108.リスタート・ザ・マシンハント【女神の楽園へ】
ニューバビロン事変の元凶として、とあるナイトコールズと結託し襲撃させたマインズは捕縛され裁きを受けた。死罪を求める声が多数上がる中、彼に下されたのはビルガメスからの永久追放であった。それはフラッグによる友人への最後の情けであったともされるが、かくしてマインズはビルガメスより去って行った。このとき彼は『ネルガルキングダム』の管理AIであるバシュムを持ち去っており、そのため後任としてクルールが生み出された。一方マインズの後任者は現代に至るまでに何人も務められてきたが、現代その位置に付いているティフォンは、マインズの再来とも言われる秀才である。
「こんなところにいたか、フラッグよ」
「ああ、オーフェクトか。まあ今回限りはお前と戦ってもいい。ビルガメスの為だ」
解散して間もなく。開発室に戻っていたフラッグは同じく入ってきたオーフェクトの言葉を聞く。会話は成り立っているものの、フラッグは背を向けている。
「そう、ビルガメスの為とは素晴らしい。腐ってもそなたは主導者というわけだ。ここは我輩も旧知として手を貸さねば名が廃るというわけだ」
「……何か言いたいことでもあるのか?」
「察しの良さもこれまた素晴らしい。……惜しい。実に惜しい。そなたとは永久に良き友であり続けられると思っていたのだがな」
「だから何が言いたいんだ。出来ることなら俺はお前との会話を最低限にしたい」
煽るように大げさに語り掛けるオーフェクトに対し、フラッグは冷たい態度を崩さない。オーフェクトもこれには不機嫌そうな顔になる。
「……つまらんやつめ。まあいい。我らが手を貸す条件を提示する。それは……」
そうしてオーフェクトは背を向けたまま話す。それを聞くフラッグは次第に顔を険しくしていった。
「お前、このタイミングを見計らっていたのか? それを言っている場合じゃないだろう」
「何とでも言え。だが我輩としてもこれを譲るつもりはない。これは我らリジェクトパレスの悲願であり、あるべき姿であり、未来なのだ」
背を向けつつも、オーフェクトは強く言い放つ。それは先程までの煽るような口ぶりではなく、確かな意志と決意の籠った言葉だった。フラッグもそれに感化されてか、考え込んでいる。
「ああ、わかった。……俺も向き合う。向き合わなきゃいけない」
そしてしばらくの思考の後、フラッグはオーフェクトの言葉に了承する。
「言わせたようで申し訳ないが、よろしく頼むぞ」
オーフェクトは振り向き、ニヤリと笑った。
それからまたしばらくして、リトス達はリジェクトパレスの正面入り口に集合していた。この場には見慣れない装備の一団がいるものの、セイバはいない。
「本当にセイバはいないんだね……」
わかっていたことではあったが、それでもリトスはそのことについて言及する。
「まさか本当に来ないなんてな。……結局はもうビルガメスの人間じゃねえってことか」
「セイバさんだけじゃなく、ルオーダ兵団の皆さんまでいないだなんて……」
吐き捨てるようなクイックと心配そうなアウラ。そんな中でオーフェクトはフラッグと共にやってきた。見慣れない装備の一団は彼を見た瞬間に姿勢を正した。
「ここにいない者たちの話をしても仕方があるまい。人手ならば足りているだろう。ほら」
リトス達の会話を聞いていたのか、オーフェクトは見慣れない装備の一団を指さす。
「そいつらは何だ?」
「我輩の私兵。もといリジェクトパレスの衛兵たちだ。防衛に必要な人員以外は全て同行させる。それに準備も済んでいるようだな。今すぐ出発するぞ」
「あの、1つ質問なんですが……」
「何だ?」
「その、全体的に用意している荷物が少ないんですが、どれぐらいの所要時間を想定しているんですか?」
アウラの言う通り、ここにいる一団が持っているものはポーチほどの量にまとめられており、中には武器しか持っていない者までいた。
「そんなことか。そうだな、概ね1日か、かかっても2日と半日といったところだろう。目的地はそれなりに距離があるからな。……もしや各種物資のことを心配しているな? それなら心配はない」
