112.マスターピース・マシナリーズ【機海巨鯨】
ネルガルキングダム地下坑道では、シャマシュリアクターをはじめビルガメス全域で発電に使われる『天石炭』を採掘している。既に数百年は採掘が続いているが未だ枯渇する様子を見せておらず、そのことについても調査が続いているという。
壁の向こうから何の音もしなくなった頃、リトスは壁を解除する。徐々に蒼の粒子となって消えていく壁の向こうからは照明の光が差しており、コウモリの襲撃が嘘だったかのように静かだ。
「本当に1人で行くつもりなのか?」
傷を一通り処置し、火薬が詰まった荷物を抱えた衛兵はその問いに頷く。
「……そなたの死地はここではないぞ」
「元より、自分を待つ者などいないのです。今いるのは自分を見送る者だけ。それだけで、自分は幸せ者ですよ」
目の前にいるオーフェクトに望まれていること。自分がすること、したいこと。そして自身の末路。この衛兵はそれらを全て理解した上で、それでも前へと進もうとしていた。既に壁は取り払われ、目の前には道が拓かれている。全ての準備は整っていた。
「ああそうだ、フラッグ殿。どうかオーフェクト様と、少しは仲良くしてくださいよ。リジェクトパレスだって本当は、地上の人らと上手くやっていきたいんです。それと、リトス。助ける義理もないだろうに、この街の為にありがとうな。図々しいし俺が言うのもどうかと思うけど、この街のことを頼んだぞ。それと、どうか良き旅を」
その覚悟に裏打ちされたその言葉に、言い返せる者はこの場にいなかった。そして衛兵はこの場にいる全員の顔を見た後、確かな足取りで坑道の奥へと進んで行くのだった。
衛兵が出発してからしばらく経った後。リトス達も歩を進めていた。しかし彼らが進んでいるのは先程まで進もうとしていた道ではなく、風景こそ似ているものの違う経路を進んでいたのだった。
「なあ、本当にこの道でいいのか? さっきの奴だって心配じゃねえのか?」
「心配ない。この道でも奥には行ける。それに彼の覚悟を軽視したくない。一応シグナルに見させている。何かあったら報告するよう言ってあるから心配ない」
彼らの預かり知らない、イナンナタワーの一角で血眼になっているとある男のことを思いながら、フラッグは進み続ける。そうしているうちに坑道の景色が徐々に変わりつつあった。
「ところでこの辺りは何なんですか? もう坑道には見えないんですけど……」
「ここはメトロエヌマの地下空洞だ。坑道を掘り進めていた時に偶然つながったようでな。今からもう何百年も前のことだ。それ以来ここは封鎖してある」
彼の言う通りライトが設置されある程度は整備が行き届いていた様子の景色は、薄暗く水音の聞こえる洞窟のものに変わっていた。
「こんなところがあったなんてな……」
「クイックはギリギリ知らない世代だったか。この場でこれを知っているのは、俺とオーフェクトだけか?」
こう話しながら歩いているうちに、一行は足を止める。理由は単純明快。彼らの前に、地下空間にあるとは到底思えない湖が現れたからだ。
「これはすごいですね……!」
「ああ。立派なものだろう。アトラポリス大湖に比べれば雫のようなものだが、このメトロエヌマどころかビルガメス全体でも有数の絶景と言えるだろう」
皆が感嘆の声を漏らす中、リトスはあることに気付く。
「地下でも、湖は蒼く光るんだね」
彼の言うように、湖は淡いながらも見事な蒼光を放っていた。それにより周囲は照明がなくとも視界が確保されている。
「この辺りは天素が多く含まれている土壌だからな。水にも含まれていて、常に光っている。俺は魔術には詳しくないが、魔術師の君からして気になることでもあるのか?」
「それはね……」
リトスが何かを言いかけた時、突如クイックが腰に差していた破核棍に手をかける。
「……待て、何かが上がってくる」
その一言が示す通り、湖の奥からは黒い影が今にも浮上しようとしている。それは次第に大きくなっていき、次第に少しづつ全容が見え始めていた。
「デカいぞ! 全員警戒!」
その警戒が全員に行き渡る前、その影が正体を現す。それは白く美しさすら覚えるほどに力強い機械。ヒレのような部位を持ち水中での活動に特化したその姿は、この場で知る者はごく一部であるクジラのような姿をしていた。
『僕の、機体……』
水飛沫が上がり、その光景に圧倒される面々の中で唯一クルールだけがその機械の正体を知っているのだった。
第百十二話、完了です。これまでの道から外れ、別ルートを通る中で辿り着いた湖。そこから現れたクルールの機体と共に物語は次へと進みます。
正直な話巻きました。最近投稿ペースが落ちる中で、このままだと終わりが見えなくなるということなので、急遽巻きました。本筋から逸れてはいないのでご安心ください。では、また次回。
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