103.ウェルカム・トゥ・アガルタ
そんな折、当時の都市開発責任者である『マインズ』が発見したメトロエヌマ地下の大洞窟を発見した。そこには膨大な天然資源があり、都市の発展という観点で見れば魅力的な場所となっていた。だがマインズには別の考えがあった。
無機質な電灯が照らす小部屋で、古びた機械扉が軋んだ音を立てる。扉自体は開こうとしているが、経年劣化のせいか中々開こうとしない。
「……どうなっている。着けば自動で開くはずだろ」
「やはり長年使用しなかったせいでガタが来ているようだな」
「スマートじゃないが、破壊するか?」
「流石に閉所で爆破はダメだろ。どきな」
そう言ったクイックが、開きかけている扉の隙間に手を入れてこじ開けようとする。
「ハアッ! ひら、けッ!」
扉が軋んだ音を立て続け、その果てにだんだん歪んでいく。歪みが大きくなるにしたがって、扉からクイックの顔が覗く。
「すごいパワー……! セレニウス様みたいです……!」
「っていうか、壊してるじゃん」
そしてクイックの前身が見えだしたその時、扉が外れ横へと開いた。だが相当歪んでいたためか、扉は素直に戻ることなく周囲の壁を巻き込んで派手に吹き飛んでしまった。
「あーあ、派手にぶっ壊しやがった。帰ったら弁償な」
「武器必要ないんじゃないか? 持ってきたそれも、本当に大丈夫か?」
呆れたようなフラッグの口調に、同じく呆れたような口調のセイバが続く。
「いいんだよ何でも。それにあの時のアタシとは違う」
セイバに言及された刀に目をやり、クイックの目つきが変わる。刀のそこかしこに付いている傷が、その歴戦を物語っている。
「……」
そして刀とそれを持つ彼女の姿を見たクラヴィオは、何かを考えこむかの様子であった。
「クラヴィオ?」
「ん……? ああ何でもない。少し考え事だ」
「では行こうか。タワーとの通信が取れなくなっていることも含め、ここからは何があるかわからない場所だ。心してかかろう」
一行の視線の先には、厳重なロックを施された扉が1つ。フラッグはそこに鍵を差し込みカードキーを当てた。電子音の後に鍵が回されロックが開く。こうして開いた扉に、リトス達一行は足を踏み入れるのであった。
いよいよイルカルラアンダーグラウンドのメインストリートに足を踏み入れたリトス達。一体どのような光景が待っているのかと想像していた彼らは、まず最初に驚くことになる。
「……ここって」
「これは……、マジか……」
本来の姿を知らないリトスは驚きつつも状況が飲み込み切れておらず、クイックは想定との乖離に思考が一瞬止まる。
「こいつはちょっと予想外だな」
冷静を装いながらも、セイバは感嘆の声を漏らす。
「……この状況を、どう見る」
「……確かにアンダーグラウンドは独自の運営が可能になっている。仮にも1つの都市として開発していたからな。だがこんな状況で日常が保たれていることが不自然でならない」
そして浮かび上がった疑問を率直にぶつけたクラヴィオに対し、フラッグは状況を分析し答えを出す。しかし自身の言葉に疑いを持っているようだ。
「ちょっと僕、様子見てくるよ」
「あ、おい! リトス!」
ここでリトスが制止も効かず賑やかな場所へと駆け出す。そんな彼に、街を歩いていた青年が足を止めた。
「おや、どうかしたかい? 見慣れない格好だけど……」
「あの、僕最近この国に来たんです」
突然現れたリトスを特に不審がることもなく、理知的な口調で話す。そんな様子をフラッグたちが遠巻きに見ていた。
「おいアイツ大丈夫か? 状況的にそれはちょっと無理があるだろ……。ちょっとアタシが……!」
「待てクイック。急に割って入ると余計ダメだろうが」
「危なくなったら助けに行こう。今は様子を……」
飛び出していこうとするクイックを抑え、見守り続けるフラッグとセイバ。そんな彼らをよそにリトスと青年の会話は続く。
「最近……? ああ、あの時に巻き込まれたんだね。それはお気の毒に」
「そ、そうなんです。それで街を彷徨い続けてここに着いたんです」
「それはさぞ大変だったよね。でもこのイルカルラアンダーグラウンドに来たなら、もう大丈夫だよ」
「それはどういうことなんですか? ここに、何があるんですか?」
