113.ディープ・アガルタ
ここまでのあらすじ
ティアマトを討つためにネルガルキングダムに足を踏み入れたリトス達。坑道のルートより外れ地底湖に辿り着いた彼らの前に現れたのは、かつてクルールが放棄した鋼の身体であった。
あたりには静寂、時々静かな駆動音。ここは機械の腹の中。何故ここにいるのかといえば不明の一言に尽きるが、現状がこうなのだから仕方がない。
「クルールよ。もう一度聞くが、そなたが本体に命じてこうしているわけではないのだな」
『もう12回目ですよ。僕はもう本体にアクセスできませんから、命じてなんかいません』
この機械の主であったクルールでさえ、この状況に説明がついていない。だがこれ以外に道がない以上、彼らはこの機械の巨鯨に乗るしかなかったのだ。
「……あの人、大丈夫かな」
リトスの脳裏によぎるのは、たった1人でアトムヴァティに立ち向かった衛兵だ。彼が今どうなっているのかはわからないままだった。
「……やっぱり繋がらない。機械ならまだしも、能力による通信すら出来ないとはな」
「それよりも一体どこに向かっているんでしょう……。フラッグさん、この湖の底には何があるんですか?」
「俺が把握している限りでは何も。だがそれも4年ほど前の情報だ。その時を最後に調査は打ち切っている」
フラッグの言うことは確かに事実であった。少なくとも彼にとっては、の話ではあるが。
「それは、『あやつ』が出向いていた……」
「その話は後だ。……動きが変わっている。クルール、どうにか外の様子だけでも探れないか?」
『それであれば可能です。ではありのまま外の様子をお伝え……、いえ、皆様自身で見ていただいた方がいいでしょうね』
その言葉と同時に、機械鯨の口が開き外への道が現れる。その光の先に現れた光景に、誰もが驚きを隠すことが出来なかった。
「これは『港』か? 何故このような場所に……」
「……チッ。相も変わらず通信はできない、か。それにこの場所は……」
シグナルとの通信を試そうとしたフラッグは、もう何度目ともわからない失敗に思わず舌打ちをする。そしてこの場所に思いを巡らせようとしたところで、一行の目の前に現れたのは1体のシルトだった。
「シルト……!? まだ残ってやがったのか!」
「待って。シルトにしては武器を持ってない。それになんだか……、敵対的じゃない」
思わず武器を構えるクイックを制するリトス。彼の言葉通り、目の前に現れたシルトは何もすることなくお辞儀をした。
『ようこそおいでくださいました。どうぞ私に着いて来て下さい』
目の前に現れた奇妙なシルト。連続する奇妙な状況に、考える余裕などリトス達には無かった。
シルトに着いて行き一行が歩いている場所。そこには確かな姿の『街』があり、そしてその住民として活動している『市民』たるシルトの姿があった。
『私たちの【街】がそれほど不思議ですか? 貴方たちの街とさほど変わらないと思うのですが』
案内役のシルトがそう言うが、無理もない。ここに来たばかりの彼らにとってシルトとは単純な敵であり脅威でしかなかったのだ。だが目の前の光景がその認識を大いに歪めている。
「この賑わいにしては、誰の声も聞こえないのはどういうことだ」
そんな中、フラッグが歩みの中で感じた疑問をシルトに投げかける。
『私たちは皆同一のネットワークに接続されています。全てはその中でのやり取りで完結しているのです。なので声という機能を有していない個体が大半なのです。私のこの声も、【使節】として人間を相手にすることを想定しているが故のことです』
「機械の人間ごっこかよ。バカらしい」
シルトの答えに、クイックが侮蔑するような口調で返す。いや、それは返事と言うよりも只の独り言に過ぎないのだろう。だがそれに大してシルトが反応する。
『その言葉は、私たちが生物ではないが故のものですか? 例え私たちの身体が鋼やプラスチックであり、流れるものが電気であったとしても、私たちは……。失礼、私としたことが。まもなく、我らが【大いなる母】のいる場所。【ティアマトタワー】でございます』
何かを言いかけてたシルトは、不気味なほどの切り替えの早さで自身の役目を果たす。そんな彼らの前には、高い天井にまで届く巨大な塔がそびえていたのだった。
所変わって、ここは地下都市にそびえる塔の中。とはいえその塔は大部分が、巨大な機械の鎮座する空間で占められている。そんな機械の巨大なモニターと制御盤の前に存在するのは長い髪の人影と白衣姿の男の2つ。中央に立つ白衣姿の男の顔は、その半分近くが歪に傷ついていた。
「そうか、来たのか」
『来たみたいだね。それに見覚えのある顔が何人かいる。久しぶりでもないけど、これから会えることを思うと……、これが高揚ってやつかい?』
「いつにも増して感情豊かだな。ところで、『新型』の心地はどうだ?」
『概ね良いけど、率直に言えば【落ち着かない】かな。僕の中に3人も同居していると、流石にね』
「100回の仮想運用はクリアしている。これから落ち着かせればいいだろう。……さて、そろそろだ。出迎えようか」
『オッケー。今度こそは、最後まで【礼儀正しく】いないとね』
塔の何重にも構えられたゲートが次々開いていく。だんだんと漏れていく外の光を眺めながら、男は神妙な表情を浮かべる。
「……リーダー」
男は、ゆっくりと光に向かって歩みを進めるのだった。
第百十三話、完了です。いよいよ最終決戦の地へと辿り着き、全ての黒幕が姿を現しました。これより始まる最後の戦いは、果たしてどのような結末となるのでしょうか。では、また次回。
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