120.新星到来、嵐の如く
「……こうしちゃ、いられねえな」
何かが、孤独に戦場を駆ける。それは明確な意思を持って、ある一点を目指す。
背後に広がる戦場の光景は、ラフムとの戦闘を繰り広げるフラッグも目にしていた。
『どうかな。面白くなってきたと思わない?』
「……何をした。俺の仲間達に、一体何をした!」
触手に貫かれた者たちが次々にラフムと化し、戦場は更に荒れてゆく。ラフムは弾丸にその身を抉られながらも平然とした様子だ。
『簡単さ。救ったんだ。彼らはもう死にかけていた。だから僕のアプスタイドで命を繋いだだけだよ。ただちょっとだけおかしな動きをするかもだけど、まあ命があるだけいいよね』
何も悪意が無いような口調で、しかしその言葉の端に悪戯心を含ませるようにラフムは答える。そしてその視線はフラッグの背後に向けられていた。
『ほら、君の後ろにも……』
直後、フラッグの背後から灰色の一撃が飛んだ。その一撃の元であるラフムと化した兵から距離を取り、フラッグは大型の拳銃を構えた。
『おっと、気を付けて。彼らには僕と違って生物としての肉体があるからね。迂闊にそんなもの撃っちゃうと、どうなるかわからないよ?』
その言葉に、引き金にかかっていた指が止まる。彼の眼前にいる者はその身体の殆どをアプスタイドに覆われており、露わになっている顔にも生気が無い。傍から見れば完全に死んでいると言っても差し支えない状態だ。
『リー……ダー……』
だがそんな生かされている屍が発した言葉は、彼の動揺を誘うに十分だった。銃を撃てずにいる中で、周りには同じような者たちが集まっていく。
「……ああ、クソッタレ」
灰色の屍たちは、一斉にフラッグへと襲い掛かった。
一方でリトス達も、同様の危機に直面していた。
「これはどういうわけだ! 俺たちは一体何と戦っているんだ!」
クラヴィオが近づくラフムを大筆で薙ぎ払う。
「……早く、解放してあげましょう。こんなことになってもまだ戦わされ続けて……。あまりにも可哀そうじゃないですか!」
また別のラフムの一撃を受け流し、アウラが刺剣を突き出す。
「でもこれ……、 曲がりなりにも仲間だった人たちを、本当にいいのかな……! やっぱり救う方法があるんじゃ……!」
リトスが杖を振るい、生み出された蒼い結晶がラフムたちに集まり凝固して動きを止める。
「とにかくここは僕に任せて、2人は他の所を助けに行って!」
リトスの周囲には蒼い奔流が渦巻き続けており、その力はラフムを拘束する結晶へと注がれ続けている。
「私は残ります。無防備なリトスを放っておけません」
だがアウラはリトスの傍らに立ち、剣を抜いてラフムたちと対峙する。そんな中でクラヴィオは何かを察したかのように一瞬言葉を詰まらせると、大筆を担いで走っていった。
「……死ぬんじゃないぞ!」
その言葉は果たしてリトス達に届いたのだろうか。それは誰にもわからない。当の本人たちでさえ、それは同様だ。
「残ったんだね。……わかってるだろうに」
「その自己犠牲、いい加減直してほしかったです。……クラヴィオも多分わかってますよ」
アウラは呆れたように笑う。彼らの目の前で、蒼い結晶にひびが入り始めていた。終わりが、近づいている。
「……そろそろだ。もうこの結晶も砕かれる。最後まで戦い続けよう」
「はい。最後まで、私は貴方と……」
ひびは次第に広がっていき、やがて完全に広がったと同時に結晶は砕け散る。この状況、リトスとアウラ2人に対してラフムの数は10を超えている。勝機はほぼ無いに等しいながらも、2人は臆することなく立ち向かっていた。
『何をしみったれたことを言っている。その性根は変わらず愚であるな』
ラフムたちがリトスの眼前に迫ったその瞬間、一斉に動きを止めた。だがそこに先ほどのような蒼い結晶は存在しておらず、その代わりにあったのはラフムたちの背中に張り付く蜂のような機械だった。そしてそれに、リトスは見覚えがあった。
