123.オールド・マスターピースブレインズ
AIたちは普段どのように過ごしているのか。そう問う技術者がいた。技術者にあるAIは答えた。
『本質としては、貴方たち人間と同じ』
技術者は理解を示した。だが本質として、その答えの完全な理解は最期の時までされなかった。
私が見ているものは、フラッグたちが見ているものと少し違う。いや、大体は同じなんだけれどね。でも私に見える全てはまるで偽物みたいで。偽物寄りの私が言うのもどうかと思うけど、人間風に言えばまるで全てが絵みたいに見えている。何年も一緒にいるフラッグや、街のみんなでさえも、私には虚像のようにしか見えなかった。……だから、なのかもしれない。私が今見ているものは、まるで……。
「何呆けてんだ! 集中しろ!!」
聞こえてきたウリディンムの怒号で、私は我に返る。このデータ上の空間に来たのにも関わらず、ウリディンムはアーマーを付けたクイックの姿をしている。
「しっかりしろクサリク! 敵を、『奴ら』を捉えろ!」
しっかりと、私は敵を捕捉する。今私が見るべきなのは、ただそれだけだ。そう、まるで彫像のような姿をした、最後の敵を。
「……」
一見すればそれは、何という特徴もない無機質なアバターだ。言うなれば、形状を少し調整しただけの初期アバターという感じだった。でも、それは明らかに異質だ。
「ごめんね……! でもこの『重さ』が信じられなくて、思わず現実逃避しちゃった……」
「……後にしろ、って言いたいとこだけどよ。……無理ねえよな。コイツは『桁違い』だ」
私たちの前にそびえる巨大な光の柱。圧倒的な『重さ』を感じるそれを超えるほどに、目の前の無機質なアバターからは『重さ』を感じた。
「リブート『シャマシュ』。システムアヌンナキ、ターゲットリジェクト、スタート」
「!!! 来る________」
アヌンナキが光を放ったその瞬間、ウリディンムが激しく吹き飛ぶ。そして気付けば、私の目の前にはアヌンナキが迫っていた。
「リブート『タンムズ』。システムアヌンナキ、ターゲットデリート、スタート」
「……! 『プロテクト』!!」
アヌンナキが放つ一撃を、私は咄嗟に防ぐ。その瞬間に私に伝わったのは、私の全てを抹消するという冷徹な意志そのもの。そして、防壁では防ぎきれなかった衝撃だった。
「プロテクトが……!」
「リスタート」
私の防壁は抹消されてしまった。だがアヌンナキは既に2発目の攻撃に移っている。これは、防げそうにない。だが……。
『させるか、よッ!!』
機械の猟犬が高速で接近し、アヌンナキに突進する。ウリディンムだ。
「ウリディンム! でも、その姿は……」
『やってみたら出来たんだ! これなら高速で動ける!』
ウリディンムのエンジン音が高鳴る。それを感じたと同時に、ウリディンムは高速で突進した。
「ターゲットロック。デリート、リスタート」
『やってみろやオラァ!!』
アヌンナキがノイズの塊を放つ。それは至極単純な、しかし私たちにとっては何よりも恐ろしい『削除』の力だった。だがそれを前にして、ウリディンムは怯まなかった。
「バーカ! それは『飾り』だ!」
ウリディンムの機械のアバターがノイズと共に削除される。だが直後、ウリディンムはアヌンナキの上にいた。
「『狂犬落星』!!」
放たれたのは強烈な蹴り。しかしそれはアヌンナキが生じさせた薄い障壁によって止められ、勢いを失ったウリディンムの右足をアヌンナキが掴んでいた。
「リブート『イナンナ』。システムアヌンナキ、アタックプロテクト」
「……バケモンかよ」
「デリート」
アヌンナキが掴むウリディンムの足が、ノイズと共に少しづつ崩壊を始めていた。私は咄嗟に手を伸ばす。未知の相手に、『これ』を使うのはリスクがある。でもそんなことを考えている場合じゃない!
