116.最終開戦
前回のあらすじ
管理AIの1体であるムシュマヘを下したクイック。不自然なまでに簡単に済んだ戦いはここで終わるわけもなく、ラフムによってムシュマヘはアプスタイドの身体を持った新たな姿、『ムシュマヘ・アプス』となって立ちはだかるのだった。
倒れ伏す機械の蛇の躯を背にして、クイックとムシュマヘが対峙する。意志を持ってより使っていた『機体』に、ムシュマヘは目線すらくれてやらなかった。
『猟犬よ、死にに来たのか?』
「どうだか。死ぬとしたら、テメェらを全部ぶっ壊してからだ」
クイックとムシュマヘが距離を詰める。
『ふん……。犬は犬らしく尻尾を振って住処を守っていれば良かったものを』
「あんまり言いたくないがアタシは猟犬だ。猟犬がおとなしく番犬の真似なんかできるわけないだろ」
互いの距離が縮まっていく。双方の裂けた頬が、まるで牙を剥くように吊り上がった。
『犬風情が……』
「『その身体』でよくアタシの前に立ってられるな……!」
更に距離を詰めながら、クイックは破核棍を手にする。ムシュマヘはいつの間にか牙のような灰色の短剣を手にしていた。そして、双方は間合いに入り立ち止まった。
『よかろう! ならば狩ってみよ!』
「蛇ぐらいすぐに狩ってやるよ!」
直後、破核棍と短剣が交差する。姿は違えどそこにいたのは2匹の獣。狩るか狩られるかの戦いがそこにはあった。
ムシュマヘとクイックの戦いの場から離れた場所。先ほどまで機械蛇に向いていた銃口は、1つを除き少し高い位置にいるラフムとティフォンに向いていた。
「さて、オーフェクト殿の私兵諸君。それにリーダーたち。完全に蚊帳の外状態になってしまったな」
「……俺がおしゃべりに興じるとでも? 」
複数の銃口を向けられてもティフォンは落ち着いた様子を保っている。むしろ冷静を保てていなさそうなのは、いつの間にか銃を下ろしていたフラッグだった。
「思わないさ。だがこのままというのもつまらないだろ? だから、ラフム」
ティフォンが合図を送ると、ラフムが虚空に手をかざす。その手の先には、灰色のアプスタイドが何かにならんと渦を形成していた。
『これでやっと軽くなる。出力、【統合渾軍ウシュムガルルム】』
アプスタイドの渦が形を変えていく。それは幾多にも分かれて、竜のように獅子のように変化していく。
「兵たちよ。奴が何を生み出すかは知らんが、その前に破壊せよ」
「無駄だ」
オーフェクトの命令で衛兵たちが一斉に銃撃する。しかし放たれた銃弾は変化を続けるアプスタイドに飲み込まれ、変化を止めることすらできない。
『出力完了。さて、僕の兵として戦ってもらおうか』
撃ち込まれた弾丸さえも取り込んで、遂にアプスタイドの渦はなるべき姿に変貌を遂げる。数百にも及ぶそれらは、まず最初に人の形を取った。貌の無いそれらに宿るのは、竜や獅子のような怪物の姿だ。それらの力を示すかのように、銃や刃が形作られる。そうして現れたのは、最後のAIたちを宿した灰色の軍団だった。その軍団の前に、武装を展開したラフムが立つ。
『ここは僕に任せなよ。クイックほどじゃないけど、借りを返したい奴もいるわけだし』
「……ああ、任せた」
ティフォンがラフムにこの場を任せ、何処かへ行こうとする。だが当然、それは見逃されない。
「何をしている兵たちよ! 奴を撃て!」
「待て! 撃つんじゃない!」
オーフェクトの命令で衛兵が一斉に銃を構える。だが彼らの前にフラッグが立った。
「……何のつもりだ。大体そなたも何故撃たん!」
オーフェクトが糾弾する。当然だ。フラッグは敵を庇っているのである。それに対して、ティフォンがため息をつく。
「リーダーは撃てないさ。撃つつもりがあるならもっと早く撃ってる。そうだろう?」
「……」
「貴方は優れたリーダーだ。仲間にも慕われて、それに貴方自身も全てを兼ね備えている。……でもその全ての中に、優しさが多すぎた」
ティフォンは振り返ることなく、しかし足を止めている。それはわずかな時間であったが、その中で彼が抱える後悔を流しきるには充分であった。少なくとも、彼自身にとっては。
「さようなら、リーダー」
それだけ言い残し、ティフォンは遂に振り向くことなく去って行った。向かう先は巨大機械の内部。
「……っ! 待てっ!!」
『行かせないよ。ティフォンは今から大事な用があるんだ。邪魔だけはさせない』
去るティフォンを追うフラッグ。だがその前にラフムが立ちはだかる。喉元に刃を突き立て、確実な敵意を見せた。
『やめた方がいいんじゃないかな。君たちを合わせても精々30人ちょっとだ。それに対してこっちは100を超えている』
「殲滅すればよかろう。数の差など、いくらでも覆せる」
『殲滅! ハハッ、いいね! でもそれはこっちのセリフだ! 濁流に呑まれる有象無象にしてあげるよ! ……ああ、それでも』
突き立てた刃をフラッグの首元から離し、ラフムは後方に走る。その先にはアウラがいた。
『テメエだけは例外だ! ファクトリーでの借りはきっちり返してやる……!!』
「笑わせないでくださいよ……! 私は既に貴方を倒している。もう1度同じことをするだけです!」
『戦闘開始だウシュムガルルム!! 生物人間を皆殺しだ!!』
ラフムの目が黄金色に光った瞬間、灰色の兵が一斉に動き出す。今から始まるのは、メトロエヌマにおいて何度も繰り返された機械と人の戦争だ。ここで機械たちが止まらない場合、これはメトロエヌマだけでは済まない結果となるだろう。これ以上の戦禍の拡大を防ぐために閉ざされたメトロエヌマの解放の形は、この地下での最終戦争で決するのである。
第百十六話、完了です。ビルガメスの命運を決める最終戦争が始まりました。まず最初はクイックとムシュマヘの戦い、その後にフラッグたちの戦いを書いていきますので、もうしばらくお待ちください。では、また次回。
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