119.『ヒト』たるモノたちの戦場
ムシュマヘとクイックの戦いに決着がつくと同時、もう1つの戦場でも動きがあった……。
クイックとムシュマヘの戦いに決着が着いたのとほぼ同時刻。何かを感じ取ったかのように動きを一瞬だけ止めたラフム。後ろには、ティフォンが進んだ塔の奥へと続く道がある。ラフムはそこから戦場を見渡していた。
(ムシュマヘが停止したか。アプスタイドを多く割いたにしては期待外れもいいところだな。……そろそろ手を加えて戦況を変えるか)
「よそ見か? ずいぶん余裕だな」
ラフムの見せた一瞬の隙が見逃されるはずもない。飛んできた弾丸の雨をラフムはもろに浴びることになった。だがラフムの身体に当たった弾丸は液体を通り抜けるかのようにそのまま飛んでいき、ラフムの身体には一切の損傷は見られない。弾丸を撃ち尽くした短機関銃を下ろすフラッグが、ラフムに対峙していた。
『ちょっとね。それよりも、まさかトップ自ら戦場に出てくるなんて、何を考えてるのかな』
「この先に用がある。通してもらおうか」
手にしていた短機関銃を放り投げると、フラッグは次の瞬間には散弾銃を手にしていた。そして間髪入れずにラフムに向けて連射する。
『だから効かないって。わかんないかな』
分厚い装甲すら損傷させる強力な弾幕を真正面から食らい、アプスタイドを血肉のように飛び散らせてなお、ラフムは平然と立っていた。
「……報告を受けたとおりの、インチキじみた特性だ」
弾が尽きた散弾銃を放り投げ、新たに散弾銃を手にし再び連射する。だがいつまでも弾丸を浴び続けるラフムではない。飛び散るアプスタイドは宙で浮いたままだ。
『……いい加減しつこいよ。鬱陶しい!』
浮遊するアプスタイドの雫が突如棘のようになり、一斉にフラッグへと襲い掛かる。一瞬にも満たない棘の攻撃。それはフラッグを貫通し彼の背後の地面に突き刺さった。
『呆気ないものだね。これが一国の主の最期だなんて』
「そう思っているお前は随分とおめでたいな」
銃声と共に、嘲るような表情のラフムの顔が弾け飛ぶ。フラッグの身体を貫通していたように見えていた棘は奇妙なことに突き刺さる直前で途切れ、その続きは彼の背後から伸びていた。大口径の拳銃を構えているフラッグには傷が1つも無い。
『そっちも大概インチキじゃないか!』
「悪いが俺もぶっつけ本番だ。長年の勘も頼りになるものだな」
憤りながらもラフムは頭部を再構築する。そんなラフムをよそに、フラッグは能力の行使を試みる。
(……やはり奥へは飛べないか)
しかしフラッグの望む結果は訪れない。それを理解したと同時に、彼は両手に散弾銃を持ち、2つの銃口をラフムに向けた。
「お前への決定打は無いが、お前をあちらへ合流させるわけには行かないからな。俺の『武器庫』が空になるまで付き合ってもらおうか」
銃を構え堂々と立つフラッグ。その姿には一切の恐れはなく、彼自身が歴戦の強者であることを示すには十分だった。そんな彼を前にして、ラフムは何かを閃いたかのように口角を上げる。
『……そうだ。ちょっと面白いことしてみようか』
ラフムが触手を形成し、戦場に倒れ伏す兵を貫く。兵たちはまだ辛うじて息があったようで、僅かに息を漏らす音がフラッグの耳に入った。
「ッ! 何をしている!!」
『僕も憂さ晴らしをしたい気分なんだ。これも人間らしい感情だろう? ちょっとはすっきりしたかもね』
嗜虐の笑みを浮かべながら、ラフムは触手で兵たちを嬲り続ける。
「この外道が!」
フラッグが散弾銃を触手に向け発砲する。触手は千切れてラフムの制御を離れ、力が抜けたように落下した。
『残念。もっと遊べたのに』
「足止め程度じゃ俺の気が収まらん……! スクラップに……、鉄屑だ!!」
『まあいいさ。いずれ僕の仲間がやって来る。倒せるのならまとめて倒してみろよ!』
フラッグが巨大な機関銃を取り出し構える。ラフムはそれに対しアプスタイドのブレードを二刀に構え、挑発するように叫ぶのだった。
一方こちらはシルトと人間たちの戦場。銃弾が飛び交うこの戦場にて、鮮やかな軌跡がシルトの群れを薙ぎ払う。それに続くように走った炎が、追従するシルトに直撃した。
「久しぶりの戦いだ。気合入れて行くぞ!」
大筆を構えるクラヴィオの背後にシルトが数体迫る。今にもクラヴィオを仕留めんとするシルトの一撃は、突如として出現した蒼い障壁に阻まれる。そして体勢を崩したシルトに銀閃が走る。直後、シルトは火花を散らして倒れた。
「病み上がりなんだから無理はしちゃダメだって!」
「だから私たちがサポートします! 一緒に戦いましょう!」
クラヴィオ、リトス、アウラが背中を合わせて無数のシルトと対峙する。この戦場には多くの戦いがある。通常よりも強力なシルトは兵たちを次々に戦闘不能にし、また兵たちも負けることなくシルトを破壊している。
「な……! どうして、ここに____」
「やめろ……! 来るな! 来る_____」
「何なんだ……! 何なんだお前は_____」
だが戦場の各所で、兵たちが次々と倒れていく。皆何かに驚愕し、恐怖した様子で命を狩られていった。だがその破壊はシルトにも及んでいた。シルトの群れを一直線上に破壊していくそれは、やがてリトス達の下へと現れた。
「危ない!」
シルトの群れを切り裂き突如現れたその存在に対し、リトスは咄嗟に障壁を展開し攻撃を受け止める。だがその一撃はシルトのそれとは比べ物にならない程重く、思わずリトスは体勢を崩してしまった。距離を取り再び構えるそれを目にしたアウラは、一瞬の驚きの後に武器を強く握る。
「何てことを……!」
「……」
アウラの目の前に現れたその存在。それはラフムに瓜二つであり、ラフムが構えていたのと同じ武装をしている。だがその身体の一部には、リジェクトパレスの衛兵と同じ意匠の防具が、更に頭部には、生気を無くした人間の顔そのものだったのだ。
『面白い、だろ?』
「もう、何も言わないで」
生気のない顔のまま、口だけが動きラフムの声混じりで言葉を紡ぐ。アウラはもう、怒りすら抱くことを放棄していた。
第百十九話、完了です。今回から始まるのはもう1つの戦場での戦い。ラフム率いるシルトの軍勢と、フラッグ率いるメトロエヌマ奪還部隊の戦いです。ですがその戦いの中に、異質な存在が紛れ込んだようです。この戦いは何処に向かっていくのでしょうか。次回をお待ちください。では、また次回。
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