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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
ビルガメス編・再翔の星
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110.崩壊の産声


ネルガルキングダムの坑道には、時としてビルガメスではまず見かけないような生物が現れることがある。それはこの坑道が巨大な天然洞と繋がっていることによるものであり、それら生物の観測は、ここで稼働する採掘機の管理者の密かな趣味となっているという。

 崩壊とは得てして唐突なものである。その根源には明確な原因があり、しかしそれに気付くことは極めて稀だ。何せ気付いてしまえば崩壊は防がれるからだ。故に崩壊とは得てして、『気付きようのない意識外の原因』からやって来るものなのだ。それは、彼らにも同じことが言える。


「……」


腕に切り傷を負った1人の衛兵。彼は今無心で腕を掻き毟っている。血が更に滲むことなど気にせずに彼は腕を掻き毟り続ける。そしてそれは彼だけではなかった。


「……」

「……!」


先程コウモリの群れに接触した3人。彼ら全員が同じように傷を掻き毟っている。


「……なあ、これ使えよ」


その異様な様子には周囲も無視など出来なかったようだ。衛兵の1人が1巻の包帯と薬の入った小さい容器を差し出す。当然だ。彼らの掻き毟る範囲は徐々に広がりつつあり、数センチ程度だった傷からはあり得ない、その周囲全てに血が滲むまで掻き続けていたのだ。


「……! よこせ!」


差し出された薬と包帯が乱暴に取られる。だが包帯は取られた勢いのまま手から落ちた。これにしか用が無いとばかりに蓋が開けられ、中身が傷口へと勢いよくかけられる。そしてあっという間に薬は無くなってしまうのだった。


「どうしたというのだ一体……。他に、異常のある者はいないか?」

「私たちは特に……。他の皆さんも大丈夫みたいです」

「さっきコウモリで怪我した奴らだけ、か……」

「とにかく止血しないと。ちょっと待ってて」


未だ血が止まらない傷口に、リトスは杖の先端を近づける。その直後、微かに天素が活性化すると共に傷口を蒼い結晶が覆っていた。


「……ああ、少し落ち着いた。ありがとう」

「……よかった。さあ、そっちの2人も」


傷口を掻き毟り続けていたその衛兵も落ち着きを取り戻したようで掻くのをやめる。それを見届けたリトスは残る2人も止血するために近づこうとする。


『キャハハハハハ』


だがリトスが2人の下へと足を進めようとした瞬間、甲高い笑い声のような音が坑道内にこだました。それとほぼ同時だった。


「何だ、風が……」

「全員! 前方だ!」


坑道内ではまずあり得ないほどの突風が吹いたと思えば、風上からは異常な濃度の煙のようなものが向かってくる。


「何があるかもわからん! 吸い込むな!」


明るく照らされた坑道内を見通せないほどに濃いそれを止めるすべなどなく、一行はその煙に飲み込まれてしまった。


「うう……! この煙、何か含んでる……!」

「喋るな! 吸い込むぞ!」


抵抗をする間もなく、というよりも抵抗のしようもなく、やがて数分が経つ。そこでようやく風が止み、煙も風と共に何処かへ去って行った。


「もう、いいだろう……。怪我は無いか?」


この出来事でほぼ全員が体力を消耗してしまったようだ。先ほどから指揮を執っていたフラッグもどこか疲れたような声をしている。


「確認は取った。……取り敢えずは大丈夫そうだ」

「我が衛兵たちも無事だ。……あの2人以外はな」


フラッグの確認に応じるクイックとオーフェクト。だがオーフェクトが指をさす先、呆然としているリトスの足元にその答えはあった。


「あ……! ああ……! 傷が、傷が……!」

「痛い……! い゛だい゛ぃぃぃぃぃ!!!」


リトスの治療を受け損ねた2人の衛兵が、のたうつように地面を転がり悶えている。彼らの傷は彼ら自身によって広がっていた。だがそれだけでは済まない程に2人の傷はどす黒く染まっていた。特に中心部分は溶けかけており、彼らが苦しむたびに肉だったであろう黒い粘液が溶け落ちていた。


「中で、なかで、うごいて……!」

「うげっ、げへっ、ごぼぼぼぼぼ」


2人は半狂乱になっており、目から、鼻から、口から、身体の至る所から黒い粘液を垂らしている。最早悶えているだけには収まらない程に2人は不自然な動きをしている。彼らの言うように、本当に中で何かが動いているような動きだった。


「……あっ」


そして間の抜けたような声が断末魔となった。2人の胴体が弾け、黒い粘液が辺りに飛び散る。驚愕の表情で絶命している2人の弾けた胴体から、何かが這い出る。


『キャッ……、キャッ……』


皆が見守る中出てきた『それ』は、真っ黒な粘液を滴らせる赤子だった。だが顔には大きな口だけがあり、その口角を吊り上げて悍ましく笑っている。


 現れた悍ましい赤子に対して、皆何もできずに立ち尽くしていた。ある1人を除いて。


「……!」


乾いた銃声が2度、間髪入れずに響き、その直後に赤子は倒れ伏す。それらに銃を向けていたのは、冷え切った視線のフラッグだった。


「……行くぞ」


銃を何処かへしまい、フラッグは歩き出す。彼は赤子の死骸と2人の衛兵の残骸には目もくれていなかった。


「君はもう、わかっているんだろう」


そしてフラッグは未だ呆然としているリトスの横で、彼にだけ聞こえる声でそう言ったのだった。

第百十話、完了です。遂に、死者が出てしまいました。この赤子は一体何なのか、奥には何が待ち受けているのか。それは次回に持ち越させていただきます。では、また次回。

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