表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
ビルガメス編・再翔の星
134/151

118.狩猟戦線【そして風が吹く】

オブリヴィジョン人物録vol.14


クイック

性別:女

出身:ビルガメス、ニューバビロン

年齢:不明

肩書:ビルガメス統治局治安維持部隊隊長(元)、メトロエヌマ奪還部隊行動隊長

能力:ニューシフトの変鏡(へんきょう)(一定以上の速度を持つ存在と位置を入れ替える。その時にその存在が有していた運動エネルギーを得て、その方向に加速する。エネルギーの向きを変えることもできるが、難易度は高い)

好き:高速、仲間、肉

嫌い:不完全燃焼


メトロエヌマ奪還部隊の行動隊長。セイバに並ぶ実力の持ち主であり、リトス達がビルガメスに来る少し前に、当時敵だったウリディンムを単身で鎮圧した。ビルガメス史上最悪の事件である『ニューバビロン事変』にてたった1人でナイトコールズの群れと戦い、生き延びた。その時負った口元の大きな傷から、いつしか『猟犬』と呼ばれるようになった。愛用している猟犬を模した口元を隠すマスクは、後に自身で用意したものである。

「出来たぞ。これがお前さんの刀だ」


刀が投げ渡される。鞘から抜くと、白銀の刃がアタシの目に映る。こんな感じの武器を手にするのは初めてだが、不思議とテンションが上がってくる。


「しかしお前さんは見る目がある。つまらん刀を打つアイツらではなく、初めから俺に依頼をするとはな。まったく、よその奴らはまだしも里の者どもすら俺の才に気付かんとは……。まあ無駄話はここまでにするか。要望通りの造りにはしてあるが、お前さんどういうつもりでこうしようとしたんだ? これじゃあとても……」


目の前にいる鍛冶師の言葉をアタシは遮る。確かに注文は変わっている。正気を疑われるのも無理はない。でも、そんなこと自分自身が一番わかっている。


「限界を試したいんだ」

「まあ俺がとやかく言っても仕方ない。俺はただ全力で仕上げた刀を託すのみ。別れは名残惜しいが、刀は戦いで振るわれてこそだ。刀鍛冶の手元に居続けるよりは遥かにいいはずだからな。……もう行くのか。まあ待て。最後にこの刀に名を与えてやらんとな。どんなものでも、真に名を得た時に力を持つもんだ。そう里の爺様が言っていたな。その爺様もそのまた爺様の……。とにかく昔からそう言われている。薄く堅牢に、そして鋭く仕上げた刃。風の如きお前さんが持つにふさわしいこの逸品に与える名は、そうだな……」


去ろうとしたアタシを鍛冶師が呼び止める。名前というものにこだわったことなんて、これまであっただろうか。アタシのこの名前だって、どこの誰が付けたのかもわからない。


「よし、『神疾風(かみはやて)』だ。お前さんがこの刀を振るう時、その名を思い出せ」


それは遠い記憶。アタシがまだ『猟犬』と呼ばれるよりも前のことだ。それが猟犬の『牙』となることなど、この時のアタシは思いもしなかった。


 刀を構えるクイックに対し、ムシュマヘは妙なものを見るような様子だ。


『この期に及んでそれとはな。刀如きで儂を狩れるとでも?』

「これだけじゃ、ねえよ」


クイックが懐に手を入れる。そして取り出したのは楕円形の機械と1つのカセットだった。その重さを受け止めながら、彼女はカセットを機械に挿入する。


「力貸せよウリディンム。……そろそろ暴れたいだろ」


カセットの挿入と共に機械が蜘蛛の足のように展開する。彼女はそれを躊躇無く、自身の胸部に押し当てた。


「ッ!?」


その瞬間クイックが苦悶の表情を浮かべ、展開した機械が彼女の身体を覆っていく。機械がもたらす負荷はクイックを蝕み、彼女はそれでも倒れることなく耐え続けている。


「良い暴れっぷりじゃねえか……! でもそれは『あっち』に、ぶつけやがれッ!!」


機械から展開された黒いスーツは全身を覆い、その上から白いアーマーが形成されていく。そしてアーマーの形成が顔に達しようとしたその時、彼女の意識は深層へと沈んでいくのだった。その刹那、彼女の瞳に白銀の光が宿ったことに気付いた者は誰もいなかった。


 不規則にブロックが動き、足場が崩壊を始めている。つい最近見たはずのよく似た光景が妙に懐かしい。アタシはすぐにニューシフトを探し始める。


「……クイック」

『よう、クソ野郎』


幸いニューシフトはすぐに見つかった。だがその横にいる機械の犬耳が付いた少女は一度見た覚えがある、しかしこの場にいるわけが無いものだった。


「……どうしてテメェまでここにいる」

「それは僕も知りたいよ……。さっき勝手に入り込んできたんだ」


その少女、ウリディンムがここにいることはニューシフトにとっても予期できなかったことらしい。そんなアタシたちなどお構いなく、ウリディンムはアタシに近づいてくる。

『お前、アレを使ったよな』


そして開口一番、こう言った。


「アレって、あの強化外装とやらか?」

『それだけじゃねえ。アプスタイドも、使ったよな』


言われたことについて、思い出すのに一瞬だが時間を使ってしまった。そういえばファクトリーでの戦いでアプスタイドを取り込んだな。それによって最後は辛うじて勝利した。でもそれが今の状況と何の関係があるんだろうか。


