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オブリヴィジョン〜意志の旅路と彼方の記憶  作者: 縁迎寺
ビルガメス編・再翔の星
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107.忠義と反逆の猟犬

それは唐突に、しかし確実に悲劇を振りまいた。押し寄せたナイトコールズの群れが全てを破壊し、蹂躙し尽くす。この襲撃によって多くの都市が被害を受け、特に最も被害の大きかったニューバビロンはまさに壊滅と言うに他ならない状態となっていた。そして後にニューバビロン事変と呼ばれるこの出来事にて、ある1人の戦士が名を上げることになるのだが、それはまた別の話。

部屋から出て1人になり、端末を取り出す。そこに表示された番号と名前を見て、思わず俺は顔をしかめる。こんな時になんだというのだ。何はともあれ出なければ始まらない。俺は着信に応答する。


「こちらビルガメス隊、隊長セイバだ」

『こちら本隊情報部、統括官コウガです』


向こうから聞こえるどこか嫌味ったらしい男の声。こんな時に聞きたくなかったが、生憎かかってくる心当たりがないわけではなかった。だが一応聞いてみる。


「……情報部が何の用だ。連絡は司令部から来るはずだろ」

『ええそうですね。しかしこれはもののついでというものですよ。無論、情報部としての用もありますのでご安心を』

「それが安心できねえって言ってんだろうがよ……。それで、何の用だ?」


やっぱり俺の思っていた通りの件だ。しかしもう1つに関しては心当たりはない。


『では早速。セイバ隊長、並びにビルガメス隊の全隊員は即座に【秩序の国】へ帰投してください。これは司令部、もとい総隊長たる【女王】からの命令です』


心当たりがない、どころか全く予想もしていなかったことだった。内容はシンプルだ。難しいことではない。だが今の状況を考えると理解できないことだった。


「あり得ねえな。わざわざ遠方に出向いている、それも任務中の隊を丸ごと引き上げさせるなんざよっぽどの理由が無きゃ通らねえ理屈だ。理由を言え理由を」


そう。第一理由もわからないことをそのまま飲み込むことも無理な話だ。それを言うと向こう側のコウガはため息をついた。


『遠方かどうかなど関係ないでしょう。全隊員は自身の意志で即座に帰投が可能になっていると、前回の隊長会議でお伝えしたはずですが? それをしっかりと聞いていた彼は早急に帰投してくれましたがね』

「そんなものどうでもいい! それよりお前、まさかアイツの一件も……!」


コウガが何てことも無いようにいったその一件は、俺も少し前に聞いたことだ。国が危機に陥っている状況で秩序の国へと逃げた隊があるということを。俺に、その後を追えということか。


『それこそどうでもいいことです。とにかく今の貴方たちがすべきことは、早急な帰投です』

「だから理由を言えって言ってんだろうが!」


案の定一蹴された。相変わらず腹の立つ野郎だ。だがまだ理由を聞いていない。それを聞かないことには結論など出しようがない。もっとも、何が来ようと俺はここに残るつもりなのだが。


『そう急かさないでくださいよ。理由も何も、私たちルオーダ兵団の在り方をお忘れですか? 我らは秩序の下で中立にして平等。いかに国への思い入れがあろうと貴方たちはルオーダ兵団の兵なのです。だからこそ、これ以上の深入りは看過できないとのことです』

「ふざけんじゃねえ! これを放置して帰れなんざ、俺がビルガメス出身じゃなくてもお断りだ!」

『……それでも隊長ですか? その情けない姿、貴方の師が見たらどう思うでしょうね? それにこれまでのことも合わせて度重なる規則違反の数々。これ以上はどうなるか分かっていますよね?』

「先生は関係ないだろ! とにかく俺はまだ戻らねえ! この一件が終わったらすぐに帰ってやるよ!」


理由はもっともだ。俺がルオーダの兵になった時に最初に聞かされたことを、野郎はそのまま突き付けてくる。だがどうしても、俺には譲れないものがある。離れるように遠ざかる足音が聞こえた。コウガが席を外したらしい。そしてしばらくすると野郎は戻ってくる。


『……まあいいでしょう。その件は後で適任者に任せるとして、先に情報部としての要件をお伝えします。これはかねてより貴方から依頼されていた件についてです』

「……だと思ったよ。それこそ安心できねえっての」

『では手短に……』


ここでコウガの態度が一瞬で切り替わる。その切り替えの早さは一種の気味悪さを感じるほどだ。だがこの件は心当たりがある。俺も切り替えてその話に耳を傾けた。


「おい、マジか……。っていうより、実在したのかよ……」

『【ホッパーズ】も苦戦したようです。だからその情報も調査中のものを伝えているに過ぎません。続報をお待ちください。後でメールでも送っておきますので確認をお願いいたします』