そう言ってオーフェクトはタブレットを取り出す。その画面に映されていたのは様々な種類の食料や弾薬などの物資だった。
「我輩の能力を忘れたわけではないだろう。このデバイスの中に必要物資はデータ化して収めてある。これさえあれば数日はおろか数か月は持つだろう。……ああそうだった。クイックよ、これを」
そう言ってオーフェクトはタブレットを操作し、新たに表示されたものを能力によって実体化させる。このようにしてクイックに手渡されたものは、彼女が腰に差している刀ほどの長さの機械棍だった。
「ファクトリーでの一件で武器を紛失していたな。衛兵共の予備だが、概ね同じものだ。流石に常時『それ』を振るい続けるわけにはいかないだろう?」
「おい随分と短くねえか? 槍にすらなってねえよ」
「丁度いいではないか。『それ』を振るう予行演習にでもすればいいだろう」
クイックへの言葉はそれだけにして、オーフェクトはフラッグへと向き直る。覚悟を問うためか約束を思い出させるためか。その真意は彼にしかわからない。
「お前も良いな、フラッグよ」
「……このメトロエヌマを救うためだ」
「よろしい。では諸君、これより向かうのは反逆の人工知能が君臨する『ティアマトユートピア』。辿り着いた者もいない未知なる場所だ。ここからは諸君らがこれまでに経験した以上の過酷が待っているだろう。だが進まねばこのメトロエヌマ、ひいてはビルガメス全体の未来に関わる」
見慣れない装備の一団、パレスの衛兵たちは静かにオーフェクトの言葉を聞く。リトス達もそれは同じで、この後の戦いに対する覚悟を固めつつあった。
「我らが故郷を救い、旅人共の旅路を拓く。では行こうじゃないか! 女神気取りのいる場所へ!」
その言葉と同時に、リジェクトパレスの大扉が開く。その先に広がる光景の更にその先、そこに何が待ち受けているのかはこの場の誰も知り得ない。だがそれでも彼らは一歩を踏み出すのであった。
そして一方、ここは人気のないリジェクトパレスの一角。そこには端末を手にしたセイバが1人、壁にもたれかかるように立っている。
「全員聞こえているか? 地上メンバーも全員いるな? もしいない奴がいたら、後で伝えておいてくれ。……よし。じゃあ始めるぞ。先程、本隊から連絡が入った。俺たちビルガメス隊は即時撤退だそうだ。兵団の理念に反するんだと。従わなかったら懲罰だろうな。わかるぜ、お前らの言いたいことは。納得いかないんだろ。……俺もだよ。こんなところで、故郷を見捨てるとかできるわけがない。……でも兵団だって俺の大事な場所で、守りたいものなんだ。……俺たちの方針はこうだ。メトロエヌマでの作戦行動を中断し、即刻帰投する。そうやって、また俺たちは秩序の為に……」
『隊長は、本当にそれでいいのですか?』
「……良かねえよバカ野郎。先生にも言われちまったしな」
『ツワ隊長のことですか? ……隊長は相変わらず、ツワ隊長の言うことには素直ですね。……しかしあのツワ隊長が、そんなことを言うだなんて驚きですね』
「お前に先生の何がわかる、モロバ」
『それはわかりますとも。私は元アマツ隊ですよ? とにかく、ツワ隊長は必ず何か含みを込めた物言いをするはずです。隊長だってわかっているでしょう。貴方はあの人の弟子なんですから。……私たちのことは構わず、しばらく考えてみたらどうでしょう』
それだけ言ってモロバは通信を切る。それと同時に隊員たちも1人また1人と通信を切っていき、残ったのはセイバ1人となった。力なく腕を落とすセイバは、通信を切ることすら忘れていた。
「先生なら何を言うか、ってことか……」
物思いにふけるセイバ。彼の周辺は、不気味なほどに静かだった。
第百八話、完了です。次回からいよいよビルガメス編最終章が始まります。この国での物語も終わりに近づきつつあります。どうぞ最後までお付き合いください。では、また次回。
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