クラックできない! そもそも捉えられないよ! 桁が違いすぎるんだ……!」
「まずい……! 全員回避だ!」
その異常事態を前にして、リトスたちはその対処に追われる。しかし、今回に関しては猶予など無かった。
「オールリペア、オールリブート。確実に排除する」
そしてひとつとなったその『万象』から、恒星球となった滅びが放たれた。それを前にして、リトスたちは相変わらず慌てているだけだった。そう、不自然なほどに、その動作を繰り返していた。
「今だ、出せ!」
「『コピー』編集! 再生成『マルチプロテクト』!!」
リトスたちの背後からウリディンムが飛び出す。それと同時にリトスたちの姿が即座に分解され、七色に光る障壁へと転じた。だがそれだけでは、万象の滅びを防ぐには至らない。
「リトス!!」
故にクサリクは叫ぶ。その叫びに反応するかのように、周囲に蒼が広がった。
「任せて」
その声の主は杖を2本構えるリトスだった。
少し前、アヌンナキがギルタブリルの一撃により動きを止めていた間に、リトスたちは策を練っていた。
「奴の攻撃中か攻撃直後を狙うぞ」
「……いや、簡単に言うけどさ、もうどうやって?」
疑問を口にするリトス。アヌンナキの攻撃を間近で防いだ彼だからこそ、その恐ろしさを知っていた。
「クサリク。私たちの姿を模したコピーを作れるか?」
「まあ、出来ないことはないけど……。まさかそれを囮にするんじゃないよね?」
「話が早いな。そのまさかだ」
ウリディンムの案に、クサリクはあまりいい顔をしていなかった。
「でもアヌンナキは姿を見ているわけじゃない。私たちの『データとしての重さ』を認識しているから姿だけ模しても意味はあんまり……」
「まあ聞けよ。そいつらはただの囮じゃない。もし奴が攻撃をしてきたら、そのコピーを障壁に作り変えるんだ。その瞬間に、私がコピーの後ろから攻撃をしに行く。お前たちはその攻撃をなんとか凌いでくれ。そのための障壁だ」
「やりたいことはわかった。でも攻撃、さっきの雷撃は僕とクサリクの2人でやっと止められたぐらい強力なものだった。多分次はあれ以上が来る。そうだとしたら2人がかりでも止めるのは難しいよ。持ってきた『データ天素』もちょっとしか残ってないし……」
不甲斐なさからか手にした蒼い塊を握る手に力が入るリトス。それは色が薄くなっており、あと少しで色を失ってしまいそうになっていた。その塊に、クサリクが手を伸ばした。
「……だったら、これのコピーも私が作るよ。ついでに私たちのコピーには一定の重さを付与しておく。そうすれば多少の誤魔化しは効くよ。その代わり、絶対に全員で生き残るよ」
クサリクは、蒼い塊を2つ手にしてそう言った。
リトスの周囲の蒼は濃くなり続け、それは紺になりかけている。
「リトス! これが精一杯! あとは、自分を信じて!!」
「ありがとう。これで充分だよ」
リトスが2本の杖で描くように、紺を制御し魔術を行使する。それは次第に巨大な壁となっていった。
「スクラ、リジェネラル。いつも以上の力を、僕に出させて!」
壁だけではない。更に形を変え、より重厚に、より堅牢に天素は変化する。そして、そこには紺色の巨大な城塞がそびえていた。
「これが僕のいつも以上! 『大守護城塞』だ!!」
紺色の城塞が七色の障壁と融合し、万象の滅びを受け止める。その事態にアヌンナキも僅かに反応を見せる。その隙を、逃さない者が1人いた。
「ガラ空きだぜ!!」
攻撃の隙をつきアヌンナキに接近していたウリディンムは、刀をアヌンナキの中心部へと振り抜いた。振られると同時に、刀からは雷が激しく迸る。
「『終局雷嵐』!!」
その一撃は、アヌンナキへと確かに命中した。激しい雷撃がアヌンナキへと放たれ、甚大なダメージは確実と思われた。