しばらく報告を受け、その内容に俺は耳を疑う。自分から調査を依頼したとはいえ、いざそれを聞くとなると驚きが無いわけではない。そうこうしている間に向こう側で誰かが近づいてくるような足音が聞こえる。


『さて、そうこうしている間に来たようです。では後はお任せしますかね。……あ、どうぞこちらです。ではお願いします』


新しく来た誰かに一言託してコウガは去って行く。こうして残ったのは誰ともわからない奴だ。


「……誰連れて来やがった」

『私ですよ』


聞こえた声は落ち着いた女の声だ。まるで心の底を見透かしているかのようなその声は、聞き覚えがある、というより聞いたことしかない声だった。


「せ、先生!? クソ……! あの野郎よりによって……!」

『何か拙いことでもあるのですか? セイバ、正直に言ってごらんなさい』


まさかコウガの野郎、先生を呼びやがるとはやってくれる。だが先生にこう言われては誤魔化すこともできない。俺は先生に洗いざらい話すことにした。話している間、先生は黙って聞いていた。


「……って訳なんすよ」

『そうですか……。貴方の言いたいことはわかりました。ですがルオーダの兵としての本分を疎かにすることは感心しませんね』


先生もコウガと同じことを言う。だが何故か妙に心に響いた。先生は続ける。


『貴方もルオーダ兵団に身を置いているのであれば、何をすべきかわかるはずです』

「……それでも、俺は故郷を見捨てる気にはなれないんですよ」

『かつて捨てているのにも関わらず、ですか?』


先生の言うことは、恐らく俺がビルガメスを捨ててルオーダに入ったことを言っているんだろう。もちろん思うことが無いわけじゃなかった。滅びたニューバビロンを見捨て、本当に忘れるんじゃないかと思うことだってあった。


「だからこそ、次は守りたいんだ。頼みます先生。上に掛け合ってくれませんか?」


俺の中にある譲れないもの。あの日からずっと引っ掛かっていた後悔。たとえ俺に何があろうとも、今度こそ逃げたくない。


『私はルオーダの兵として命令違反を見逃すことはできません。私から言えるのは、それだけで』


思わず通話を切ってしまった。俺の意思を伝えてなお、先生は冷静に告げていた。困ったことに先生の言葉に逆らえそうにもない。


「ダメ、か。ハハ……。何て言ったもんかな……」


もう笑うしかない。だが何も無しとは行かないだろう。取り敢えず言いに行こう。戦いには行けなくても、筋は通さなきゃいけない。それが終わったら全員に通達か。することが多いな。……あの野郎もとんでもない爆弾残しやがって。


「……行くか」


「私から言えるのは、それだけで……。おや、切られてしまいましたか。前から早とちりが過ぎる子でしたが……」

「ご苦労様ですツワ殿。どうやらダメだったようで」

「戻りましたかコウガ殿。今度会った時に改めて言わねばなりませんね。ですが言うべきことは言えましたので」


ツワにセイバの相手を託していたコウガが戻る。だが話の一部始終は耳にしていたようだった。


「ああそうでした。ツワ殿に1つお伝えすることがありました。ここしばらく連絡が途絶えていたアトラポリス隊、およびイゼル殿から連絡が来ました。ツワ殿によろしくとのことです。それでは私はこれで失礼いたします」

「そうでしたか。既に私の手を離れているとはいえ、弟子の無事は嬉しいものですね」


そう言ってコウガは去っていく。かつての弟子の無事に軽くではあるが安どの表情を見せてコウガを見送った。


「……行きましたか」


そして残ったのはツワ1人。ルオーダ兵団の兵特有のコートを身に着け、その襟元に刀を模した徽章が飾られている。肩まで伸びた深緑の髪は綺麗にまとめられ、かけられた眼鏡とその奥に見える目元からは数年そこらでは形成されないような苦労がにじみ出ている。そして腰に提げられた古びた鞘の大太刀は、それらの清廉さからは明らかに浮いており存在感を放っていた。そんな彼女は、秩序と意志の間で揺れる『弟子』に思いを馳せている。


「貴方は貴方らしく。セイバ、わかっていますよね」


言おうとして言えなかった言葉の真意を漏らすも、それは誰に届くこともないのであった。

第百七話、完了です。ルオーダ兵団の理念によって、セイバの出撃は叶わないものとなってしまうのか。彼自身隊長の職務を全うする身であり、道理のわからない者ではありません。しかしそれと同等の意志を持っているのも確かです。組織への忠義か、意志に基づく反逆か。その選択の答えは、まだ出ないようです。では、また次回。

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