104.リジェクトキングの宮廷
領土問題は、当時のビルガメスが直面していた課題の1つであった。周囲の小さな集落を平和的解決で併合し続けていたビルガメスであったが、それも無限ではない。停滞しつつも人口が増える一方であったこのビルガメスの現状を打開すべく、マインズはこの大洞窟を資源採集の後、都市開発を計画したのだ。
「フラッグ殿にアウラ殿、それに旅の皆様方。モロバと申します」
セイバが『信頼に足る』と断言したその青年、美しい緑の髪をしたモロバは恭しく頭を下げる。
「それにしても驚きました。まさか隊長と再会できるだなんて」
「俺がいない隊をよくまとめてくれたな。大変だったろ、モロバ」
「……ええ。それはもう、本当に。だからこそ、貴方と再会できてよかった」
「他の奴らはどうだ? 全員、無事なんだろ?」
「当然です。何名かは負傷してしまいましたが大事はありません。もう少しで復帰できるとのことです」
親しげに会話を交わす2人。そこには長年の信頼が感じられ、先程のセイバの言葉を裏付けるには充分であった。
「それはそうと、諸君らはこの1か月間をどのようにして生き延びてきたんだ? 物資の確保もままならなかっただろうに」
「……それならすぐにわかりますよ。フラッグ殿なら、既にある程度わかっているのでは?」
途端、フラッグの顔が険しくなる。周囲がどう思っているのかはどうであれ、彼自身はそのことについて思うところが多々あるようだ。
「その話、誰から聞いた?」
「数年前に酔った隊長から聞きました。楽しそうでしたね」
フラッグの顔が、その険しい表情のままセイバに向けられる。セイバはその向けられた顔から目を逸らすように横を向いた。それはたまたまか意図したのか、横にいるクイックに向く。
「フラッグ……。まだあの人と仲違いしたままなのか? もう何十年も前の話じゃねえか」
「それがあれ以来、リーダーと『あの人』、一度も顔を合わせてないんだよ」
こそこそと話す2人の口調は呆れているようだ。
「フラッグ。それってどういうことなの?」
そのことがリトスには気になるようで、それを本人たるフラッグに尋ねている。フラッグ本人は仕方なさそうにため息をついた。
「俺と彼同士の、くだらない個人的なことだ。気にするなと言いたいところだが……、今はそうも言っていられないな」
「その答えは、皆さんもすぐにわかると思いますよ。こちらです」
そんな会話にモロバの言葉が挟み込まれる。ここまで歩いてきてやって来たのは、ビルガメスには似つかわしくない古い造りの、しかしどこか真新しい扉だった。それを開け放ったモロバとリトス達を待っていたのは、玉座のような椅子に腰かける初老の男だった。長く伸びた髭に鋭い眼光、そして座していながら堂々としたその姿には、王と呼ぶにふさわしい威厳があった。その男は入ってきたモロバに表情を変えることなく視線を向ける。
「モロバ、そなただけ遅かったな」
「救助者の方たちをここまで案内していました。今回は6人です」
「そうか。では下がれモロバ」
冷淡に短く告げ、それを受けたモロバは無言で一礼して出ていく。こうして残ったのは玉座の男とリトス達だった。
「よくぞ来た、もう安心せよと言いたいところだが、……悲しいかなそうはいかないようだ」
目の前にいる者を1人1人確認していくその男は、少しだけ長くフラッグに目をやった後、再び正面を向く。その口ぶりとは裏腹に、口調は冷淡なままだった。
「なあ、フラッグ」
「久しぶりだなオーフェクト。……本当に久しぶりだ」
オーフェクトと呼ばれたその男とフラッグは、互いに睨み合う。単なる因縁では片付けられない何かがそこにはあった。
睨み合うことはそう長く続かず、オーフェクトはすぐに元の様子に戻る。フラッグも元に戻った、ように見えるが、未だオーフェクトのことを睨んでいる。
「……ひとまず、このアンダーグラウンドで起きていることを理解してもらおう。……最も、1人は聞こうとも思っていないようだが」
その視線を感じ取りつつも軽く受け流し、オーフェクトは話し始める。未だ、フラッグは睨んだままだ。
「まあいい。始めるぞ。結論から言えば、この『大反逆事件』にはある1人の男が関わっている。そいつがこの事件の黒幕であると、我輩は見ている」
「それって誰なんだよ」
「ティフォン」
短く告げたその名前。この場でそれに強く反応する者はいない。だが突如として、クイックの持っていた端末が起動する。
『ちょっと待て。ティフォンだって?』
