102.リスタート・ザ・マシンハント
ビルガメスの都市がメトロエヌマのみであったころ、止まらない人口増加が国家の問題になっていた。当時はまだ他の都市の開発が始まってもいない頃であり、土地の整備すらできていなかった。
祝勝会の翌日。リトスはフラッグから管制室へと呼び出されていた。その場にはリトスのほかにアウラやクラヴィオ、更にはクイックとセイバも揃っており、フラッグと共にシグナルも待っている状態だった。
「揃ったな。まず最初にクラヴィオ。復帰おめでとう」
「ああ。これでやっと一緒に戦える」
「浴びるみたいに酒を飲めるんなら大丈夫だよね。あの勢い、アウラの食べる姿にも負けてなかったよ」
「リトス?」
「まったくだ。隣で見てたが、あれだけ食う奴はそういない。戦えるわけだぜ」
「アイツらにも見習わせたいくらいだ。いい仲間じゃねえか、リトス」
「嬉しいんですけど何か複雑ですよお2人?」
クラヴィオが健在であることは昨日の祝勝会にしれっと参加していたのを見ていたこの場の全員が知っていることではあった。流れ弾がアウラへと飛んで行っていることは、全員無意識であったが。
「さて楽しいトークはこれまでにして、本題に入ろう。『アンダーグラウンド』への道が開かれた」
その一言にクイックとセイバは目を見開く。だがリトスとアウラは頭に疑問符を浮かべ、そしてクラヴィオはその言葉に何かを思い出したようだった。
「アンダーグラウンドって?」
「聞いたことがある。確かこのメトロエヌマの地下にあるもう1つの街、だったか」
「その通りだ。人口増加に伴ってガーデンだけでは限界が来ることを見越して、ずっと存在していた地下の大空洞を丸ごと都市に改造した。補強工事だけで何十年を要したか……」
クラヴィオの言葉を肯定し、フラッグは懐かしむような口ぶりだ。だがすぐに元の調子に戻る。
「まあこの話は後日するとして、アンダーグラウンドの解放と共に4つの反応が確認された。残りのAIたちだ。今後立ちはだかる敵となるだろう」
彼が合図をすると、後ろに控えていたシグナルが横のスクリーンに手を添える。すると一瞬でいくつもの写真や図面が表示された。そしてその中の1つを見たクイックの表情が変わる。
「蛇……! やっぱりこいつもいやがったか……!」
彼女が向けた視線の先、そこに映っていたのは7つの首を持つ蛇のような機械だった。
「とにもかくにも、まずはアンダーグラウンドへ向かうとするか」
スクリーンに映るものに注目している一同を尻目に、フラッグが出口へと向かっていく。それに真っ先に気付いたのは、食い入るように画面を見ていたクイックだった。
「ちょっと待てリーダー。どこへ行くつもりだ?」
部屋から出ようとするフラッグに対して、それが完全に見えているシグナルは何も言わない。故にフラッグはクイックの言葉に足を止めた。
「今回は俺も着いていく。足手まといにはならないからよろしく頼むぞ」
『私も今回はメインでサポートするよ』
フラッグのその発言、そして彼がいつの間にか持っていたタブレットから聞こえたクサリクの声に驚いたような顔をする一同。
「戦えるのか?」
そんな中で当然の疑問を投げかけるクラヴィオ。それを代わりに答えるのはクイックだ。
「こんなことを言うの、戦い担当として言うのはどうかと思うんだけどな……。リーダー、はっきり言ってアタシより強いぞ」
「俺は既に戦いから身を引いている。あの時ほどは戦えないが、邪魔にはならないことを約束しよう」
特にそのことに対してこれ以上触れることもなく、フラッグは出口へ向かう。
「では行こう。着いてくるといい」
そして着いてくるように促すのだった。
一同を率いるフラッグは、人気の少ない一角で立ち止まる。そこは照明が劣化しているのかやけに薄暗く、これまでいたのと同じ階層とは思えない程だった。
「ここから降りた先だ」
そんなフラッグたちの前にあるのは、なんとか起動しているエレベーターだった。
「このエレベーター、僕たちが昇って来たのと違う」
「なんだか長い間使われていないような……」
アウラの言う通り、そのエレベーターは起動しているのも不思議なほどに寂れた見た目をしていた。時折点滅する照明が、更に雰囲気を出している。