『その様子じゃ理解できてないみたいだな。まああの時の量だけならこんなことにはならなかっただろうな。でもさっき、ムシュマヘに刺されたよな。その時にまた新しいアプスタイドが取り込まれた。あの時の【屈服させた】アプスタイドと違ってアレはまだ生きている。……お前の身体は機械に侵食されつつあるんだよ。私がここにいるのも、そんな状態でお前が強化外装を使ったからだ。まあ、私もまさかこんなところに繋がるなんて思わなかったけどな』


信じられない。だが、その全てに妙な納得感を覚えている自分がいるのは確かだ。


「それで、アタシはどうなる」


どうしてここにウリディンムがいるのか。そしてアタシがどういう状態なのかは大体理解できた。だがアタシの行く末、そればっかりは聞いておきたい。例えそれが想像通りだったとしても、はっきりさせておきたいのだ。それについてはニューシフトが答えるようだ。


「……まず間違いなく無事じゃ済まないよ。あのアプスタイドってやつ、どういうわけか魂を損耗させる力があるみたい。僕もさっき一部を掠め取られた。それにさっき刺された影響が大きい。場所が悪かったんだ。今すぐ治療を受けないと、もう……」


嘘を言っているようには聞こえない。本当にアタシの命は危険にさらされているんだろう。それでも、ここから逃げ出すことだけは絶対にあり得ない。


「……悪いな、ニューシフト。でもここで逃げるわけにはいかねえんだ」

「旅に出るんじゃなかったの!? 君はここで終わるような人じゃない! まだ、間に合うんだよ……?」


ニューシフトがアタシを引き留めようとしている。……勘弁してくれよ。行きにくくなる。


「旅には出るよ。戦いを終わらせて、アタシはビルガメスから出て気ままに旅をするんだ。『猟犬』は戦場に置いていく」


アタシの意識が薄れていく。タイミングは悪くない。これからアタシは最後の戦いに出る。留まりすぎると、戦いづらくなるだろうから。


「まあ見てろって。さっさと終わらせてきてやるよ」


マスクを外し、アタシは笑ってみせた。もうすぐアタシは現実に戻る。ニューシフトの声も聞こえづらくなってきた。


『1人では戦わせねえぞ』


完全に意識が途切れるその直前、ウリディンムの声だけがはっきりと聞こえた。そしてアタシは現実へと戻っていく。


 立ったまま意識を失ったクイックを前にして、ムシュマヘは既に何十本もの灰色の剣を展開していた。その切っ先は全てクイックに向いている。


『……何を始めたのかと思えば、まさか失神とはな。意識のないうちに楽にしてやろう。……興ざめだな。それが猟犬の末路とは』


電子の声が落胆の感情を帯びる。それは紛れもなくこの闘争を愉しんでいたからこそのものであり、この結果を望んでいないことを示していた。だがその芯にあるのは冷徹である。刃の雨は急加速し、無情にもクイックへと降り注ぐのだった。


『【UR-D攻性アーマー】展開完了。これより戦闘を開始する』


刃がクイックに届くその瞬間に鳴る電子音声。それと同時に放たれた一発の弾丸は、次の瞬間にその姿をクイックへと変えていた。そのクイックの姿も、気を失う前のそれとは様変わりしていた。白いアーマーは完全に形成され、背部には巨大なジェットの噴出口が現れている。猟犬を模していたマスクを付けていたフォルムはそのままに、彼女の頭は犬の頭部を模した機械のバイザーに覆われていた。そこから覗く白銀の目は、まるで得物を見据える猟犬のようにムシュマヘを捉えている。



「よう、クソ野郎」

『……ほう、まだ動くか』


機械の猟犬に対峙するムシュマヘは、再び剣を形成し構える。その口は、大きく裂けてつり上がっていた。


『外装を纏ったとて、どうにかなる状態ではなかろう』


ムシュマヘが剣を振り上げると、その軌跡状に灰色の弾丸が飛ぶ。それと同時にムシュマヘが距離を詰め加速していた。その振り上げた勢いで即座に構えられ、剣が振り下ろされた。