「今助けるから! 『クラック』!」
アヌンナキが行使する『削除』の力に私は干渉し、破壊しようとする。だがその瞬間、私は理解した。そもそもの力量が、規格が違いすぎる。だが感じるこの違和感は、何なんだろう。私にできたのは削除を遅らせることだけだった。ここで、ウリディンムが動いた。
「……充分だ! 『駿犬速』!」
ウリディンムがもう片方の足でアヌンナキを蹴り抜き、その勢いのまま加速して脱出する。だが結果としてウリディンムの片足は削除されかけてしまっており、これでは移動に大きく支障が出てしまうだろう。
「ありがとうな、クサリク」
「でもウリディンム、その片足……」
「仕方ねえわな。でも油断した私の落ち度だ。アイツ絶対ぶちのめすけどな」
ウリディンムの片足はまるでモザイクがかかってしまっているかのように朧げになっており、明らかに『重さ』が落ちていることがわかる。
「ねえ、ウリディンム」
「皆まで言うな。私にもわかる」
私が口にしようとした違和感の正体には、ウリディンムも気付いているらしい。
「アイツの弱点、突きに行くぞ」
そう言ったウリディンムの手には、破核棍が握られていた。
消されかけた片足で何とか立ちながら、ウリディンムは最大限に加速して破核棍を振りかぶる。ウリディンム自身の全てを賭けた、最大の攻撃だ。
「『魔犬終星・弥終』!!」
「アタックプロテクト」
攻撃を視認し、アヌンナキが薄く、しかし堅牢な防壁を展開した。だが瞬間、ウリディンムが叫ぶ。
「今だ! やれ!」
「『クラック』!!」
その言葉を待っていた。私はアヌンナキの防壁に干渉した。先ほどと同じように、凄まじい『重さ』を感じる。だが、今もある。先ほど感じた違和感、それも先程以上に明確に感じられた。ここで私は先程の会話を思い出す。
「いいか、作戦はこうだ。私がアイツに渾身の一撃を叩き込む。するとアイツはさっきみたいに防いでくるだろうな。そこでお前の出番だ。アイツの防壁に干渉して『破壊』してくれ。間接的に作用した『タンムズ』の力でもあれだけ弱められたんだ。『イナンナ』なら完全破壊も可能なはずだ」
「私たちが管理していた場所についていた『名前』。まさか私たちの『先代』のものだったなんてね」
「ティアマトはそいつらを元にして私たちを生み出したってことだな」
シャマシュ、タンムズ、そしてイナンナ。私たちの前に在って、ビルガメスの始まりを作り上げた偉大な『先輩』達。彼らのことを私たちは知らない。あくまで象徴として、その名を聞いていただけだった。だが目の前で力だけを行使される彼らが、正しい形であるはずもない。そして今のビルガメスを脅かす彼らを、私たちは止めなければならない。過去を現在を、そして未来を守るために。
「『クラックコンプリート』! 行け! ウリディンム!!」
「これで、終わりだ!!」
アヌンナキを守る防壁が消える。もう何も守るものは存在しない。ウリディンムの一撃は、アヌンナキの胴体にクリーンヒットした。そのままウリディンムは、アヌンナキの背後まで加速していった。そこで、膝から崩れる。
「はあ、はあ……。やって、やったぜ……!」
「すごいよ! やったねウリディンム!」
アヌンナキの胴体は大きく抉れている。間違いない。ダメージは大きい。しかしアヌンナキは変わらず立ち続けている。
「『イナンナ』、『タンムズ』ロスト。リブート『エンリル』。システムアヌンナキ、アウェイクニング……。リミットブレイク」
突如として突風が吹き荒れると、アヌンナキの『重さ』が急激に増す。これはまだ終わっていない。むしろここからがアヌンナキの本気なんだ。
「リブート、『シャラ』『イルカルラ』『ネルガル』。システムアンロック『イシュクル』。システムアヌンナキ、エクスティンクション、スタンバイ」
アヌンナキの『重さ』の増加は止まらない。これを放置すればこの空間が、ビルガメスの根幹を担うネットワークの全てが消滅してしまう。それだけは、嫌でも理解できた。
「……聞いたかよ。『絶滅』だってよ。……ふざけてやがるな。これがビルガメスの末路かよ」
「まだ、まだ終わらせるわけにはいかない!」
そう、諦められない。諦めちゃいけない。だが現実は非情なもので、目の前の『絶滅』は迫りつつあった。
「エクスティンクション、スタンバイコンプリート。……スタート」
そして『絶滅』が告げられた。アヌンナキの頭上に黒い大渦が生み出される。それこそが『絶滅』の力なのだろう。何てわかりやすいんだ。そして『絶滅』が行使されようとした、その瞬間だった。
「させぬ。『イクリール』」
「『メガトン・ネオストライク』!!」
突如として、針のようなものが伸びてアヌンナキを貫く。その後に私が見たのは、巨大な蒼い拳がアヌンナキを殴り飛ばす光景だった。そして私たちの前に2人が現れる。
「我が力にて『シャマシュ』を破壊した。これで絶滅などというふざけた結末は永久に訪れぬ」
「お前、どうしてここにいるんだ……」
「貴様、ウリディンムの小娘か。なぜクイックの姿をしている」
「いろいろ言いたいことはあるけどよ、お前じゃねえ!」
そうだ。ウリディンムが言うのも無理はない。着流し姿に、サソリの尾のような後ろ髪。そして手にしているのは短い刀。その姿は紛れもなく、シャマシュリアクターの管理者であるギルタブリルのものだ。だがそれ以上に異質な存在がその横にいた。
「リトス!? どうして君が……!」
「話はあとにしよう。もう90%までカウントダウンが進んでいるんだ」
そう言ったリトスは長い杖と短い杖の2本を構えて、アヌンナキに立ちふさがる。そんなリトスからは、ただならない『重さ』を感じた。
第百二十三話、完了です。本当に本当の最終決戦。ビルガメスの過去、現在、未来を守るための戦いが激化しています。この戦いの結末は、次回をお待ちください。では、また次回。
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