117.狩猟戦線【簒奪蛇】
かつて、英雄は不死を手にしようとした。目前に迫ったそれを、奪い取ったのは蛇だった。
犬は時として蛇を狩ることがあるという。冷静に得物を見据え、速度に対応し、そして急所へと牙を突き立てる。蛇は敵を威嚇しつつも、常に逃走の隙を伺う。だが犬はそれを見逃さず、常に殺意を向け続けるという。そう、これは生物同士の命のやり取り。相対すれば起こり得る自然の形の1つなのだ。そしてそれは、今まさに地下深くでも起きていた。
『どうした! 儂のような蛇1匹を狩れずして、何が猟犬だ!』
ムシュマヘが虚空より生み出した灰色の大蛇がクイックを襲う。それをクイックは視線を外さず見据えていた。
「さっき見たぜ! せめて首を増やしてから来やがれってんだ!!」
向かってくる蛇に対してクイックは3発の銃弾を放ち、それに追従するように駆け出す。次の瞬間に銃弾は全てその場に落ち、複数の金属音が鳴る。その音すら置き去りにして大蛇へと向かうクイックの手には、僅かな電光を迸らせた破核棍が握られていた。
「『その身体』でアタシの前に立ってんのが端から間違えてんだよ!! イカれて散っとけ!!」
『……!』
突撃と共に破核棍がムシュマヘに振り下ろされる。これまで多くの敵を破壊してきたこの一撃。だがそれはムシュマヘに掴まれて止められていた。
『弱い。これではシルトすら狩れんぞ』
「クソが……! やっぱりまだか!」
次の瞬間、破核棍を振り下ろしたクイックの腕を、ムシュマヘの生み出した灰色の蛇が拘束する。それは破核棍ごと腕に絡みつき、その牙をクイックへと突き立てた。
『そのまだを、永久にしてやろう』
「……ッ!? こんなもん、こうだ!」
噛みつかれるとほぼ同時に、クイックが破核棍の雷を一瞬だけ迸らせる。それと共に離された手を振りほどき、同時に絡みついていた蛇を破核棍の一撃で吹き飛ばした。
『抜け出すか。まあよい。狩りとは、闘争とはこうでなくてはな』
吹き飛ぶ蛇を掴んで受け止め、アプスタイドへと分解して吸収するムシュマヘ。その手には、僅かだが赤い光が宿っていた。
「……いいぜ。じゃあ、続きと行こうじゃねえか!」
銃と破核棍を構えるクイック。彼女が握る破核棍は、僅かな雷すら発していなかった。
ムシュマヘとクイックの戦いが続く。辺りに散らばった薬莢や灰色の塊が、この戦いの長さを物語っていた。しばらく続いていた膠着状態。そんな戦況を変えたのはクイックだ。
「……来たか!」
その一言と共に、クイックは銃をムシュマヘへと向ける。
『そうか、来るのだな』
「ああ! これで、終わりだ!」
その会話が終わる前に既に銃弾が7発放たれ、そして終わるころにはクイックがムシュマヘの眼前に迫っていた。破核棍の雷も最大出力の輝きを放っている。
『これは……』
「デカブツのお前が食らった攻撃、もう一度受けとけよ!!」
牽制の為かムシュマヘがアプスタイドを弾丸のようにして放つ。しかしそれがクイックに当たることは無く、彼女の後方へと飛んで行った。7発の弾丸による加速。それは接近のみならず破核棍による攻撃にも及んでいる。振るわれるその速度は音速をとうに超え、尋常ならざるものでさえ避けられない領域にあった。
「『超過充・雷嵐神風』!!」
故にこの一撃を避けるなど、不可能であるはずだった。
『長々とご苦労。だが終わるのは猟犬、貴様だ』
振るわれた破核棒が空を切る。直後、凄まじい雷撃が前方へと広がった。だがそれに撃たれるものは何も無く、撃たれるはずだったムシュマヘは彼女の後ろにいた。
「どうし、て……!?」
クイックが反応したその時には、ムシュマヘの短剣が彼女の腹部に深々と突き刺さっていた。そんな2人の足元に広がる赤い血だまりの中に、灰色の弾丸が転がっていたのだった。
『貴様がその棒切れの状態を気にしている間に、儂も準備をしていた。そしてそれが、今しがた終わったのだ』
短剣を抜き、付いた血を吸収する。眼前で起こったこの状況を、クイックは信じられていなかった。
「『ニューシフトの変鏡』を、どうやって……!」
『能力というものは複雑怪奇。我らでさえ僅かしか仕組みを解析できていない。だが能力者の因子を僅かでも得ることが出来れば、一度だけそれを模倣できるのだ』
ムシュマヘが短剣を口に放り込み、飲み込む。そしてアプスタイドを剣の形に変え構えたと同時に、無いはずの双眸が赤く光った。
「だったら、もう一回一撃叩き込んでやるよ!」
『威勢の良さは一級品だ。だが、牙が折れては狩りなど出来んだろう』
ムシュマヘの言う通り、クイックが持つ破核棍は大きく破損し火花を散らせている。短時間で2回も無理をしたのだ。破損は、予測できた結果だった。
「……牙が折れた、ね。残念だったな。アタシにはまだ……」
だがクイックの闘志は変わらない。血を滴らせ武器すら失った彼女はそれでも銃を構え続けていた。銃自体には何も変わったところは無い。これは彼女がただ能力を使うために所持しているだけのものであり、アプスタイドの怪物たちはおろかシルトにすら効果を期待できない代物だ。そして、既に役にも立たない破核棍を彼女は手放していた。
「『これ』がある」
破核棍が収まっていた右手が腰へと伸びる。そしてそこから引き抜かれ、彼女の手に新たに収まるのは、美しい白銀の刃を持つ打刀だった。
第百十七話、完了です。クイックとムシュマヘの戦闘の最中、破壊された破核棍の代わりにクイックが刀を持ち出しました。満身創痍に近いクイックが、果たしてどのように戦っていくのか。次回、クイックVSムシュマヘ、決着! では、また次回。
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