111.女神の故無き産
命ならざる存在ナイトコールズ。それらは数多の魂によって発生し、混沌をもたらす。
黒い赤子に死んだ衛兵。謎と脅威は依然残り続けているが、今は前に進むしか無い。故に彼らは死者に一瞥をくれることもなく進み続けている。今の彼らに、それをする余裕はなかった。
「この羽音は……! またコウモリが来るぞ!」
「リトス! 行けるか!」
クイックが遠くからの羽音を再び察知し、フラッグがリトスに指示をする。先程は突発的なことだったために全員をカバーしきれなかったリトスだが、今度は違った。
「何が来るのかわかってれば簡単だよ……!」
リトスが杖を構えると、先程と同じように蒼護壁が展開される。だが明確に違った点が1つだけあった。
「今度は通り抜ける余地を作らない!」
展開された蒼護壁が周囲の天素を吸収して広がっていき、やがて完全に坑道の道を塞ぐ。そして程なくして、蒼護壁の向こう側から何かがぶつかる音が無数に聞こえた。
「リトス、壁は持ちそうか?」
「うん。まだどうにか」
「いいだろう。この間に、情報共有と打開策を考えるぞ」
壁の向こうからは、未だ何かのぶつかる音が聞こえている。だが壁を維持するリトスは未だ余力を残しており、それによりフラッグはしばらく時間を確保できたことを確信したのだ。
「リトスも話を聞いて欲しい。壁の維持を続けながらな」
「わかったよ。まだまだ余裕はあるからね」
「頼もしい限りだ。ではまず最初に状況を整理だ。俺たちはティアマトの本拠地に向かうためにこのネルガルキングダムの坑道を進んでいる。このまま進めば辿り着くことが出来たはずだが、正体不明の敵性存在がいることが分かったため迂闊に進めなくなっている。ここまで、認識に齟齬は無いか?」
ここまでのフラッグの言葉に、この場にいる全員が同意する。だがクラヴィオは1人だけ、同意しながらも手を上げた。
「1つ、いいか?」
「どうした、クラヴィオ氏」
「この状況を引き起こしている敵の正体を、俺は恐らく知っている」
クラヴィオのその一言に周囲はざわつく。その中でフラッグは一応の霊性を保っていた。
「……何だと?」
「俺はこれまで様々な国を巡り、様々なものを見て、聞いてきた。その中で1つ、今回の事象に近いものがあったと記憶している」
「どこでそれを見たんだ? こんな現象を知る機会なんてそうそうないだろ」
「ゼレンホスの大図書館だ。過程や詳細は省くが、立ち入る機会があってな。その時に見た司書殿の私的な蔵書の中で見た記述があったんだ」
「ゼレンホス……。あの国にも行っていたのか。その話はまた詳しく聞きたいところだが、今はその記述について教えてくれ」
「ああ。たちどころに人が溶け、中から黒い赤子が生まれてくる。この現象を起こせるのは『アトムヴァティ』というナイトコールズで間違いないだろう」
「ナイトコールズ……! って、あの時のアイツと同じ!」
ナイトコールズというワードに、リトスはペリュトナイで対峙したホタルビを思い出した。あの激闘はリトスにとっても異質なものとして記憶されていたのだった。
「だがアトムヴァティは滞留する魂の関係がどうとかで、ビルガメス付近には発生しないはずだ。何故ここに存在するのかまではわからん」
「この際それは後回しだ。まずはそのアトムヴァティとやらをどうにかすることを考えよう。他に情報は無いのか?」
フラッグは冷静を貫いている。彼個人としては気になることが多々あるものの、今はそれを抑えている。そんな彼のひとまずの意図を汲んで、クラヴィオは語りだす。
「アトムヴァティは石像のような姿をしていて動かない。堅牢な装甲に全身が覆われていて傷つけることは至難の業だ。だが時折煙のようなものを噴き出すそうだ。そしてそれが生物の血中に入ると急激な変化の後に宿主の魂を核として、『クロワロゴ』というナイトコールズとなって生まれてくる。この時に宿主は魂と血液の喪失によって高確率で死に至る。仮に生存しても魂の喪失で廃人となることは免れない。と言う風に書いてあったな」
「それはわかったけどよ、弱点みたいなのはねえのか?」
「そうです! いくら情報を知っても、弱点がわからないと対処できないじゃないですか!」
一通りの情報を言い終えたところで、クイックとアウラが口をはさむ。2人とも根が戦士であるためか、戦う方向に舵を切ろうとしていたのだった。そんな2人に対してクラヴィオは何処か言いにくそうな様子であった。
「……事例は非常に少ないが、討伐の報告は上がっている。だがその報告をしたのは全て第三者だ。本人じゃない。どうしてかわかるか?」
クイックとアウラは首をかしげる。そんな2人に対して、クラヴィオが重い口を開いた。
「……アトムヴァティは、クロワロゴを孕んだ者のみ討伐することが出来る。奴の持つ装甲は、クロワロゴに『成りかけている』魂に共鳴して一気に軟化する。原理は聞くな。ナイトコールズとはそういう、不可解で理不尽なものなんだ」
先程まで口々に弱点について聞いていた2人は絶句する。そしてフラッグは、どこか諦めているような口ぶりだった。
「そんな……! じゃあ誰か1人犠牲にならないと進めないっていうことじゃないですか!」
「それ以外方法はねえのかよ! いくら壊すのが難しいったって、流石に限度はあるだろ! だったらアタシが……!」
そう言ってクイックは機械棍に手をかける。だがそんな彼女を制する者がいた。
「……俺が、やるよ」
クイックを制したその男。傷を蒼い結晶で塞ぎ、消耗した様子ながらも立っている。
「リトス、俺を壁の向こうに行かせてくれ」
リトスに救われたその衛兵は、その命を再び捨てるために一歩を踏み出すのであった。
第百十一話、完了です。道中の敵の正体とその弱点、倒す者が決まりました。その結末、決意とその行く先は次回をお待ちください。では、また次回。
よろしければブックマーク、評価、いいね、感想等よろしくお願いします。