聞こえたのはシグナルの声。画面も付いていない通話だけの端末からは、タイミングを見計らったかのように声が聞こえていた。
「おっ!? シグナルじゃねえか! 通信はどうなってるんだ!」
声を聞いたクイックは慌てて端末を取り出す。画面もないそれには、レンズやスピーカーをまとめたような何かが付いている。それはシグナルの能力によって生み出された『ユニット』であった。
『少し前から急に復旧したんだ。これはどういう状況だ? って、貴方は……!』
起動した端末に取り付けられたシグナルの『ユニット』。それ越しにオーフェクトの姿を見たシグナルは予想外のものを見たかのように驚く。いや、予想していなかったというのはふさわしくないだろう。
「シグナルか。久しいな」
『オーフェクト氏!? まさか、本当に……!?』
「丁度いい。そなたも聞いておくといい。全くの無関係というわけではないからな」
そんな驚くシグナルを一旦受け流し、オーフェクトは話を続ける。
「知っている者もいるだろうが説明しよう。ティフォンは技術者だった。かつてはAI共の開発にも深く携わっていたと聞いている。故にAI共に魅入られてしまったのだろう。あやつはAI共に細工を施し、更には市民たちさえ奴の手にかかってしまった、と我輩たちは考えている。」
飾る言葉もなく、淡々と予測と事実を述べるオーフェクト。ここでリトスが恐る恐る手を上げた。
「それじゃあそのティフォンをどうにかすればいいってこと、ですか?」
「それだけであればもう終わっておるだろう。簡単にそうはできない事情があるのだ。考えよ」
リトスの発言に即座にぴしゃりと反論し、オーフェクトが話を続けようとする。だがここでクイックの端末が、正確にはそこにあるユニットが音を発する。
『アイツは……、ティフォンは行方をくらましたんだ』
「知っていたか。その通り。ティフォンはこの騒動が起きる少し前から姿を消した。故に我輩はあやつをこの事態の元凶と断じたのだ」
「……それに確証はあるのか?」
「何?」
ここでフラッグがやっと口を開く。しばらく沈黙を保っていた彼が喋ったことに、流石のオーフェクトも眉を動かした。
「ティフォンは能力を有していなかった。確かに彼はAIの開発に深く関わっていた。まだ若いがこのビルガメスの未来を担う者となることに間違いはなかった。しかし、意志の強さはそれほどではなかった。彼を黒幕と断ずるのは、まだ早計ではないか?」
「確証だと? ハハハ! それを言うのか! 生憎だがこれは『確かな情報』だ!」
高笑いをし、彼はポケットから端末を取り出して何か操作をする。その直後、クイックの端末から微かな音が聞こえた。そして更にその少し後、その端末から息を呑むような声が聞こえた。
『……リーダー。オーフェクト氏の言うこと、間違っていない』
「!? それは、どういうことだ……!」
信じられないものを見たと言わんばかりの口調は、それを聞いたフラッグにも移っている。この場にいる者たちは知る由もないが、管制室で1人シグナルは目を見開いてモニターに見入っていた。そんな2人のことなどお構いなしに、オーフェクトは話し続ける。
「シルト、シャラファクトリー、そしてAI共の詳細も含めてそれらの情報を送っていたのは、我輩たち『リジェクトパレス』だ。厳密に言えば、こやつの力だがな」
そう言ってオーフェクトが指を鳴らすと、扉の上に設置されていたプロジェクターが起動する。起動と共にそこに映っているのは、青緑色の長い髪をまとめた理知的な少年だった。そしてそれに反応するように、フラッグの持つタブレットが起動してクサリクが現れる。
『あっ! 貴方は……!』
『久しぶりですね。クサリク』
驚くクサリクと、彼女に対して微笑む少年。誰が言うまでもなく、双方は共に『同類』であった。
『ビルガメスの皆さま、お久しぶりです。そして異邦の者たちよ、はじめまして。僕はクルール。【ネルガルキングダム】の管理者にして、このリジェクトパレスの守護をしております』
頭を下げるクルール。その時に一瞬見えた背中には、まるでヒレのような機械のパーツがあった。
第百四話、完了です。地下を統べる王と、人間に与するもう1つのAIが登場しました。ここで事情が一部明かされ、次回以降で更なる事実と今後が明かされます。どうか次回以降も、よろしくお願いいたします。それでは、また次回。
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