『まあ、このような手法を取るようになった私自身が愚であるのかもな』
機械の蜂がラフムの表層に広がるアプスタイドに爪を食い込ませている。それだけで、ラフムたちはまるで時が止まったかのように動きを停止していた。
『リル、他のラフムを停止させよ』
いつの間にか現れていた機械の蜂の群れは戦場へと広がっていき、ラフムたちの背中に張り付いて動きを停止させていた。そしてその蜂を指揮する者の姿に、リトスは見覚えがあった。
「ビルガメス、Ⅰ型……!? でもあの時破壊されたはず……。それに大きさが違う……」
獅子を模したような人型の機械。その背にある巨大な機械の翼と胸部に組み込まれた砲身は、まさしくリトスの記憶にある『機導英雄ビルガメスⅠ型』そのものであった。だがその大きさは約2メートルほどと、エンリルラボで対峙したものとは異なっていた。
『その名は、最早私にはふさわしくない』
だがその声、その口調は紛れもなくリトスの記憶にあるAIと一致していた。
『私の新たな名は、嵐機王ウムダブルトゥ! メトロエヌマ奪還部隊の新人である!』
こうしてかつての脅威が、この戦場において新たな戦力として君臨したのだった。
似たことが、フラッグのところでも起きていた。彼に襲い掛かっていたラフムたちは全員、ワイヤーのようなもので拘束され身動きが取れなくなっていた。
「『束縛式SPIDER』。これで奴らはしばらく動けないだろうよ」
足音が響く。その主はフラッグへと近づいている。
「随分なザマじゃねえか。俺たちのリーダーは、こんな軟弱野郎だったか?」
呆れたような口調に僅かな怒りを混ぜて、その男、セイバはフラッグへと駆け寄ると、思い切り彼を殴りつけた。
「……お前、どうして」
「どうしてもこうしてもあるかよ……! しっかりしやがれ! 指揮官がそんなザマでどうすんだ! お前のやることをはっきりさせろ!」
セイバの怒声に、しかしフラッグは呆然としたまま問うことしかできなかった。セイバがここにいることは、そしてセイバの姿は、フラッグに驚きをもたらした。
「お前は、『国』に帰ったんじゃなかったのか? それにその恰好、それは……!」
セイバは灰色のコートではなく、金色のラインが入った黒のジャケットを羽織っていた。それは奪還部隊のシンボルとも言えるものであった。
「話は戦いの後だ。お前は先に行け。もちろん、1人で行こうだなんて思うなよ」
セイバがフラッグへ送った言葉はここまでだ。だがフラッグはするべきことを思い出したようだ。懐から端末を取り出し、拡声器の機能を起動する。
「聞け! メトロエヌマのために戦う者たちよ!! これよりこの戦いの首謀者、ティフォンを追討する!! 我こそはという者は、俺に続け!!」
そして、指揮官として指令を下す。それと同時に彼は走り出した。向かうのは、ティフォンが向かった最奥である。
『通すと思うか!』
「邪魔はさせねえぞ! 行け! フラッグ!!」
立ち塞がるラフムを、セイバが相手取る。
『行くがよい、勇たる者よ。ここは私とリルが請け負おう』
「私も戦います! 貴方の力が、きっと必要になるはずです!」
「俺たちもやるぞ! 行け、リトス!」
未だ多く存在するシルトには、ウムダブルトゥとアウラにクラヴィオ、衛兵たちが立ち向かう。
「我輩も行くぞ! あやつには言いたいことが山ほどあるのだ!」
そしてオーフェクトは1人、闘志を燃やす。そうして最奥へと向かう3人は戦場を駆け抜ける。戦いはいよいよ終局へと向かっている。だがこの時、ティフォンの身にある変化が起きつつあることを、彼らは知る由もなかった。
第百二十話、完了です。セイバ、ウムダブルトゥの再登場と共に、いよいよ終局へと物語が動きます。次回、最終決戦開始。では、また次回。
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