『……なんと』


だが剣が振られたその場所には何の姿もない。そして斬られるはずだったその相手は、既にムシュマヘの後ろで刀を構えていた。


「遅いんだよ、ノロマ」


クイックが刀を斬り上げる。その速度にムシュマヘは反応こそすれど回避には至らない。前方に倒れるムシュマヘの灰色の左腕が飛び、血のようにアプスタイドの飛沫が舞った。


『バカな……。ただの、刀ごときで……』


この事実に驚きつつも、ムシュマヘは飛ぶ腕を掴み吸収しようとする。だが腕はただ掴まれただけで固まったまま、それ以上変わることは無かった。


『結合が出来んだと……! 一体、何をした……!』

『それについては私が教えようか』


初めて焦りを見せたムシュマヘに対して、外装からの声が答える。その声を聞いたムシュマヘは、声の正体に気付いた。


『貴様、ウリディンムか!』

『久しぶりだなムシュマヘ。色々話したいことが……、特にないから今のカラクリについて教えてやるよ。私は今、この外装のサポートAIをやっている。この外装にはある機能が備わっている。それはアプスタイドの機能を停止させる特殊な電流を流す機能だ。私はそれをこの刀に纏わせてたってわけだ。いやあ本当に、えげつないもの造るよな』


ウリディンムの言葉通り、刀の刃には僅かに電流が走っている。それは破核棍がまとっていた電流に比べれば僅かなものだったが、ムシュマヘをはじめとしたアプスタイドの塊にとっては段違いの脅威だった。


『ならば……、ならばこの一撃を! 儂の全てを以てして、貴様らを滅するのみ! 闘争はこれで終わりだ!!』


ムシュマヘが叫び、アプスタイドの渦が洪水のように湧き上がる。灰色の濁流を前にして、クイックは銃に弾を装填していた。

「奇遇だな。アタシも同意見だ。アタシの全部を使って、この戦いを終わらせてやるよ」


装填を終え、銃口をムシュマヘに向ける。クイックとムシュマヘは互いに理解している。言葉の通り、今から放たれる一撃を以てこの戦いは終わるということを。


『終わるがよい! 【蛇王波濤(アプス・ルガル)】!!』


先に仕掛けたのはムシュマヘだった。放たれたのは、灰色の濁流のような無数の大蛇の群れ。それはファクトリーでラハムが最後に起こしたアプスタイドの洪水にも匹敵する勢いでクイックへと襲い掛かる。だがそれを前にしても、クイックは銃口をムシュマヘに向け、刀を片手で構えている。


『行ってこい、クイック』

「ああ。……行くぜ」


ウリディンムの言葉を受け、クイックは弾丸を全て撃ち尽くす。そして、彼女の姿が消えた。


 何も聞こえない。何も見えない。ただするべきこと、自分の意志だけがここにある。この圧倒的な加速。自身の全てを乗せて更に速度を上げるアタシの身体。万全ではない今この速度を出すということは、命を棄て去るのと同じことだ。だがそれでもいい。例え自分の足でビルガメスを出て様々な場所に行くことが出来なくなったとしても、アタシは後悔しない。それに戦士として、全力を尽くせる機会なんて一生に一度だ。せっかくなら、この一瞬を満喫しようじゃないか。……最後まで着いて来ているのはこの刀だけか。そういえば、あの鍛冶師に『牙』を拵えてもらった時に名前を貰ったな。……『神疾風』。久しぶりにこの名前を思い出した。……なるほど悪くない。この加速の中にいても、力が高まっているように感じる。標的は近い。アタシは加速に身を委ねて刀を振るう。


「_____『弥終疾風(いやはやて)』」


神疾風がムシュマヘを両断する。そして加速による斬撃の疾風が、背後の濁流もろとも両断されたムシュマヘを斬り刻み続けた。アタシの身体は、濁流を超えて遥か後方に転がった。


『_____……』


ムシュマヘは最早何も発さない。その断片は濁流だったアプスタイドの残骸に落ちて消えた。そして、二度と再生することは無かった。


「……ああ、終わったな」


つい、そんな言葉が漏れた。手にした神疾風に目をやれば、刃がボロボロになってほとんど壊れている。そしてアタシの身体ももう動かせそうにない。うつ伏せに倒れたまま、壊れた神疾風を見つめるしかなかった。もう本当にダメなんだとわかる。今になって仲間たちのことを思い浮かべてしまう。昔から頼りになって、でもたまに抜けてたリーダー。アタシの無茶にも付き合ってくれたシグナル。本当にいいライバルだったセイバ。それから、それから……。ひとしきり仲間たちを思い浮かべた後、アウラのことが脳裏によぎる。アタシなんかよりも若くて、しっかりしてて、なによりも強い。出会ってから少ししか経っていないが、アタシたちは親友になれたのかもな。少なくともアタシは今でもそう思っている。……ああ、随分と眠くなってきた。死ぬっていうのはこういうものか。……少し怖いかもな。……もし次に、また命を得たなら、その時は……。


「また、飯でも食おう、ぜ……」


その言葉と共に、クイックの目が閉じる。最期まで神疾風を手にしたまま、猟犬は永い沈黙を始めるのだった。

第百十八話、完了です。クイックとムシュマヘの戦闘に決着がつき、結果は両者戦闘不能という形で幕を下ろしました。さて、続いては団体戦です。ラフムの軍団にメトロエヌマの精鋭たちが挑みます。彼らがクイックの死を知ることになるのは、もう少し先の話です。では、また次回。

よろしければブックマーク、評価、いいね、感想等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