青年の口調は優しげだ。その善性が発揮されているのが平常時であればなんてことは無かったのだが、今はどう捉えても異常事態である。そして遠巻きで見つつ話を聞いていたフラッグたちの周囲に、人だかりができ始める。
「おい。あそこにいるのって、フラッグじゃないか?」
「本当だ……。___様の敵……」
「俺たちをこんなところに閉じ込めた張本人……!」
「その周りにいる奴は仲間だ!」
1人、また1人と人が増えていき、気付けばそこには大群衆ができていた。そのほぼ全員が穏やかでない表情をしている。
「何か様子がおかしくなってきてないか?」
「……今リトスに近づくのはまずそうだ。ここは俺たちだけでも」
「いや待て、リトスはどうするつもりだ。何にせよ放っておくのはダメだろ」
「そうだな。いざってなったらアタシたちが……。あ、おいアウラ!」
皆が一様にこの先のことを話し合う。だがそれに混ざることは無く、アウラは黙ってリトスの下へと歩んでいく。
「行きましょうリトス。これ以上は危険です」
リトスの腕を掴み、アウラは彼を連れ戻そうとする。しかし状況とタイミングが悪かった。
「……そうか。君も『外道』なんだね。……残念だよ」
目の前で起きたことを青年は理解し、心の底から残念そうに言う。そんな彼がリトスに向けた視線は、これ以上ないほどにわかりやすい敵意に満ちていた。
「こうなっては仕方ない! 逃げるぞ諸君!」
フラッグが叫び、リトス達は状況を瞬時に理解する。一瞬前まであった平穏は即座に崩れ去り、目の前にいた市民たちは暴徒と化した。そうなったこの状況で、彼らは逃走を選択するのであった。
逃げる者6名、追う者多数。どこまで走ろうと追う者は途絶えない。探索どころか、満足に街の様子すら調べることも出来ていない状態だった。
「いつまで追ってくるんだ!? それに、何て人数だ!」
「その辺にいる人全員が来てるよね! フラッグ、何か恨まれることでもした!?」
「バカを言うな! 俺は長いことこの街と国のリーダーをやってるが不満を言われたことなど6回ほどしかないんだぞ!」
「6!? お前俺が離れている間に2回も何をやらかしやがったんだ!」
「逆にその4回は何をしたというんだ……!」
幸いにもリトス達に群衆は追いつけていない。歴戦の能力者多数に加え戦闘慣れして身体能力が優れているアウラ。それに魔術で身体能力をブーストしているリトス。単純なスペックからして一般人同然な群衆がリトス達に追いつけるわけが無い。だがしばらくするとその勢いに陰りが見え始める。
「天素が、薄くなってきた……! あ……、そろそろ体力が……」
リトスの周囲にあった蒼の奔流が徐々に薄れていき、それに伴って速度も落ちていく。
「リトスの体力の限界が!」
「俺が担ごう! ……よっこらしょ!」
こうして速度が極端に落ちてきたタイミングで、クラヴィオがリトスを担いで走り始めた。
「まずいこのままでは……!」
だが人を1人担いで同じ速度を出すのは無理があったのだろう。先ほどよりも遅くなっている。クラヴィオの背後に手が迫る。捕まるまで秒読みだ。
「隊長! それに皆さん!」
「こっちです!」
だがそこで割って入る何者かがいた。彼らはまるで導くかのように先を走る。
「どうするんですか!」
「奴らは信頼できる! 着いていくぞ!」
アウラの問いに対し即答するセイバ。そしてその先導の末に、リトス達の前に現れたのは巨大なドームのような建物だった。その正面に開いたゲートを通っていくリトス達。最初にクイック、続いてアウラとセイバ。更にフラッグに続きリトスを担いだクラヴィオが通る。
「全員入ったぞ! ゲートを閉じろ!」
クラヴィオが通った瞬間に、1人がゲートの内側にある機械を操作する。その直後に閉まり始めるゲートの隙間をその男たちも即座に通り抜け、そして群衆が1人も入り込むことなくゲートが閉じるのであった。
第百三話、完了です。やって来たイルカルラアンダーグラウンドで待ち受けていたのは予想だにしていなかった日常の風景と、暴徒と化した市民たちでした。一体この街で何が起きているのか。それは次回に明かされます。では、また次回。
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