「その通り。これはおよそ30年ほど前から使っていない、『イルカルラアンダーグラウンド直通エレベーター』だ。昨日急ピッチで修繕を終わらせたから、最低でも1回は動く」
「なんだその、『最低でも1回』ってのは」
フラッグが何のこともないように口を滑らせ、それに誰も気付かない。ただ1人を除いて。
「冗談だろ? 技術者として言わせてもらうけどよ、俺は少し時間を置いた方がいいと思う。だってこれ……」
「ああ、その通りだセイバ。これは一方通行だ。確定しているわけではないが、これを使って下に行けば、当面の間は使えなくなる。唯一の道がなくなるわけだ」
セイバの問いをフラッグは否定しない。平然と、しかし毅然と真実を語る。
「他の入り口はどうなっているんですか? 曲がりなりにもこの街の地下なんですよね? だったら地上と地下を行き来するものがあってもおかしくは……」
ここでアウラが更に問いかける。知らないことが多い故の単純な疑問に、しかしフラッグは首を横に振る。
「あればそっちを使ってるさ。……最初のうちは使えたんだ。それも何か所もある出入口全部がな」
何処か言いづらそうなフラッグの前にセイバが立つ。彼もまた、何処か言いづらそうな顔をしている。
「ここからは俺が話す。……この騒動が起こって間もない時だ。調査のために、俺の部隊が地下に向かった。出撃準備を整え、突入したその直後だ。……突如としてメトロエヌマ全域にあった地下への入り口がロックされた」
『そのロック、とにかく強力でね。私が何度解除しようとしても、侵入すらできなかったんだよ。ここまで強力なロックをかけられるのは、私が知る限り【彼】しかいない』
セイバが話し始めて、その話に入り込むようにフラッグの持つタブレットが起動してクサリクが現れた。そんな彼女の示唆する何者かに、リトスが食いつく。
「彼?」
「悪いがそれは道すがら。話が脱線しすぎている。それとセイバ、説明ありがとう」
自身の代わりに理由を説明したセイバに一応の感謝を述べ、フラッグはタブレットの電源を切った。切る瞬間に微かにこぼれた『今いいところっ』という声は、誰にも届くことは無かった。
「とにかく、地下に出向けば戻って来られない。戻るなら今の内だ。さあ、どうする?」
覚悟を問うフラッグ。辺りは沈黙と緊迫した空気に包まれる。
「……どうした」
だが妙に長引く沈黙をフラッグ自身が破った瞬間、聞こえたのはリトス達のため息だった。
「……フラッグよ、お前正気か?」
セイバは呆れと共に問い、
「それ本気で言ってるとしたら、一発ぶん殴るぞ」
クイックは怒りに拳を合わせ、
「……ここまで来て、そんなこと言うんだ」
リトスは失望と共にどこか悲しげに、
「ちょっと意外ですね。……悪い意味ですけど」
アウラは驚きの後に少し落胆したような口ぶりを見せ、
「本当にこの国の主導者サマが言うことか? それが」
クラヴィオは皮肉るような口調で返した。そして皆、迷うことなくエレベーターへと乗り込んでいく。
「……!」
あっけに取られているフラッグの手にしているタブレットが、再び起動する。そこには呆れたような苦笑いを浮かべているクサリクがいた。
『フラッグ……。そんな弱気なこと言うの、貴方らしくないよ?』
他の者に比べて比較的優しめなその言葉がフラッグの心に深く突き刺さる。膝から崩れ落ちる彼の顔は、しかし解放的な気付きを示していた。
「諸君……! 俺としたことが、弱気になっていたようだな」
フラッグは立ち上がる。そんな彼にセイバは無言でハンドサインを向ける。早くこちらに来い、という無言の誘いは、フラッグの心に再び火をつけるには十分だった。
「では、行こうか!」
既にエレベーターに乗り込んだ一同にフラッグも続く。皆の背後にいながらも、その旗は力強くはためくのだった。
扉が閉まる。静寂が再び現れる。エレベーターの駆動音が小さくなっていくその後で電灯の点滅が激しくなり、そして役目を終えたかのように光を失うのであった。
第百二話、完了です。色々ありましたが、次回から地下、イルカルラアンダーグラウンド編開幕です。先に宣言しますが、ここからの戦いはこれまでと違うことが始まります。是非ともその真相をお待ちください。では、また次回。
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