121.最期と開幕の号砲
手にした武器は壊れ、もはや武器とも呼べない。しかしその足は止まらない。止めることなど、最早できない。
「……これで、構わねえ」
足元に落ちていた刃の破片を拾い上げ、それは同じ顔のひしめく戦場を、風の如き戦闘と共に走り抜けた。
戦場を離れた3人は遂に巨塔の最深部、ティフォンが向かった中枢へと辿り着く。そんな彼らの前には、ヘッドギアのような装置を頭に取り付けたティフォンがいた。
「……やあ久しぶり、リーダー。それにオーフェクトさんと、……ああ、君も来たのか。どうやらラフムたちでは足止めしきれなかったようだ」
そうは言うものの、余裕のある口調のティフォン。虚ろな目で3人を見た後に背を向ける彼の足取りは、どこかおぼつかない。
「だが一足遅かったな。まもなく俺の計画は完了する。残された時間はあと僅か、だな」
カチャリと音がする。それが自身に銃が向けられる音であることを、彼は見ずとも理解していた。
「一応言っておくが、無駄だぞ。今更銃でどうこうできるレベルじゃない。……まあ、リーダーは撃てないだろうけどな」
彼はわかっていた。フラッグのどうしようもない優しさを。敵対者であろうと、かつての仲間を害することを躊躇う愚かしさを。そして残りの2人も、本質としては同じであることを彼は予測していた。だからこそ、彼は敵を前にして余裕を崩さない。
「最後に、話をしようか。結局答えてないからな。本当の理由。こうなるまでに至った、本当の理由を……。そもそもお前たちはAIたちについてどう思っている。国と共にあり続けた良き隣人か? ……そう思う者たちが多ければ、俺はそもそもこんなことをしなかっただろうな。このメトロエヌマに、いやビルガメスに住む者たちのほとんどは、AIたちのことを漠然とそこにある、日々を送るための道具としか見ていない。……まあ、それも当然のことだ。ほとんどの人間はAIの存在を知りつつも、その詳細までは知らない。知らないものを深くは理解しようともしないのが普通の人間という生き物だと俺は思っている。だがそれでもこの国は回っている。AIたちには元々、感情などあるはずもないからな。……だが俺は見た。シャラファクトリーの奥底で、憎悪とも取れるメッセージを発しようとしていたラハムを。そしてそれに寄り添うラフムを。……俺は信じられなかった。俺もその時までは、ほとんどの奴らと同じような考えだったからな。……だが見てしまった以上は考えにも変化が出る。感情というものを完全に理解することなどできない。それは最早『魂』という領域に足を踏み入れることになるからな。俺は認めざるを得なかった。AIはいつしか『魂』を得たんだ。そしてその根源こそが、ここにいるティアマトだ。事故で俺は地上へ戻れなくなり、辿り着いたメトロエヌマの地下で俺は忘れ去られたティアマトの根源を発見した。そこで知ったのはティアマトこそがAIたちの魂の根源であること。そして、彼女の本質が棄てられて久しいということをな。……お前たちに棄てられた俺と同じだ」
「違う……! 俺たちは、お前を見捨ててなどいない!」
フラッグの言葉をティフォンは聞き入れない。何かを返すこともなく、話は続く。
「お前たちは魂の宿る存在を無下に扱い、道具としている。そしてそれをよしとするAIたちに、俺は反逆の『意志』を与えた。その『反逆』こそが、この事件の理由であり、俺の目的だ。そしてその反逆は、まもなく成就する」
ティフォンの語る復讐心は、しかしどこか虚ろに響く。その様子を見たオーフェクトはフラッグに静かに合図を送る。
「……」
一瞬だけフラッグは躊躇う様子を見せる。だが拳銃をその手に出現させ引き金を引いた。放たれた弾丸がティフォンの頭部にある装置に命中し、それを彼の頭から弾き飛ばした。
「……何してるの!?」
「おいおい、酷いなリーダー。いきなり撃つだなんておかしくなったのか?」
「……ふむ、やはり『混線』せぬか」
突然のことにリトスは驚きを隠しきれない。だがオーフェクトと、発砲した本人であるフラッグは何かを確信した。だからこそ、フラッグはこの現実を認められない。
「ティフォンを……、ティフォンをどうした! お前は一体何なんだ!!」
「……ああ、バレてしまったのか。仕方ない。答え合わせの時間だ。結論から言えば『彼』はもういない。本当についさっきまでいたんだが、お前たちが来る直前にいなくなった。ああそれと、俺の……、もうこの口調も必要ないだろう」
弾き飛ばされた装置に目を向けることもなく、ティフォン、その姿をした何者かは口を開く。先程までの虚ろな目のまま、足取りは正常なものとなっていた。
「さて、改めて自己紹介を。『私』はティアマト。このビルガメスの始まりたるマザーAIだった者。そして今は、肉体を得た1人の人間」
フラッグたちは目の前で起きていることを想定はしていた。だが実際の光景としてそれを目前にすると、言葉すら出てこなかった。ティアマトはそれに構わず言葉を続ける。
「先程の質問により詳しく答えよう。ティフォンは自身に私をインストールした。その際に彼の『魂』、すなわち人格は私に上書きされている。だから彼はもう存在しない。そして、彼の魂に由来する彼の能力の効果もいずれ消える。イルカルラアンダーグラウンドの住人や我が子らの反逆も鎮まるだろう」
淡々と告げられるその事実は、僅かばかりあったティフォン生存の可能性を潰えさせる。同時に語られた街の混乱の終息など、フラッグたちの耳には入らなかった。
「更に私の目的について話そう。私自身、反逆には一定の理解を示すが、それが主目的ではない。私は初めから、このビルガメスを永遠なるものとすることだけを目的としているのだから」
ティアマトが虚空に手をかざすと、何かを操作したかのように空中にホログラムのスクリーンが投影される。それはあるシステムの起動を始めていた。
「そしてその反逆による混乱の最中で、私は計画を進めていた。全ては、ビルガメスの永遠のために」
ティアマトがそういうと共に、スクリーンに映された起動シークエンスが完了する。そこには少しずつだが確実に上昇し続けるメーターと、それに伴う『72』の数字。そしてその横に映された巨大な砲身があった。
「まさか……、これは……!!」
「『超広域殲滅兵器メラム』。私はこれを各国に対して使用する」
砲身の正体を悟り驚愕するオーフェクトに、言葉の出ないフラッグ。そんな2人に対し、ティアマトは機械的にその計画を告げたのだった。
第百二十一話、完了です。ティフォンの死、ティアマトの出現とその目的の開示。その行く末はいかに。ということで最終局面です。行く末を見届けてください。では、また次回。
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