「……我が身、倒れることは許されず」
だがアヌンナキは左手でその一撃を掴んで止めていた。その左手がノイズ混じりとなり消えそうになっていながらも、それは確実に刀を掴んで離さない。
「……! まだ、終わってねえ!!」
その時、ウリディンムは目にする。アヌンナキの前になおも刺さり続けている刀のことを。ギルタブリルが確実なダメージを与えたその刀のことを。そこからは早かった。
「私に力を貸せ! ギルタブリル!!」
彼女は刀を抜くと、その短い刀身をアヌンナキの胴体の中央へと勢いよく突き立てた。それは致命的なダメージとまではいかなかった。それでも、抵抗する力を弱めるには充分だった。
「……我は、不撓なり!」
「だったら、私は全部を崩してやるよ!!」
二刀が振り抜かれる。胴を分断されたアヌンナキは、その断面からデータの破片を撒き散らしながら倒れていった。それにもう抵抗する力は残っていなかった。そう、『アヌンナキ本体』には。
「……おい、嘘だろ」
万象の滅びが止まっていなかったのだ。むしろ制御者を失ったそれは、この空間を崩壊させかねないかのように、勢いを増し続けていた。
「……ねえリトス。君だけでも逃げて」
「は……? 何を言ってるんだ! せっかくここまでやったのに、そんなこと……」
アヌンナキが倒れたこと、滅びが止まらないことを察したクサリクは、リトスにそう告げた。
「君は人間でしょ。人間として、こんな身体も残らないようなところで死んじゃダメだよ。生きて、旅を続けてよ。ほら、こういう時に言うことがあったよね。ああ、そうだ。『良き旅を、良き』_______」
「言わせないよ。それは、僕がこの街から出るときに言ってもらわなきゃ。だからまずは……」
そう言ってリトスは再び杖を構える。
「全員で生き残る!!」
その言葉に、その強い意志に呼応するかのように両方の杖の先端が光を放つ。それと同時に城塞は天素に分解され、それはリトスの杖へと集合する。
「『大守護城塞』編集! 降臨『極限月の擬神話剣』!!」
そしてリトスの杖は、2対の巨大な剣へと姿を変えていた。それをそのまま万象の滅びへとぶつけた。拮抗する双方。しかし滅びの力は強大であり、リトスは押されている様子だ。
「……!」
だが突如、雷鳴と共に滅びの力が僅かに弱まる。その音の方向には、刃が折れた刀を持つウリディンムがいた。
「やれ! リトス!!」
「……ありがとう。これで、終わりだ!!」
もうその双刃を止めるものはない。思い切り振り抜かれたそれは滅びを打ち返した。それが向かっていく先はただひとつ。
「破壊はできないだろうけど、止められるはず!」
その先にあったのは、光を放ちながらそびえ立つ巨大な柱。現実への滅びをもたらすメラムのシステムだった。柱は逃げも隠れもしない。故に、滅びはメラムに直撃した。その圧倒的な力を食らってもなお柱は崩れない。しかし放つ光は次第に弱まっていくと、いつしか背後の夜空と同化するかのような暗い色になったのだった。
一方こちらはメラムのカウントダウンが映るモニターの前。固唾を飲んで状況を見守っていたオーフェクトとフラッグは、突如として映し出された『致命的なエラー』の表示を見ていた。
「止まった……?」
「まさか、やりおったなリトス!」
警告音が鳴り続けるこの空間。モニターに映るエラー表示の後ろには、『99%』の表記が映ったまま、止まっていたのだった。
第124話、完了です。遂にアヌンナキを倒し、メラムの進行は停止しました。ですがまだ終わりではありません。無事に帰るまでが最終決戦なのです。というわけで次回は脱出編です。気長にお待ちください。それでは、また次回。
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